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「『買い物弱者』をどう支えるか」(視点・論点)

日本大学 専任講師 秋川 卓也

みなさんは“買い物弱者”という問題をご存知でしょうか。買い物弱者とは、高齢化が進み、人口が減少する社会で流通や交通の弱体化が進むともに、日常の買い物が困難な状況におかれている方々のことをいいます。経済産業省の調査では、全国に約700万人いると推計されており、今後も増加していくことが予想されています。

それでは、なぜ買い物弱者が増加しているのでしょうか。それには2つの背景があります。1つは高齢化です。元気な高齢者も多いですが、体力や健康の問題で遠くに移動することが難しい高齢者の方も少なくありません。

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日常生活に問題のない期間といわれる健康寿命は、男性で71歳、女性で74歳といわれています。人口が最も多い世代である団塊世代が、ここ10年以内に健康寿命を超えることは確実であることを考えますと、近い将来に買い物弱者の問題はより深刻なものになることが予想されるわけです。

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いま1つの背景が小売業界の変化にあります。このグラフをご覧ください。ここ40年間で日本の小売業の売り場面積は倍以上になっていますが、事業者の数は約3分の2に減っています。これらは売り場面積の大きい大型店舗が増えたことによるものです。消費者が自動車で買い物ができるようになって、店舗の商圏が拡大した結果、より豊富な品揃えを持つ大型の店舗が増えていきました。しかし、その一方で、お客さんを奪われた地域密着型の小規模店舗の多くが廃業に追い込まれたのです。高齢のため自動車の運転が難しくなっても、すでに徒歩でいけるお店はなくなってしまった、そうした住民が買い物弱者になっているのです。

買い物弱者が発生する地域はさまざまですが、高齢化と流通の後退が先行している多くの過疎地では、すでに深刻な問題に直面しています。買い物環境の悪化が生活をより不便にし、その地域の人口流出を加速させ、地域衰退の一因となっています。買い物弱者問題が地域消滅の引き金になっている可能性があるわけです。こうした地域では、企業、住民組織、NPO団体などの民間事業者が中心となって、すでに多くの取り組みが行われております。

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代表的なものとして、移動販売、店舗開設、買い物代行、宅配、乗り合いタクシーやコミュニティバスなどがあります。
こうした対策に対して、国や自治体などの行政は補助金や助成金、特に取り組みのスタートアップにかかる費用を中心に援助してきました。しかし、総務省が昨年行った調査では、こうした取り組みのうち、約4割が赤字経営で、さらに約1割がすでに事業を断念していることがわかりました。事業を断念した理由として、補助金が打ち切られて、運営費、特に人件費を確保できなくなってしまったことが多くあげられています。
この運営費を考えるために、例として、過疎地を回る移動販売車の人件費を考えてみましょう。人件費を賄うためにその3~4倍の売上が必要となりますが、買い物弱者には高齢者が多いため、客単価がどうしても低くなってしまいます。したがって、多くの地域を回って客数を増やさないといけないのですが、人口が少ない地域が対象となるだけでなく、長距離移動で時間がかかることで客数を伸ばすことが難しいのが現状です。補助金や助成金の支給は単年度かぎりのものが多く、継続運営のための資金は自分たちで賄っていくことになります。しかし、人口減少が急速に進んでいく過疎地では事業は先細りとなり、売上による運営費補てんを続けていくことが難しくなっているのです。
では、公的支援以外に買い物弱者の問題に対して有効な解決方法はないのでしょうか。将来的には、3つの技術的イノベーションが有効と考えられています。

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まず、ドローンについてはすでにおなじみかもしれません。遠隔操縦や自律プログラムで動く小型の航空機で、すでにさまざまな用途で実用化されています。数十キロの重量を長距離運べる種類もあり、過疎地に向けた新たな輸送手段として期待ができます。次に自動運転は人間ではなく、人工知能に自動車の運転をさせる技術です。自動運転技術で、住民を乗せてお店まで運ぶことができる、人手のいらないバスやタクシーが誕生するかもしれません。

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最後のRFIDは電波で情報の交換や記録のできる超小型の集積回路、いわゆるRFタグを使った技術です。商品情報を記録したRFタグを商品に装着すれば、店舗内で無人の清算が可能になります。これにより人件費を抑えた店舗運営が可能になるといわれています。
こうした技術は運営費を劇的に抑えるイノベーションとして大きな期待が寄せられていますが、運用面に多くの課題が残されており、買い物弱者対策として実用化されるにはまだまだ時間がかかるといわざるを得ません。しかし、先ほど申し上げたように、過疎地の買い物弱者問題は急速な勢いで深刻化しており、一刻の猶予もありません。イノベーションの実現を待っている間に、地域の衰退は進み、地域の消滅のリスクは大きくなっていきます。
したがって、イノベーション実現までの猶予期間を与えるために、従来の対策の継続は欠かせないものになります。そのためには、まず行政からの公的支援の強化が必要でしょう。事業運営をサポートするためには、継続的な経済支援はもちろん、行政には、実態の把握、情報提供、連絡会議の設置、公共施設の貸出しなど、事業環境を整備する役割も一層求められます。また、地域住民も買い物支援を受ける側にいるだけでなく、事業に積極的に参加することが求められています。具体的には、ボランティア、空き店舗の提供、地域による買い支えなどです。取り組みの主体は事業者となりますが、そこに行政と住民との密接な連携があることが買い物弱者対策を成功させる大きな要因となります。こうした三者による連携はイノベーションが実現してからも重要となるでしょう。事業経験を通して問題意識の共有や人間関係の構築がなされた連携組織がそのままその地域のイノベーション実現の受け皿となるからです。
問題の深刻化が進んでいるにも関わらず、買い物弱者の問題に大きな関心が寄せられておりません。その理由の1つには、住民の「移住」という解決法があるからかもしれません。しかし、「移住」には大きな時間とコストがかかりますし、生活環境の変化に伴う住民の負担も小さくありません。さらには、地域が消滅することの社会的な「損失」も考えられます。この「損失」は経済的に測れるとは限りません。地域には歴史があり、伝統や文化がその土地に根付いています。特に過疎地では、すでに都市部では失った日本古来の伝統や文化が多く残っていますが、こうした土着の文化も他の地域に移転することは難しいでしょう。歴史ある地域が消滅するということは、「日本らしさ」を損ねる可能性もある、というのは言い過ぎなのでしょうか。買い物弱者の問題の延長には、そのような文化的問題が存在するということも忘れないでいたいと思います。

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