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「東京五輪 アスリートの食をどう考えるか」(視点・論点)

神奈川県立保健福祉大学 教授 鈴木志保子

 2020年の東京オリンピック・パラリンピックまで3年となりました。さまざまな準備が進んでいますが、今日は、選手村でアスリートにどのような食事を提供すればよいかについてお話しします。

まずは、アスリートが試合にむけて、どのような食事や栄養管理を行っているかについて説明します。
試合期のアスリートへの栄養管理は、食事内容・食べるタイミングや量、試合前後の補食の活用、試合中のエネルギー、栄養素や水分補給、リカバリーのための補給を中心に考えます。

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この表は、試合期のアスリートの栄養管理と一般の人との違いを示しています。
 多くのアスリートは、試合3、4日前から当日にかけて、「高糖質・低脂肪食」をとります。もう少し具体的に言うと、「高糖質・低脂肪・タンパク質はそのままの食事」です。高糖質・低脂肪にするために、揚げ物などの油を使った調理法を避けることにより脂質の摂取量をおさえて、脂質の摂取量が少なくなったことによって減少したエネルギー分を米やパンなどの主食で補う食事のことです。肉や魚のようなタンパク質源とビタミンやミネラルの補給源となる野菜や海草などはいつもとおりの種類や量を食べます。競技種目によっては、減量などを行うアスリートもいます。多くのアスリートが、試合にむけて独自の調整法を持っています。
 食事時間は、試合の開始時刻によっては、規則正しい時間に食べることができないので、スケジュールを立てて対応しています。その際、食事と食事の間に補食を活用してエネルギーや栄養素を補います。
試合中は、試合経過時間、パフォーマンスや気候を考慮して、水分補給、エネルギーや栄養素の摂取をします。
 試合後は、試合中に消費したエネルギーや栄養素を効率よく補給することで、回復を促します。

試合当日の試合開始時刻に合わせた食事管理についてもう少し具体的に説明しましょう。

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 図にあるように、試合の開始時刻の3~4時間前に食事をします。この食事は、試合が終了した時に「ちょっとお腹がすいてきた」という程度を目安に食べます。試合前に興奮状態になるとエネルギーの消費が高まることもあるので、その状況に応じて、果物や果汁飲料、ゼリー、エネルギーバーなどの補食を適宜、食べて補います。試合後は、回復を促すために、補食を食べます。

 このように、アスリートは、試合に向けて、最高のパフォーマンスを行うために、栄養管理計画を立てて実行していきます。

次に、オリンピック・パラリンピックの選手村でアスリートにどのような食事を提供すればよいかにについてお話しします。

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表に示すように「アスリートのニーズに即した「食」の提供」「参加各国に対応した「食」の充実」「きめ細かな対応」「包括的な安全の確保」の4つに分けて説明していきます。

最初に、「アスリートのニーズに即した「食」の提供」についてです。
先ほどお話しした「高糖質・低脂肪食」などの試合前の栄養管理計画に即した食事や試合開始時刻に合わせた食事提供が求められます。そのため、主菜メニューには低脂肪の料理も多く、食堂は24時間運営されます。また、競技会場で過ごす時間が長い場合には、競技会場で飲食の提供を行います。試合・練習後のリカバリーのための「食」も充実させなくてはいけません。そして、食堂内でアスリートに提供する食品や料理には、正確な栄養成分表示や食材表示が求められます。

次に、「参加各国に対応した「食」の充実」です。
 アスリートやチーム関係者が考える選手村での最もよい食環境とは、自国と同様な食管理ができる環境です。アスリートは、試合前に、食べたことのない食材・食品・料理は食べません。そのため、食堂では、できる限り、参加各国の食事・食文化に即した食材や料理を提供できるように努力します。
 たとえば、いつも朝食の主食に米(ごはん)を食べているアスリートが、試合前や当日の朝に、食べ慣れていない、あるいは、食べたことのないオートミールを米(ごはん)の代わりに食べようとはしません。
 また、参加各国の味付けで料理を提供することは難しいので、肉を焼いただけであったり、蒸しただけであったり、アスリート自身が自由に味付けをして食べることができるメニューも用意します。
さらに、試合前は、日本人アスリートを含め「生」で提供される食材は基本的に食べません。ただし、水の衛生面での安全性が確保されている場合には、生野菜や果物は食べます。

3つ目の「きめ細かな対応」についてお話しします。
 食事提供におけるきめ細かな対応として、グルテンやピーナッツなどのアレルギーへの対応、宗教上の配慮、ベジタリアンへの対応があります。また、スポーツの現場で「食」のトレンドがあれば、導入を考えなくてはいけません。最近のトレンドとしては、練習後のリカバリーに果物や野菜のスムージーを取り入れることがあげられます。このように選手村の食堂では、アスリートの身体の状況、宗教、思想などに対応することが求められます。きめ細かな対応としてもう1つあります。食堂に隣接した場所で、スポーツ栄養士が常駐し、アスリートの要望や相談に個別で対応を行ったり、情報提供をしたりするブースが設けられます。

4つ目の「包括的な安全の確保」についてお話しします。
 衛生面の配慮です。2020年の東京でのオリンピック・パラリンピックは、8月、9月に開催されるため、食中毒についての注意喚起を行う必要があります。参加各国のアスリートたちが全員、自国で食中毒に注意を払って生活しているとは限りません。厨房や食堂内での食中毒の予防対策を徹底するとともに、食堂で提供される食事を宿舎に持ち帰ることを禁じたり、事前に参加者へ情報提供を行ったりする必要があります。
 その他、アレルギー食調理時の混入防止の徹底、ドーピングコントロールに対する配慮や暑さ対策についてもアスリートのための食環境整備として求められます。

 最後に、オリンピック・パラリンピックに出場するアスリートは、国の期待を背負い、メダルの獲得や自己記録の更新を第一に考えて飲食を行います。選手村の食堂などアスリートが食事をする場所では、アスリートが実力を発揮できる「食」の提供に焦点を合わせる必要があります。最も評価の高い「おもてなし」は、参加各国のアスリートが自国で試合を行うのと同じ食環境を整えてあげることです。
 そうは言うものの、アスリートは、「スポーツの祭典」であるオリンピック・パラリンピックを思いっきり楽しもうとしています。試合がすべて終わってからは、「日本食」「和食」「日本の美味しい食材」を味わいたいと思っています。
 2020年東京オリンピック・パラリンピックが、アスリートにとって、忘れることができない「食」の思い出を刻む大会になるように、また、競技力の向上に利用価値の高い「日本食」を世界のアスリートに理解して活用してもらえるように、3年後にむけて、いまから、日本らしいきめ細かな準備を整える必要があります。


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