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「地形散歩の楽しみ」(視点・論点)

地図研究家 エッセイスト 今尾 恵介

ここ数年、「地形を楽しむ人」が増えています。テレビ番組や雑誌でも、地形をテーマにしたものが目立つようになりました。思えば鉄道や自動車で行き来することが当たり前になった現在では、高い山や深い峡谷でも行かない限り、移動中に地形を意識することはあまりありません。
それでも最近では、国土地理院が高い精度の地形データを公表していますから、これを活用して、たとえば地形に影を付けて立体的に見える地図が発行されたり、またパソコンに詳しい人は自分でオリジナルの鳥瞰図を作ることも可能になっています。

そんな環境になったので、身近な地域の地形を手に取るように眺める機会が目に見えて増えました。かつてなら地図の等高線を読んで、頭の中に地形を思い浮かべる作業が必要でしたが、誰もが地形を簡単に把握できるようになったのです。
今まで意識していなかった微妙な土地の窪みや小さな丘、段差などが手に取るように見えるようになってくると、それらの地形がどのように作られたかが気になってきます。たとえば川の流れが土砂を堆積させたり、また土地を侵食したりという結果の地形であることもあれば、火山活動によって火山灰や溶岩が堆積したところも多く、活断層が動いて巨大な地震になり、これによって崖ができたり、スケールが大きくなると山地になることもあります。中には宅地造成など、人工的に変えられた地形も少なくありません。
また、10万年ほどの周期でやってくる、氷河期と温暖期がもたらす海面の高さの変動の影響も、全国各地で確認することができます。海面変動とは地球規模の気候変動が南極や北極を中心とする氷の厚さに影響し、世界の海面の高さが変わることです。たとえば約2万年前の氷河期のピークにあたる時代には、東京湾の海面は、現在より130メートルほども低かったことがわかっています。その頃の瀬戸内海は大きな川で、周囲の平坦地には小高い山が点々と分布していましたが、その山々が現在の大小さまざまな島になりました。
さて、東京の都心部も、場所によっては意外にデコボコしていることが意識されるようになってきました。目の前の坂道を日常的に上り下りしている人でも、改めて指摘されないと気付かないこともあって、山手線も「平らなところを走っているイメージ」があるかもしれません。ところが、たとえば品川から池袋までの区間でも電車は人知れずアップダウンしています。「地形散歩」の一例として、山手線を品川から池袋までたどってみましょう。どうぞお付き合い下さい。

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まず、品川から渋谷駅までをみてみましょう。
この地図は、標高が低いところが緑色に、標高が高くなっていくにつれ黄色からオレ
ンジ色で表されています。
品川駅といえば明治5年に日本で初めて汽車が走った時に設けられた駅ですが、かつては波打ち際にありました。駅のすぐ西側は海が削った崖-海食崖です。
その品川駅を出発すると、ぐるりと回りながら電車は台地を切り通しで抜けて、目黒川の土砂が溜まってできた平地に出ます。大崎駅のあたりですね。五反田駅の手前からは早くも坂を上り始めるのですが、これは目黒川の流域から渋谷川の流域へ移動するための「峠越え」の準備です。「峠越え」とは大袈裟かもしれませんが、別の流域に移るためには分水界(分水嶺)を越えなければいけません。明治18年に山手線が開通した当初はここを蒸気機関車が走っていたので、線路はあまり急坂にできませんでした。そのため台地を崩して切り通しを掘り、そこで出た土を盛って築堤を作ることによって、あまり急坂にならないよう平均化しています。

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目黒駅がわざわざ切り通しの下にもぐっているのは、分水界に向けて懸命に上っている中休み地点だからです。
目黒駅を出てもしばらく上り勾配が続きますが、ちょうど貨物線を跨ぐあたりが分水界で、その後は一転して下り坂となって恵比寿駅の方へ向います。そして今度は渋谷川に沿って遡るため、少しずつ上り勾配となります。

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渋谷駅は文字通り谷底にありますが、大袈裟に言えば高原のように平らで高い新宿駅へ行くために、原宿駅の手前から台地へ割って入り、少しずつ上る緩い勾配坂で線路を敷きました。
山手線の駅の中では地面が最も高いのが新宿駅で、そのことを知っていた江戸時代初期の玉川兄弟は、玉川上水をまさにここに通しました。上水というのは、なるべく高さを保ちながら遠くまで水を運ぶのが使命ですから、実に理にかなった設計です。甲州街道も武蔵野台地の高い場所をたどっていますので、このあたりの甲州街道は玉川上水とほぼ同じ場所を通っています。

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新宿駅を出ると、しばらく台地の上を走った後で、今度は神田川の谷に向かって下っていきますが、台地から川沿いの土地までは標高差があるので、ここも新大久保駅からの切り通しで少しずつ下がって高田馬場駅に到着します。

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この駅を出るとほどなく高い鉄橋で神田川を渡って、その高さを土手で維持しつつ、次の台地である目白台に向かいますが、

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ここも地面が高いので目白駅は切り通しの中で、その上を目白通りが跨いでいます。

何やら江戸を出て放射状に各地へ向かう街道は、どれも高い所を通過していますが、古くからの街道はなるべく高い所を通るルートを選びました。切り通しの目白駅から徐々に豊島台に上がった電車は、間もなく池袋駅に到着します。
このように、山手線の短い区間をたどるだけでも、アップダウンの多い東京・山手の地形の特徴がわかると思います。先ほどの地図の外にありますが、台地の縁にある上野駅は、西の公園口改札から入れば階段を降りてホームにたどり着きますが、東の浅草口からは階段を上ってホームです。地形と折り合って作った典型的な駅ではないでしょうか。
 東京の山手線に馴染みのない人は、地元の身近な鉄道や道路に沿って地図をたどってみてください。意外に知らなかった都市の凹凸を実感することができると思います。
 国土地理院が提供しているインターネットの「地理院地図」は、地形図を閲覧する機能の他に、3Dで立体的に地形を表示する機能があります。検索窓に地名や山の名前などを入れて、地域が表示されたら、それを右上の「機能」欄で3Dを選べば、その場で立体画像を作ってくれます。多種多様な地形が見られる日本では、全国各地で興味深い地形があるので、飽きることはありません。

地形を理解するのは純粋に楽しく興味深いことでもありますが、特にお住まいの地域の地形を詳しく把握しておくことは、土砂災害や津波などに備える、防災の面でも役立つはずです。


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