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「高層住宅火災を防ぐために」(視点・論点)

東京理科大学 教授 辻本

この6月、ロンドンの24階建て高層住宅で火災が起き、建物全体が燃え上がって、およそ80名の犠牲者が出る大火災となりました。火災安全工学の専門家として、まずは大きな驚きで、言葉が出ません。
なぜなら、防火技術を歴史の中で着実に積み上げてきたイギリスで、このような事故が起こるとは思っていなかったからです。今日は、防火技術が改善されてきた歴史と、にもかかわらず、この事故に至った経緯を、説明させていただきます。

この経緯には、東京などで林立するタワーマンションでも考慮すべきいくつかの課題がありますので、これも紹介したいと思います。

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今回の火災での最大の課題は、省エネルギーのために燃えやすい断熱材が使われ、結果として、積み上げられてきた防火技術にほころびが生じた点です。
防火技術の歴史を、簡単に纏めてしまうと、まずは建物を燃えないもので作る、でも火災はどうしても起こるので、これを一定の部分で閉じ込めて、その間に避難する、もしくは消防が消す、ということになります。
この視点で、近代の大都市ロンドン・パリ・ベルリンでの防火技術の歴史を見てみましょう。

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パリ、ロンドンでは人口集中が起こって、建物が高層化せざるを得なくなります。そこで、まずは隣の建物に燃え広がらない工夫として、写真のParty Wall という壁を敷地境界に立てるようになりました。この壁は構造体でもあるので、隣に行くのに、便利だからと、壁に穴を開けることはできず、おかげで火災が起こっても、隣の建物への延焼が完全に防げます。昔は木造だった屋根からの延焼を防ぐために、壁が屋根面より一定の高さ、高くなっているのが特徴です。
次は、それぞれの棟の中で、上の階に燃え広がらないような工夫が考えられました。

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解決策の具体例が、ベルリンで火災をおこした百貨店です。この百貨店は、写真のように床から天井まで全面ガラスでした。このため、火災でガラスが割れ、炎が簡単に上の階に回り込んでしまったのです。

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再建された時には1902年に、炎が上の階に回り込まないように、窓の開口から開口まで1メートル以上の腰壁を設けることが義務化されていたので、百貨店はこの写真のように改修されました。
同時期に階段室の防火区画、壁を燃えないもので作り、扉は防火戸にする、義務化され、火災は出火した区画に閉じ込め、それ以外の区画の人たちは、たとえ避難できなくても消防隊を待つ、というのが、欧米の都市に共通の対策になりました。
火災被害を防ぐための工夫を生み出した長い歴史の上に、今の欧米の高層建築があるのに、なぜロンドンではあのように大きな被害になったのでしょう。
問題は、幾つもありました。

まず、先ほど説明したように、火災を出火した住戸に閉じ込めて、その間に逃げるなり、消防隊がやってきて消火することが原則になっています。ところが、ロンドンの火災では、燃えやすい断熱材が外壁に使われたことで、窓からの延焼を防ぐことができず、上の階や隣の住戸に燃え広がりました。原因は昨年行った改修工事で、寒いロンドンで暖房費を下げるために断熱材をたっぷり入れた壁に代えたことです。プラスチック系の断熱材が良く燃えることは、建設業者も知っていたはずですが、コスト優先だったようです。
次に、この建物では避難経路としての階段が一つしかなかったことがあります。この点は、火災が起こる前から指摘されていたようですが、消防局としては信頼性の高い階段であるので、煙で使えなくなることは無い、と判断していたようです。映像を見ると、これら以外に火災を閉じ込めるはずの各住戸間の区画も延焼を止められていないようですが、この点はまだ詳しいことがわかっていません。
さて、ロンドンのような火災が日本で起きる可能性はあるのでしょうか?
日本の共同住宅、ざっと5階建以上の規模のものには、階段は2つ設置しなければならないことになっています。この点からロンドンのような事故は日本では起こりにくい、と言えます。また基本的な考え方として、どの個別の住戸からも避難経路が2つある、もしくは避難経路である廊下が外気に開放されていて、煙に汚染されないことが求められます。その結果、日本の高層集合住宅は,この条件を満たすバルコニー付きのタイプと、11階以上にスプリンクラーを設置してバルコニーを設けないタイプの2種に大別されます。
この二つのタイプを、ロンドンの火災被害の原因となった「外壁からの延焼の問題」と「避難経路の問題」から比較してみます。

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まず、外壁からの延焼の問題、表の左の列ですが、バルコニーのあるタイプでは、バルコニーに断熱をしても省エネルギーにはならないので、ロンドンのような改修に伴う材料の問題は起こりませんし、バルコニーの出が炎による延焼の防壁になります。バルコニーの無いタイプは、スプリンクラーで元々、火災になる可能性がかなり低いですが、外壁からの延焼については、新しい材料に対して規制が後追いになるという点と、窓にはガラスが使われることが前提で、規制が存在しないため、ガラスに代えて燃える材料を使うことができるという問題があり、注意が必要です。
次に避難経路ですが、まずバルコニーは一時的な退避場所になるので、安全性が増します。しかし、バルコニーがあっても無くても高層住宅では、地上まで避難したいですから、階段が火災の煙から守られる、信頼性が高いことが求められます。そこで、住居部分と廊下の間、階段室に必ずある扉が問題になります。壁や床が鉄筋コンクリートのように耐火性を有するものであれば、階段室の信頼性は、この扉が火災の時にしっかり閉まってくれるかどうかで決まります。この扉は、いつも閉まっている構造のものと、煙感知で閉まる構造があります。前者のいつも閉まっている場合は、利用者が閉まっていることの意味を理解せず、開けっ放しにする危険があります。ロンドンの火災では住民に移民が多かったということで、「階段室の扉は必ず閉める」が実行されていたか、これは、高層住宅に住む歴史の短い日本でも同じく心配です。煙感知で閉じる扉の場合は、機械というのは必ず故障するため、維持管理が重要になるわけですが、今まで故障率に注目し、これを改善する管理は行われてきませんでした。
 
さて結論です。高層集合住宅では、高いところに住むことに伴うリスクを意識し、リスクを下げるための工夫を、住民も理解して暮らすことが、まず必要です。
次に、省エネルギーのための工夫が火災安全を大きく損なうという風に、ある性能を改善すると別の性能を損なう可能性があることを、特に大規模な高層住宅では気にしなければいけません。
そして、機械は必ず故障することを頭に入れておいて欲しいです。ちょうど国の制度が改善されて、タワーマンションでは防火扉の故障率を定期的な検査で報告するようになります。住民としては是非、これらの数値にも注目して頂ければ、と思います。

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