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「保育の質とは何か」(視点・論点)

東京大学 教授 秋田喜代美

 本日は、保育の質の維持向上のために何が必要なのかを、皆様と一緒に考えてまいりたいと思います。

「保育」と聴くと皆様はどんなことを連想されるでしょうか。都市部では待機児童の問題がメデイアでは取り上げられることが多いです。入りたいのに入れないという点は、すこしでも早く解消され、誰もが安心して子育てと仕事の両立を実現できるようにするために喫緊の課題です。
けれども、保育所入所を希望される方も、どんな保育施設でも子どもを預かってもらえればよいということでは決してないはずです。乳幼児期は人生最初の人格形成の基礎を培う最も大事な時期です。保育の場は子どもたちが日中の大半を過ごす生活の場であり教育の場です。ですから、質が確保されていることを望むのは当然のことです。

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平成24年8月に成立した子ども子育て支援法にもとづいて現在実施されている子ども子育て支援新制度でもこの質の問題が検討されています。
また私どもの大学のセンターが平成28年度に行った調査ではいわゆる行政が認める待機児童が発生しているのは全国の約2割強の自治体でした。一方で少子化による子どもの減少や保育士不足などの問題は全国において問題となっています。つまり質の問題は全国のすべての保育に関わる問題となっているのです。

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 またこれは園の保育の質がその後中学生までに影響を与えることを示したイギリスの効果的な就学前の保育・教育のグラフです。幼児期の教育はその後の学校教育の影響を除いてもまだ知的な側面でも学びに向かう力と言われるような自己調整能力や向社会的行動のような社会情動的なスキルにも効果を与えることが示されています。読み書きや算数などの学力でも同様の効果がみられました。

またアメリカ国立小児保健・人間発達研究所の縦断研究では、保育の質の影響は特に経済的に貧困層の家庭で効果が明らかと示されています。つまり園の保育の質が子どもの育ちにとっては大事なのです。

では、保育の質とは何でしょうか。またどのようにして確保・向上できるのでしょうか。

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 「保育の質」とは、「子どもたちが心身ともに満たされより豊かに生きていくことを支え、保育の場が準備する環境や経験のすべてである」と言うことができます。つまり多面的で複合的なものです。国際経済協力機構OECDは図のように、志向性の質、構造の質など、6つの次元で捉えることができるとしています。
第1は、「志向性の質」。保育において何を大事にどのような保育の方向性をめざすのかという方向性や目標です。第2は、「構造の質」として施設の広さや備えるべき条件、また保育者一人あたりが担当する子どもの人数です。日本では保育所の施設面積基準や調理室があることや、保育者1人に対し乳児3名、1歳なら6名と言ったように子どものふさわしい育ちを保証する物理的条件を決めています。この基準は国により異なります。
また日本では面積基準などは都会ではスペースが取れないことから国の基準以外に自治体が独自の基準を設けているところもあります。たとえば東京都では認証保育所という独自の基準を創っています。第3には、「教育の概念と実践として内容や考え方」です。国では保育所保育指針や幼稚園教育要領等で子どもたちに乳幼児期に保障したい経験、活動の指針を作成し、園ではこの指針に基づいて全体的な計画を創って子どもたちの経験を保証しています。そして第4には、保育プロセスの質と呼ばれるものです。具体的には、保育士と子ども達あるいは子ども同志のやりとりやその活動のための具体的な素材や遊具などの環境構成を示します。そして第5には、園としての実施運営の質です。一人一人の保育者だけではなく、園として保育プロセスの質の向上に取り組んだり、効果的なチーム形成が出来ているかを意味します。長時間の保育では朝から夕方まで保育士もシフト勤務になりますし、看護士、調理師なども連携し皆で保育にあたっていくことが大事になります。ですのでチームで生み出す園の風土が大事になります。そして第6には、成果の質として、保育によって本当に子どもにとって健やかな心身の成長が保障されているかという点です。もちろん公的経費が投入されていますから監査を含めた側面もとても大切です。またこれらの質は決して各々が独立ではありません。たとえば、日本では保育士一人あたりの人数は決まっていますが、クラスのサイズは決まっていません。大学のセンターの調査結果によれば、保育士一人当たりが1歳児クラスでは、1クラス12名で保育士2人の時と18人で保育士3人の時では、同じ1対6でもクラスサイズが小さい方が「一人ひとりの子どもとのかかわりを十分に持てないこと」という負担感は小さいと言った結果も出ています。つまり構造の質とプロセスの質の間は相互に関わりあっています。
 ただしこれはいずれも客観的な側面です。そして海外では保育環境や保育プロセスを客観的に図るための評価尺度、一定の観点から捉える項目による一つのものさしのようなものも作成されています。こうしたことを通して園自ら振り返りをしてよりよくなるために語り検討していくことが大事です。そして最も大事なことは、その園に通う子どもや保護者にとって居心地がよく安心していられる場所であること、そして園に関わる人々の育ちの場になっていることであることは言うまでもありません。保育には園の方針などによっていろいろな保育・教育の方法があります。

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ただし重要なことは、図のようにプロセスにおいて、子どもとって安心感や居場所感と遊びや暮らしにおいて夢中・没頭できる経験の時間が保障されていることが大事になります。それが生涯にわたり、物事に深くかかわる学びに繋がっていきます。
 保育の質を向上させていくのには何が大事なのでしょうか。それは園の現在の状況によって何が優先されるべきかは異なると言われています。

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最低限まずは、子どもの生命の保持と情緒の安定が保障されるよう国や自治体が設けた最低基準が守られることです。しかしその基準はすでに満たしている園では、保育士の資質が大事であり、そのために研修が大切であることが海外の研究からは明らかになっています。また保育は言葉で指導するだけの教育ではなく、環境を通しての教育です。ですから子どもたちが自ら関わり探索探究できるような環境や素材が保育室の中でも園庭をはじめとする戸外の経験でも必要とされます。そしてさらによりよい園と長期的になっていくのに大事なことは、離職率が低く、園全体として安定した保育が継続的におこなわれること、そして保護者や地域の信頼を得てその地域らしい園の文化が創られていくことにあります。
保育は全国どこでも一律の最低の基準が守られることはとても大事です。ただし同時に、質の向上のためにはそれぞれの地域のニーズやその地域や園の文化を生みだし、子どもや保護者と共に園が地域の子育てを担う中心、センターとなっていくことであると言えます。
日本では現在保育士が不足し、保育士の離職率も高い状況にあります。また貧困の問題をはじめ現在家庭の問題は大変複雑になってきています。そうした中では、子どもにとってより豊かな経験を保証する保育の環境とそして保育士の専門性を一層高められるように国や自治体も支援をすること、また保護者と園の協力体制をお互い作っていくことが大事と言えるでしょう。


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