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「トランプ政権 財政政策の行方」(視点・論点)

みずほ総合研究所 欧米調査部長 安井 明彦

約一ヵ月にわたった夏の休会を終え、9月5日にアメリカの議会が再開されます。トランプ大統領を待ち受けるのは、財政政策に関する二つの重い課題です。本日は、正念場を迎えるトランプ大統領の経済運営について、お話ししていきたいと思います。

9月に再開される議会で、トランプ大統領を待ち受ける第一の課題は、2018年度予算の審議です。アメリカの財政年度は、10月1日から始まります。それまでに予算が成立しない場合には、アメリカの政府機関は閉鎖に追い込まれてしまいます。

第二の課題は、債務上限の引き上げです。アメリカでは、政府が発行できる国債の残高に、法律で上限が設けられています。そのため、発行残高が上限に達してしまうと、新たな国債が発行できなくなります。

アメリカの財務省は、9月29日までに債務上限を引き上げなければ、アメリカ政府は新たな国債を発行できなくなり、資金繰りに困ってしまう、と警告しています。年金の支給や、国債の償還などが滞り、アメリカ政府による債務の不履行、いわゆるデフォルトが発生しかねない、というわけです。

予算審議と債務上限の引き上げが上手くいかなかった場合には、大きな混乱が予想されます。

これまでの経験を、振り返ってみましょう。

今から約4年前の2013年10月、アメリカでは予算の成立が新年度に間に合わず、政府機関が閉鎖されました。国立公園などの文化施設が休業となったほか、エネルギー開発の許認可や、中小企業向け貸し出しの審査など、さまざまな政府業務が停止され、国民の生活や経済活動に、大きな影響を与えました。閉鎖は16日間におよび、多い時には、80万人を超える連邦政府職員が、自宅待機になったといいます。

債務上限の引き上げが大きな混乱をもたらしたのは、2011年夏のことです。財務省が示した期日の直前まで議会審議が紛糾し、世界でもっとも安全なはずのアメリカ国債が、ついにデフォルトに陥るかもしれない、という懸念が高まりました。

最終的には、何とか期日までに債務上限が引き上げられ、アメリカのデフォルトは瀬戸際で回避されました。しかし、財政運営の混乱などを問題視した大手格付け会社が、アメリカ国債の格付けを引き下げたことをきっかけに、世界の株価は大きく下落してしまいました。真剣にデフォルトが懸念される事態になっただけで、アメリカの信用は大きく傷ついてしまったのです。

9月に再開される議会では、こうした二つの重い課題が、ほぼ同時に期限を迎えます。トランプ大統領にとっては、まさに正念場と言えるでしょう。

混乱の回避以外にも、トランプ大統領には、予算審議と債務上限の引き上げを、無難に終えなければならない理由があります。こうした課題での躓きが、公約実現の遅れにつながりかねないことです。

就任から約7か月が経過したトランプ大統領ですが、公約の実現は思うように進んでいません。なかでも、経済政策の目玉である所得税、法人税の大型減税は、いまだに議会での審議すら始められていません。

トランプ大統領は、9月に再開される議会において、大型減税の審議を本格化させたい意向です。しかし、予算審議や債務上限の引き上げに手間取るようだと、減税の審議は遅れてしまいます。

明確な締め切りがない減税と違い、予算審議や債務上限の引き上げは、9月末までに終えなければなりません。いくら公約の目玉といっても、減税は後回しになりがちです。減税の審議に集中するためにも、トランプ大統領としては、予算審議と債務上限の引き上げに、できるだけ早く目途をつける必要があるのです。

鍵を握るのは、トランプ大統領と、野党である民主党との関係です。トランプ大統領は、民主党の協力に、頼らざるを得なくなる可能性が高いからです。

今のアメリカの議会では、上院・下院のいずれにおいても、トランプ大統領が所属する共和党が、多数党の座にあります。しかし、アメリカの議会では、少数党に議事進行を遅らせる権利が認められています。そのため、民主党が強硬に反対した場合には、共和党の議員だけでは、審議を強行できないのが現実です。

トランプ大統領にとって、民主党との協力は簡単ではありません。そこには、二つの障害があるからです。

第一に、共和党と民主党の、考え方の違いです。共和党は、伝統的に「小さな政府」を好みます。たとえば予算については、国防費の増額は認めても、教育予算や弱者対策など、それ以外の予算を増やすことには消極的です。債務上限の引き上げについても、医療費の削減など、財政赤字の削減につながるような対策を同時に行うべき、と考える議員が少なくありません。

一方の民主党は、「大きな政府」を目指してきた政党です。予算については、国防費だけではなく、教育費や弱者対策なども、同じように増やすべきだ、というのが民主党の考え方です。債務上限の引き上げについても、医療費などの削減を同時に行うことには反対しており、財政赤字を気にするのであれば、トランプ政権の公約である大型減税を見直すべきだ、と主張しています。

トランプ大統領の方針も、波乱要因です。トランプ大統領は、不法移民対策の一環として、メキシコ国境への壁の建設を主張してきました。大統領は、その壁の建設費を、2018年度の予算に盛り込むよう求めています。民主党は強く反発していますが、大統領は、壁の建設費が認められないのであれば、政府閉鎖もやむを得ない、と強硬です。

トランプ大統領と民主党が協力することへの二つ目の障害は、今の政治的な雰囲気です。民主党の支持者は、トランプ大統領に極めて批判的です。民主党の議員としても、そうした支持者の雰囲気に逆らって、大統領に協力するのは簡単ではありません。

トランプ大統領は、その人が支持する政党によって、評価が大きく分かれる大統領です。
共和党支持者からの支持率は80%近くありますが、民主党支持者からの支持率は、10%に届きません。歴代の大統領と比べても、ここまで支持政党による評価がわかれた大統領は例がありません。

とくに、対立政党、すなわち、民主党の支持者による支持率の低さが、トランプ大統領の特徴です。

トランプ大統領と民主党との協力が簡単ではない以上、予算審議や債務上限の引き上げは、そう簡単には進みそうにありません。期限である9月末が近づくまで、行方の見えにくい状況が続きそうです。

注意する必要があるのは、期限が近づいてくるにしたがって、株式市場などが動揺し始める可能性があることです。株価の乱高下など、落ち着かない展開になるかもしれません。トランプ大統領とアメリカ議会の動向を、注意深く見守る必要がありそうです。

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