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「DV防止法 改正への課題」(視点・論点)

お茶の水女子大学 名誉教授 戒能 民江

2001年に配偶者暴力防止法、いわゆるDV防止法が制定されました。夫婦げんかのちょっとひどいものぐらいだと考えられてきた配偶者や交際相手からの暴力が、心と体を傷つけ、人生に大きな影響を与える人権侵害であることや、国や自治体が被害者支援やDV防止に責任を持つことが、法律に明記されたことになります。法律の制定から16年たち、ドメスティック・バイオレンス、DVという言葉は広く知られるようになり、被害の顕在化が大きく進みました。

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全国のDV相談支援センターへの相談件数はDV防止法成立以来増加を続け平成27年度には11万件を超え、警察への相談も増えて、平成22年から5年間でおよそ2倍の、年間6万件以上となりました。しかし、それでも、これは氷山の一角にすぎません。最近の内閣府の調査では、20歳以上の被害者で、どこにも相談していない人が、いまだに半数以上を占めます。相談してもよい、逃げてもよいのだということが、支援を必要とする人々へ十分に届いていないことがわかります。支援の実績も蓄積されてきた現在、支援のあり方を見直す必要があるのではないでしょうか。

まず問題としたいのは、一時保護所の利用が進んでいないことです。
 一時保護所がどのような時に利用されるかというと、こちらの図をご覧ください。

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 まず、被害者が市や区の福祉事務所に所属する婦人相談員や都道府県や市区のDV相談支援センターの相談員、警察の相談窓口、自治体や男女同参画センターの相談窓口、民間団体などに相談し、本人の状況や意向を把握したうえで、もし危険がある場合は、一時保護所に避難したり、地方裁判所に保護命令の申し立てをして安全を守ることができます。DVは時に生命の危険を伴う場合がありますので、安全を守るために一時保護は欠かせません。安全が確保された環境で、安心して気持ちの整理や心身の健康の回復を図り、次の生活のステップに向けて準備を進める場が一時保護なのです。

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ところが、相談件数の著しい増加に比べると、一時保護件数がDV防止法制定時からほとんど増えず、最近は減少傾向にあります。また、地域間の差が大きいことも指摘されています。

 なぜ一時保護件数は増えないのでしょうか。一時保護は「本人の意思を確認したうえで、ほかに居場所がなく、緊急性がある」場合に、都道府県の婦人相談所長が決定することになっています。一時保護件数の減少には、さまざまな要因があるでしょうが、支援に当たる現場からは、たとえば、直前に身体的暴力を受けていなければ緊急性が認められないなど、一時保護基準のハードルが高いという声が出ています。また、携帯電話を所持できないこと、外出規制や喫煙禁止、持ち物検査など、一時保護所での集団生活の規則の厳しさも利用をためらう要因となっていると思われます。加害者の追跡などの危険がある場合は利用者によく説明する必要がありますし、一律に携帯禁止が必要か、市民としての自由の保障の観点から規則について見直す必要があります。また、施設の構造上、車いすの被害者が施設を利用しにくいことや、精神障害や疾患がある場合は集団生活が困難だとして入所が難しいことも問題です。DV被害を受けやすいにもかかわらず、逃げることが難しい人たちが、一時保護を利用できるようにしなければなりません。
一時保護への対応については、まず、国が実態を正確に把握し、地域で対応の違いが生じないように基準を明確にすることや、一時保護の申請が認められなかった場合の不服申し立て制度の活用を検討すべきです。将来的には、行政の裁量に全面的に任せるのではなく、利用者が希望すれば一時保護を利用できるようにDV防止法を改正する必要があります。

 次に、一人一人のDV被害者のニーズに対応できる支援制度の整備が必要です。DV被害の背後には、離婚問題や経済的な困窮、就労の困難、親兄弟との関係の悪化、心身の障害や病気、子どもの暴力的な言動といった子どもに関する悩みなど、多様な困難が潜んでおり、被害からの回復のためには、一人一人のニーズに応える支援が求められます。
しかし、実際には、保育士や心理カウンセラー、精神科医、子どもの学習支援スタッフなど、個別のニーズに対応できるだけの専門職の配置が不足しており、専門機関や民間団体との連携も不十分です。さらに、外国人や障害のある人、性的マイノリティ、いわゆるLGBTなど特別の配慮を必要とする被害者への対応も考えなければなりません。また、自立支援といっても、DVから逃げ出してすぐに働けるわけではありません。DVの影響でうつ病やPTSD、心的外傷後ストレス障害になる人は多く、精神的ダメージの治療や傷ついた自尊心の回復など、生きる力を取り戻すための支援が欠かせません。早急に、生活再建のための中長期的な支援体制の整備に着手すべきです。

 近年、ようやく注目されるようになってきたのが、子どもへの支援があまりにも手薄なことです。子どももDV被害を蒙り、深刻な影響を受けているにもかかわらず、「子どもは忘れられたDV被害者」と言われてきました。内閣府の調査では、DV被害を受けた家庭の約3割が子どもにも被害があったと回答しています。また、私が行った共同研究からも、一時保護所に入所した子どもには、暴力をふるう親からの虐待や不適切な養育などがみられ、発達や学習の遅れ、不登校や引きこもり、障害のおそれなど、心身のケアの必要性がわかります。
 ところが、DV防止法では、子どもはあくまでも被害者の「同伴児」にすぎず、独立した被害者としての支援が想定されていません。そのため、子どもの被害は十分ケアされてきませんでした。しかし、DV被害の実態が明らかになった結果、児童虐待防止法が改正され、DVは子どもへの心理的虐待とみなされることになりました。
親が子どもの目の前で暴力をふるう、いわゆる「面前DV」は多くの子どもたちが経験しています。しかも、できるだけ早期の適切な対応がないと、DV被害は子どもの心を傷つけ、人間関係が作りにくくなるなど将来的な影響を与えてしまうおそれがあります。
 子どもへの接近禁止命令だけではなく、子どもも独自に保護命令を申し立てることができるようにするなど、DV防止法を改正して、子どもを保護・支援の対象として明記し、必要な場合は児童精神科などの専門機関のケアを保障すべきです。

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また、民間団体で、母子同時並行プログラムや学習支援など、年齢層に合わせた子ども支援が行われています。そうした団体と連携して、母親に対する子どもの養育支援の充実を図ることも重要です。

 最後に、DV防止法の制度設計の前提となっている考え方や発想の転換を提案したいと思います。現行法では、DV被害者やその子どもたちが、仕事を辞めたり、学校を変わったり、それまでの生活や環境、人間関係などを捨てて、逃げることが大前提になっていますが、加害者と別れたいと思っているにもかかわらず、実際に別れた人は1割に過ぎず、被害者が声をあげ、行動に移すことがいかに難しいかわかります。
被害者が逃げるのではなく、DVの犯罪化など加害者の法的責任を明確にし、加害者の再教育を進めることを検討すべきではないでしょうか。

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