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人口減少と日本経済の未来(視点・論点)

立正大学 教授 吉川 洋

人口が減少していく。このことは皆さんもご存じでしょうが、正確な数字はどうでしょうか。今年4月10日に国立社会保障・人口問題研究所が公表した新しい将来人口推計では、1人の女性が生涯に産む子どもの数、出生率が1.44と5年前の推計時に比べて少し回復したため、人口減少のペースはやや緩慢になりました。とはいえ、新しい推計でも、2065年に日本の人口は8800万人、100年後2115年には5055万人まで減少することになっています。日本の人口はこれから100年で半分以下まで減少するわけです。この間に高齢化も進むことはよく知られているとおりです。現在、65歳以上の高齢者が総人口に占める比率は28パーセントですが、40年後には38パーセントになると見込まれています。
 人口減少は日本経済、ひいては私たちの暮らしにどのような影響を与えるでしょうか。

人口減少と高齢化は、すでに深刻な問題を生み出しています。年金にしても医療にしても、社会保障は現役世代が高齢者を支える制度ですから、少子化で現役世代が減る一方、高齢者が増えれば、制度の維持は当然苦しくなります。現状、保険料では社会保障の給付総額118兆円のうち6割しか賄えていません。残りの4割は国や地方が出すお金、つまり公費、公のお金ですが、国も地方も税収は十分ではありません。これが財政赤字の問題なのです。
このほか人口減少と高齢化は、地域の経済社会にもさまざまな問題を生み出しています。「地方消滅」という言葉を聞かれた方も多いでしょう。
このように少子高齢化、人口減少が生み出す問題は深刻であり、21世紀の日本にとって最大の問題といってもよいのですが、しかしその一方で、私は、人口減少が必要以上にペシミスティック、悲観的にとらえられている面もあると思います。人口、とりわけ現役世代が減っていくのだから、日本経済はよくてゼロ成長、素直に考えればマイナス成長しか望めない。そう感じている人が多いようです。「右肩下がりの経済」というフレーズもよく目にします。
こうした考えをもっている人は、1人ひとりがシャベルを1本ずつもって仕事をしているようなイメージを頭の中に描いているのではないでしょうか。100人でやっていたのに、人口が減って80人になれば、できる仕事の量、すなわちつくり出すモノやサービスの量は減らざるをえない。これは理の当然ではないか、というわけです。
しかし、これは先進国の経済成長のイメージとして誤ったものです。1人1本ずつシャベルをもってやっていたところにブルドーザーやクレーンが登場する。その結果、生産性が向上し、「1人当たりの所得」が上昇する。先進国の経済成長では、この1人当たりの所得の上昇が主役なのです。

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たとえば、1964年、東京でオリンピックが開催された高度成長の時代、15年間ほど日本は年平均10パーセント成長しました。このことはよく知られています。このテレビをご覧になっている方の中には、その時代に青春時代を過ごした方も多いでしょう。
たしかに、この時代はまだ人口が増加していました。といっても、伸び率は年平均1パーセント、働いている人、つまり労働力人口の伸び率でみても年1.3パーセントだったのです。
それに対して、この時代は、経済成長が10パーセント、その結果、1人当たりの所得が年々、10パーセントと1パーセントの差、つまり9パーセントずつ伸びていたわけです。こうした労働生産性の上昇をもたらすものは、いつの時代もイノベーションなのです。イノベーションというのは、技術進歩よりもはるかに広い概念です。ハードだけではなく、ソフトも含めて、ともかく何か新しいことを始める、それがイノベーションだといえるでしょう。
 もっとも、「先進国の経済成長は人口よりもイノベーションで」といっても、現実に人口が減る中で「人手不足」が日本経済にとって大問題になっています。
 人手不足については、目の前の問題と中長期的な影響をはっきり区別する必要があります。個々の職種についてみれば、人手不足はたしかに現実のものだといえるでしょう。たとえば、建設業の有効求人倍率は3.6倍、飲食などのサービスも3倍です。こうした分野ではたしかに人が足りない。
 しかし少し長い目でみれば、人手不足は必ず省力投資を促進するものです。30年前には、東京駅や大阪駅でも改札は人がやっていました。今は小さな駅まで自動改札機が普及しています。資本主義経済200年の歴史は、人余りから人手不足経済への転換の歴史だったということすらできるのです。
 省力化の動きはすでに始まっています。大手コンビニエンスストア5社は2025年までに、顧客が自分でカゴごと一瞬に会計を済ます「セルフレジ」を全店舗に導入する計画です。こうしたさまざまな形の省力投資は、人手不足の問題を解決するだけでなく、1人当たりの所得の上昇をもたらすのです。
 一口に人手不足といっても、実はそれは「現在の賃金の下での人手不足」にすぎない、ということにも注意する必要があります。というのも、賃金を十分に上げれば人は集まるものだからです。なぜ賃金を上げないかといえば、つくり出したモノやサービスの価格を上げられないからだ、と企業は答えるに違いない。そこにも問題があるのです。
大手宅配業者による当日配達サービスからの撤退が話題になっていますが、当日配達という特別なサービスに、なぜ相応の価格を付けられなかったのでしょうか。優れたモノ・サービスを生み出す一方で、それに見合った価格を付けることも立派な生産性向上です。
 1人当たりの所得を向上させる源泉はイノベーションといっても、主たる担い手はやはり現役世代でしょう。その現役世代が減っていくのだから、やはり日本は苦しい。この点を危惧する人も多いようです。
日本の生産年齢人口、15~64歳の人口は、現在7700万人ですが、半世紀後の2065年には4500万人まで減ることが見込まれています。確かにこれは大問題ですが、4500万人という数は、現在のドイツよりは少ないとはいえ、イギリス・フランスよりは多いのです。もし半世紀後、日本の生産年齢人口は減りすぎているから、イノベーションはもはやできない、というなら、イギリスやフランスは現時点ですでにできない、ということになります。しかし、こうした国々はイノベーションを諦めているわけではありません。
 人口減少と少子高齢化は大きな問題であることは、改めていうまでもありません。われわれは、将来を見据え財政・社会保障の改革に正面から取り組む必要があります。その一方で、日本経済につき過度の悲観論に陥ることは避けたいものです。
今、日本では、社会の閉塞感が高まる中で、若い人の中には現在の高齢者より生活水準が下がるのではないか、と考えている人もいるようです。そんなことはありません。格差の問題は真剣に考える必要がありますが、平均的に見れば、現在の若い人の生活水準は高齢者をはるかに上回るはずです。それが、人口減少の下でも可能な経済成長がもたらす果実にほかなりません。

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