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「民意と政権運営」(視点・論点)

学習院大学 教授 野中尚人

 7月2日に行われた東京都議会議員選挙で、自民党が歴史的な大敗北を喫しました。都民ファーストを率いた小池知事への支持もさることながら、国政での自民党・安倍政権に対する最近の強い批判の声が大きく影響したと考えられています。盤石の「安倍一強」と言われて久しかった安倍政権と自民党に何が起こったのか。今回は、長期政権の難しさ、民意と政権運営との関係などに注目しながら考えてみたいと思います。

安倍政権は、小泉政権以来、久しぶりの長期政権と言われてきました。ですから、森友学園や加計学園の問題、また個々の議員の不祥事、メディアに対する挑発的な発言など、いわば緩みやおごりのようなことも含めて、政権を長い間担っていくことの難しさが表れたと言えるでしょう。しかし、もう少し堀下げて考えてみる必要があるようです。安倍政権は以前の自民党政権とはまったく違うタイプなのではないか、という点です。言い換えれば、戦後の日本政治の大きな流れの中に置いたとき、現在の自民党や安倍政権はどのように捉えられるのか、ということでもあります。
戦後の長い期間にわたって自民党が政権の維持に成功したことには、様々な工夫や特徴が反映されていました。そしてそれは、一言で言えば、「権力を共有する」仕組みだったと言えそうです。1993年まで、ほぼ完全な単独政権でしたが、意外なことにその本質は、さまざまな場面でさまざまな相手との間で、権力を共有し、交渉と合意、あるいは妥協によって運営するというものでした。
 まず挙げられるのは派閥システムです。派閥には様々な悪弊がありましたが、他方で派閥間の競争が党内の一部の勢力が暴走するのを抑えていたため、安全弁のような役割を果たしていたことも事実です。
 2番目に、年功制をベースにした平等型の昇進システムがあり、当選回数さえ積み上げれば、ほとんどの議員に様々なポストに就くチャンスを与えられていました。自民党内の部会長や国会での委員長、あるいは各省の政務次官などで能力を磨き、政策に関与する機会を与えられていたのです。意外に思われるかもしれませんが、諸外国ではほとんど見られない方式でした。
 第3に、政策の決定や調整という面でも、多くの議員が幅広く参加できる仕組みが作られていました。いわゆる族議員たちが、政調会の部会や調査会などで大きな影響力を揮う体制でしたが、積み上げ型のプロセスの中で、基本的にはコンセンサスが望ましいと言う考え方が広く浸透していました。民主的な合意重視の仕組みだったと言えます。逆に、首相のリーダーシップを阻害するほどの分権体制で、政府・与党二元体制として批判されてきたこともご存じのとおりです。
 こうした自民党内部の仕組みだけでなく、国会などを中心として展開される与野党間関係においても、ある種の権力共有、分かり易く言えば野党に譲った部分がありました。国会は、最終的には多数決が基本ですが、そこに至るプロセスが重要です。他国でもその部分に色々な工夫と特徴が見られるのですが、日本の国会の特質は、「国会は野党のためにある」という言葉に集約されます。テレビで見られる予算委員会での質疑に限らず、ほとんどの国会での活動は、野党が政府に対峙する形で展開します。与党は受け身でほとんど傍観者のようになっていた一方、実は、何をいつ審議するのかについて、野党はかなり大きな発言権を持っていました。「国対政治」と呼ばれる仕組みは深刻な問題を孕んでいたのも事実ですが、他方で、与党と野党とが協議する仕組みとして機能してきました。
これらの仕組みが、現在ではほぼ全面的に否定されかねない形になっています。首相や官邸がリーダーシップを発揮することは重要なことですが、意見集約や調整が行われていない面もありそうです。重要な法案について、国民の理解が得られていないことはその表れと言うべきでしょう。
 さて、長期政権を安定させるためには、官僚機構との関係も重要です。そしてその大きなカギは、幹部官僚に関わる人事の仕組みにあります。この点、55年体制時代には、官僚機構に対する政治的なリーダーシップが不十分だと言われてきました。そこで、90年代のいわゆる橋本行革以来、改革への試みが続けられ、最終的に2014年の春に国家公務員法が大改正されるに至りました。その結果、各省の審議官から事務次官までを1つのグループにまとめて異動の人事をやり易くするということを行いました。その上で、内閣人事局を設置し、実質的な人事権をほぼ官邸に集中させる仕組みが出来上がりました。
 こうして、首相と内閣官房長官の人事権は飛躍的に強化され、今やすべての幹部官僚たちは、官邸の意向に最大限の注意を払うようになったわけです。というよりも、それを無視しては生き残れなくなったというべきでしょう。むろん、政治主導のための仕組みであり、原則としてはこれで問題はありません。しかし実は、現在の日本の幹部官僚の人事システムは、かなり極端なものとなっています。
例えばイギリスでは、ごく少数の大臣の特別顧問は別ですが、官僚人事への政治的介入はほぼ出来ません。官僚自身がコントロールしています。フランスとドイツでは政治的な任用が一定の範囲では可能ですが、ほぼ大臣の周辺と局長クラスまでに限定されています。語弊を恐れずに言えば、日本の場合、審議官クラスまでのライン人事への直接介入という点でも、官邸という中枢がすべてをコントロールする点でも、かなり例外的な体制と言って良いでしょう。日本の官僚人事システムは、各省の官僚が自分たちでバラバラに人事を仕切るという一方の極端から、広範囲で強力な政治的統制力をほぼ完全に官邸に集めるという、反対の極端に飛び移ったような恰好なのです。最近、官邸と官僚との関係がやや「暴走」ぎみになっていることはその意味で理由のないことではありません。
政治がリーダーシップを発揮するために、一定の人事権をもつことは恐らく望ましいし、必要なのですが、同時に、国会での監視や、官僚自身が一定の関与をする仕組みやルールを備えていなければ、結局は暴走しうまく行かなくなる恐れが大いにあります。いわば、緩衝装置やルールが不可欠で、各国でこうした仕組みが工夫されています。大統領が行政府の中では圧倒的な権限を与えられているアメリカでさえ、トップの官僚人事には上院の承認が必要となっていることを想起して欲しいと思います。
 以上、2つの面から、長期政権のあり方やその難しさについて検討してきました。結局のところ、与党や国会の内部でも、また政府内部の政官関係でも、官邸主導・政治主導を原則としつつ、一定のルールや仕組みで常にそれを監視し、暴走を抑止することが大切なことです。それこそが短期的な衝動に駆られた暴発を防ぎ、民意のありかを見定めながら、長い目で見た政治の安定と政策の推進を可能にする秘訣ではないかと思います。根本的には、政権交代がそれを保障する訳ですが、日常的な仕組みとしても、人事ルールの工夫や国会での討論や調査機能の活性化など、こういったことが大きな課題となってくると思います。

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