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「『脱 電柱社会』実現のために」(視点・論点)

東京工業大学 副学長 屋井 鉄雄

みなさんは街を歩くとき、電線が気になったことはありませんか?
見慣れた風景の中で、案外気が付かないかもしれませんが、平成に入り、通信の自由化、ケーブルテレビの登場、インターネットの普及などに伴って、電線類の本数は着実に増えてきました。私たちが意識しない間にも、広い空は電柱や電線類で覆われ続けているのです。

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今年、国では「無電柱化の推進に関する法律」を施行し、東京都は「無電柱化推進条例」を制定しました。このような法整備が進む背景、そもそも電柱や電線類を道路から無くす理由、そして、そのことで何を目指しているのか、本日はそれらについてお話しさせて頂きます。

さて、現在、日本全国には3,550万本の電柱が立っています。この数は日本国内の桜の本数や、一戸建て住宅の戸数を優に上回るといわれます。しかも電柱は現在も毎年7万本のペースで増え続けています。

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一方、無電柱化された道路は、緊急輸送道路に限っても全体で約9パーセント、人口集中地区で約23パーセントに留まっています。
電柱や電線類があることで、何が問題になるのでしょうか。特に3つの問題が指摘されます。

まず第1は防災上の問題です。

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地震や津波、台風や竜巻などで、数多くの電柱が倒壊し、道路通行の障害となり、生活物資の輸送や緊急車両の通行の妨げになってきました。気候変動の影響もあり、巨大災害が懸念される時代に、緊急輸送道路などの無電柱化は急務と言えます。
第2は交通安全上の問題です。歩道のない通学路で、運転操作を誤った車両に登校中の児童がはねられる痛ましい事故が、後を絶ちません。車と電柱に挟まれ、幼い命が奪われる事故を防ぐことは急務です。認知機能の低下した高齢ドライバーが増え、一方で未来を支える子供たちが少ない時代にあって、地域の交通安全を総合的に進める上で、無電柱化は避けて通れません。
第3は景観上の問題です。

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シャッターチャンスでカメラを構えると、風景の一部に電線が入ってしまう、そのような経験を多くの方がお持ちです。訪日観光客を倍増させようという我が国で、観光地域の景観を改善する必要性から、無電柱化が求められています。
これらに対して、我が国でも、古くから無電柱化が取り組まれてきました。大正時代には、市街地では原則、無電柱化することが、義務付けられましたが、その後の景気後退や戦争、そして敗戦後の経済状況により、我が国では進展させる機会を失ってしまいました。
それでも、電力会社などが、独自に無電柱化を進めて来ましたので、たとえば、銀座の道路には電柱がなく、その道路の下には大型の変圧器が設置されています。昭和61年以降は、国や自治体、電力会社、電信会社などが、ほぼ5年ごとの期間で目標を定め、計画的に無電柱化を進めてきました。
その間、平成7年には、電線共同溝法が施行され、現在では無電柱化の約90パーセントが共同溝方式により実施されています。

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しかし、共同溝方式では、電線類を収容する管路に加えて、変圧器などを置くための地下構造物を数多く作るために、1キロあたり5億円の整備費用がかかり、最近では、年間250キロほどの整備に留まっています。これを、たとえば4倍、年間1,000キロの整備、あるいはそれ以上に引き上げることは可能でしょうか?
我が国では、近年も自然災害が多発していますが、 先進諸国のなかでも、特に公共事業費を、この20年間ほぼ一貫して減少させてきました。そのため 、今から大胆に推進しようとしても、財源が不足する厳しい状況にあります。
ただし、今年施行された無電柱化法では、国や地方自治体といった、道路管理者のみならず、電力会社や通信会社などの電線管理者に、自ら無電柱化を実施する責務があると明記されています。

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そこで、従来の共同溝方式に頼らず、小型ボックスを開発したり、埋設の深さを浅くしたり、管路を直接埋設したり、他国の取り組みも参考にしながら、安価で周辺への影響も少ない「新たな選択肢」を場所に応じて選び出し、早期に取り組むことが望まれています。今までにないスピード感を持って無電柱化を進めることは十分に可能だと思います。
なお、電線管理者が無電柱化を進めると、利用料金に跳ね返るという意見があります。他国はおしなべて、電線管理者の負担があり、すなわち利用料金に転嫁して整備を推進しているのが実情です。また、仮に従来の4倍の速さで整備しても、電気料金の値上げは、3.11以降の値上げと比べれば、無視できるほどに小さいと考えられます。無電柱化の必要性をきっちり説明すれば、国民の理解を得ることは十分に可能であると思います。
なお、国が進めるべき幹線道路などでは、国民生活の安全向上のため、国が必要な財源を十分に手当てすべきであることは言うまでもありません。

さて、ここで海外に目を向けてみましょう。

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現在、東京都区部では無電柱化率がたった8パーセントですが、ロンドンやパリ、香港などでは、既に100パーセントの無電柱化を達成しています。
たとえば西オーストラリアです。ここでは、暴風雨による電柱の倒壊を受けて、市街地での無電柱化推進計画を20年ほど前に定めて、整備を続けています。その費用は国や自治体、電力会社の他に、沿道の住民も一部、日本円で数十万円の負担をしています。無電柱化によって土地の評価額が上昇することから、特に大きな反対はなく、計画的に進められています。
アメリカの首都ワシントンD.C.でも、ハリケーン被害を受けて、無電柱化が推進されるようになりました。ハリケーンによる倒木で電線が被災したため、電線類を地下化しています。街路樹を伐採するのではなく、大切な緑の環境を残すことが前提の整備です。ホワイトハウスから5、6キロ離れた住宅地でも、未だ電柱が残っていますが、中心部はそれが一切無く、メリハリのある整備が進んでいます。

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なお、日本では今後、狭い道路での無電柱化が増すため、安価な整備とともに、無電柱化で邪魔になる変圧器などの置き場所、そのサイズや形を工夫する必要があります。変圧器のみ柱状にして残したり、照明柱と一体化させたりする工夫もあります。
無電柱化では、長引く工事への懸念、変圧器の設置場所などを巡って、合意形成が困難な場合も珍しくありません。今後の日本では、国及び自治体が将来計画を作り、区間ごとの優先順位を定め、電線管理者も参画して、無電柱化を推進することになります。しかし、無電柱化というハードの整備だけで、道路の安全や防災、あるいは景観の問題が解決することはありません。
沿道の住民が一体となって、その道路を含む地域の安全や防災、あるいは景観などの環境を考え、将来に向け継続的に、道路とも関わりを持てるような、ソフトの取り組みも必要です。関係者が協力的で計画的に、無電柱化を進められる、枠組みや仕組みを考案し、無電柱化を契機にまちづくりと連携した、前向きの取り組みに結び付けることが重要です。
先日、公表された国土交通省の委員会の中間とりまとめでは、「脱・電柱社会、日本の空を取り戻そう」、と強くメッセージを発信しています。
画一的な方式に頼った過去から脱却し、多様な選択肢で「脱・電柱社会」を、沿道の住民や国民と共に目指すことが、今求められています。

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