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「大学入学共通テストの課題」(視点・論点)

東京大学 教授 南風原 朝和

文部科学省は7月13日に、現在の大学入試センター試験に代わる「大学入学共通テスト」の実施方針を発表しました。この新しい共通テストは2020年度に実施される大学入試から採用されるとのことです。

新しいテストの狙いは、知識・技能とともに、それらを活用して課題を解決するために必要な思考力・判断力・表現力等を評価すること、とされています。

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このテストは、現在の大学入試センター試験と、3つの点で大きく異なります。
1つめは、現在、すべての問題がマークシート式であるのに対し、国語と数学に記述式問題を導入することです。
2つめは、現在、英語では話す力、書く力を直接的に評価することができませんが、民間の試験を活用することで、話す力、書く力も直接評価することです。
3つめは、各教科で用いられるマークシート式問題を、より思考力・判断力・表現力を評価できるように、その内容や形式を見直していくことです。

これら3つの点については、それぞれ、まだ具体的に決まっていない部分があり、同時に、いくつかの疑問点も指摘されています。

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1つめの国語と数学への記述式問題の導入については、50万人もの受験者の記述式の答案を短期間で正確に採点できるのかとか、記述式問題を入れることで、本当にマークシート式では測れないものが測れるようになるのかとか、得られるものの割にコストがかかりすぎるのではないかといった疑問が出されています。

それから、3つめのマークシート式問題の見直しについては、内容や形式が複雑になって問題が難しくなり、中位層以下の学力の識別ができなくなるのではないかといった指摘がなされています。

本日は、特に2つめの、英語の民間試験の活用に焦点を当てて、少し詳しく検討したいと思います。

文部科学省の実施方針によると、どの民間試験を使うのかについては、大学入試センターが認定することになっていますが、認定された試験については、「なるべく多くの試験を活用するよう各大学に依頼する」とされていますので、文部科学省は、多くの民間試験が認定されることを想定しているようです。

しかし、現在実施されている民間の英語試験は、英語圏の大学への入学許可を取得するためとか、ビジネスの分野での英語活用力を評価するためなど、それぞれ異なる目的で作られていて、必ずしも日本の大学への入学者選抜を目的として開発されているわけではありません。

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一方、共通テストは、日本の大学で学ぶうえで共通して必要な、最大公約数的な内容を評価するものですから、民間の試験を共通テストとして使うのであれば、その観点から、個々の試験の内容や難易度を精査しなければなりません。たとえば、それぞれの試験で採用されているスピーキングテストの内容や採点基準が、日本の大学での学習に共通に必要な力とどう関係しているかといった観点からの検討が求められます。

いま仮に、そのような観点から、共通テストとして使うのにふさわしい民間の英語試験が複数選ばれて認定されたとします。その場合、次に来る問題は、それぞれ内容や難易度の異なる別々の民間試験を受けた受験者の成績をどのように互いに比較するかということです。

この成績比較の問題について、文部科学省は、「ヨーロッパ言語共通参照枠」、略してCEFRと呼ばれる参照枠を利用することを想定しています。

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この表の左端にあるのが、CEFRの6段階で、A1レベルからC2レベルまで、順にレベルが高くなります。A1、A2は基礎段階の言語使用者、B1、B2は自立した言語使用者、そして、C1、C2は熟達した言語使用者に相当するとされています。

この表の上のほうに並んでいるのが民間試験です。ケンブリッジ英検、英検、GTEC、IELTS、TEAP、TOEFL、TOEICといったものが並んでいます。

そして、表の中には、それぞれの民間試験で、どのような成績をとれば、CEFRの各段階に相当するかが示されています。この表は、それぞれの試験団体自身が公表したものを文部科学省でまとめたものです。

たとえば、英語圏の大学への入学にはB2レベルが必要とされることが多いようですが、それに相当するのが、英検ですと準1級に合格すること、そしてTOEFL iBTですと72点以上とることだということです。

このように、CEFRという共通の枠組みに対応づけることを通して、間接的に、異なる試験の間で成績を比較できるというのが文部科学省の説明です。

しかし、この方法には2つの問題点があります。

1つは、それぞれの試験の成績とCEFRの段階との対応づけが、客観的に決まるものではなく、最終的にはそれぞれの試験団体の判断によるということです。したがって、一度示された対応づけが、その後の判断によって大きく変化するということもあります。

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この表はその一例ですが、TOEFL iBTの成績とCEFRの段階との対応づけが、2008年と2014年というわずか6年の間でかなり変更されていることがわかります。たとえば、先にお話したB2レベルに必要な成績が、2008年には87点であったものが、2014年には72点で良いというふうに変わっています。

このように、それぞれの試験の成績とCEFRの段階との対応づけには曖昧さや不安定さがあるので、それをもとに、異なる試験の成績を互いに比較するのは、大学入学のための共通テストのもつ重要な役割を考えると、かなり問題があるように思います。

もう1つの問題は、仮に各試験の成績がCEFRの段階にしっかりと対応づけられたとしても残る問題です。

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この表は、2015年に、文部科学省が国公立約500校、約9万人の高校3年生を対象に英語力の調査を行ったうちの、公立高校の生徒の結果です。CEFRの段階別にそこに何%の生徒が含まれているかという割合を示しています。これを見ると、読む・聞く・話す・書くのどの技能においても、CEFRの下の2つの段階、A1とA2に97%から99%入ってしまうことがわかります。このように2つの段階にほとんど全部の生徒が入ってしまうような段階分けでは個人差を十分に見ることができず、とても共通テストとして選抜の目的に使うことはできません。

CEFRの段階は、たとえば英語圏の国が、国外からの大学入学や就職のための条件として、ある段階を要求するなどの目的には適しているかもしれませんが、日本国内の大学入学者選抜、特に共通テストとしては、いま見たように実際上、使えないと言わざるを得ません。

異なる試験の成績の比較のためにCEFRが使えないとなると、それぞれの試験の成績を直接対応づけることが必要になりますが、これは非常に難しいことです。特に多数の民間試験を認定して、それらすべての間で対応づけを行うというのはほとんど不可能でしょう。

大学入試センター試験に代わるものとして実施方針が発表された大学入学共通テストは、このように、英語の民間試験の活用に限っても、試験の間の公平な比較が難しいという大きな問題をかかえています。その問題を解決しないまま、共通試験としてこれまで実績のある大学入試センター試験の英語を廃止することを先に決めて突き進むのは、非常に危険なことのように思います。

最初に述べた、記述式問題の導入とマークシート式問題の見直しについての疑問点、すなわち、大量の記述式の答案を短期間で正確に採点できるかといった点や、マークシート式問題が複雑で難しくなりすぎるのではないかといった点を含め、しっかりとした解決の見通しができてから実施に移すという慎重な姿勢が必要ではないでしょうか。

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