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「公営住宅のアスベスト問題」(視点・論点)

東京工業大学 教授 村山 武彦

発がん性のあるアスベストが過去に使われていた公営住宅が、全国で少なくとも2万2,000戸に上ることがNPOなどの調査で初めて明らかになりました。アスベスト汚染をめぐっては、アスベスト製造工場周辺の住民が多数死亡した「クボタショック」をきっかけに、被害者の健康被害の救済を目指した国の制度が始まっていますが、これまでに明らかになった健康被害は工場やその周辺でのケースが中心でした。
アスベストが使用された建築材料のうち、最も飛散しやすいとされる吹付けのアスベストが一般の公営住宅に使用されていたことがわかり、居住していた一般の人々にも被害が広がるおそれがあります。今回、新たに判明した事実をもとに、アスベストによる健康被害とその対応について考えたいと思います。

事の発端は、神奈川県内の公営住宅に住んでいた女性から、アスベスト問題を扱うNPOへの相談でした。この女性は、2015年にアスベストが主な原因とされている中皮腫を発症していました。このような問題が他の公営団地にもみられるのではないかと考え、このNPOがNHKと協力して全国にある公営住宅に使用されていた吹付けアスベストの所在の確認を始めました。
その結果、全国で吹付けアスベストが使用されていたことが明らかな公営団地は約220件に上り、これらの団地の総戸数は2万3,000戸弱で、このうち約3割にあたる7,500戸程度で吹付けのアスベストが使用されていたことがわかりました。NPOによる最近の調査によると、この数字は8,700戸を超えることが明らかになってきています。これらに加えて、ひる石と呼ばれる微量のアスベストを含む可能性のある住宅まで含めると、その数は2万戸を超えています。

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この図は、これまで集められた情報をもとに、吹付けアスベストが使用された公営住宅の戸数を都道府県別に示したものです。これをみると、対象となる公営住宅は全国に広がっており、特に関東・甲信越や中部地方に比較的多くみられることがわかります。ただし、この図は現時点で判明しているものだけを扱っているため、その他の地域でも今後対象となる住宅の存在が明らかになる可能性があります。
これらの情報から、平均的な居住年数や世帯当たりの人数をもとに、吹付けアスベストがあった公営住宅に住んでいた人々の数を試算したところ、最大で23万人程度になることがわかりました。これらの人々全てがアスベストに関連した病気を発症するわけでは決してありませんが、アスベストが飛散した程度や居住年数に応じて、アスベストを吸い込んだ可能性が高まり、それに伴ってリスクも大きくなることになります。
これらの内容は、6月12日のニュースや情報番組で報道され、大きな反響を呼びました。NPOが翌日から設置した電話相談では延べ3万4,000回を超える呼び出しがあり、そのうち1,300件程度の相談に応じることができたということです。問い合わせの多くは団地内の吹付けアスベストの存在についてですが、約1割は健康への不安に関する問い合わせであったとしています。
こうした声に応えるため、国や自治体では、いくつかの対応が取られています。国は、6月22日に、全国の自治体に対して通知を出し、公営住宅における吹付けアスベストの使用状況について情報を提供するとともに、健康被害に関する問い合わせに対して、保健所や救済制度の窓口を紹介するなど、適切な対応を取るよう求めました。また、自治体においても関連する動きが出てきています。

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これらを含めた全国の自治体の対応については、「中皮腫・アスベスト疾患・患者と家族の会」が作成しているホームページで整理されています。その中で、建物内のアスベストに関する情報や、労災保険、石綿健康被害救済法などの情報とともに、電話による相談窓口の情報も掲載されています。これまで公営住宅に住んだことがあり、アスベストの影響が気になる方は是非ご覧いただければと思います。
今後に向けた対応として、まず、市民のレベルでは、どの公営住宅に吹付けアスベストが使用されていたのかを知ることが重要です。いくつかの自治体では実態調査が進められていますが、調査がなされていない場合に参考になる情報として、公営住宅の建設時期があります。

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この図は、これまでの調査で吹付けアスベストの使用が明らかになった公営住宅の建設時期を示しており、1970年代に建設された建物が多いことがわかります。アスベストの吹き付け工法は1960年代から70年代の中期に多く用いられたため、特にこの時期に建てられた住宅はアスベストの使用について確認しておく必要があります。なお、吹付けアスベストは1975年に原則禁止されていますが、それ以降でも5パーセント以下の含有量であれば認められていました。
吹付けアスベストがあった公営住宅に住んでいたことがわかった場合には、定期的な健康診断を通じて、肺や呼吸器系の状態を常に気をつけておく方がよいと思います。仮に、何らかの兆候や異常がみられた場合には、アスベストとの関連を含めて医師に相談することが望まれます。
行政に対しては、汚染源となった吹付けアスベストがどこに存在していたのかを調査し、一般に公表していくことが求められます。一部の自治体では既に調査が進められていますが、その数は1,700を超える全国の自治体のうち、わずか40にも満たない状況です。この問題は、全国の自治体が取り組むべき課題であり、吹付けアスベストが存在した公営住宅のデータベースを整備する必要があります。韓国では国の政策として、過去に使用されたアスベストの所在に関する情報源を構築しようとしており、日本も見習うべきだと思います。

また、一般の市民から問い合わせがあった場合の相談窓口を広げていくことが求められます。その中で、吹付けアスベストの存在の有無や対策の状況、今後の健康状態に不安がある場合の対応などに関して、相談ができる体制が必要です。
さらに、吹き付けアスベストが使用された住宅に住んでいたことのある市民に対しては、呼吸器関連の状態を定期的に確認するよう促すとともに、通常の健康診断の受診が困難な人々に対して、診断の機会を提供したり、費用面の補助をするなど何らかの形で支援を行うことが望まれます。
今回は公営住宅におけるアスベスト問題がクローズアップされましたが、今後も新たな汚染機会が発覚する可能性は否定できません。国土交通省の推計によると、1989年以前に建てられた小規模建築物のうち最大3万棟で飛散防止対策が済んでいない、とされています。今回の問題をきっかけにして、神奈川県の川崎市のように、民間建築物の吹付けアスベストの調査を開始した自治体も出てきています。今後もアスベストの問題には、十分に注意を払っていくことが重要です。

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