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「犯罪を防ぐまちづくり」(視点・論点)

立正大学 教授 小宮 信夫

もうすぐ夏休みですね。お子さんがいる家庭では、子どもの安全が気になる時期ではないでしょうか。「日本は世界一安全な国」だから大丈夫。本当にそうでしょうか?
法務省の調査によると、日本で起きた事件の9割が未解決、つまり犯人が捕まっていないそうです。皆さんは、この現実をどう考えますか? 私は、安全こそ、すべてに優先されるべきもの、と考えています。
もしそうなら、もう少し注意深く、犯罪予防を考える必要があるのではないでしょうか。

この点で参考になるのが、海外の取り組みです。海外では、犯罪を起こりにくくする「場所づくり、環境づくり」が活発に行われています。
犯罪学では、こうしたアプローチを「犯罪機会論」と呼んでいます。犯罪は、犯行の動機があるだけでは起こりません。動機を抱えた人が、犯罪の機会、チャンスに出合ったときに初めて起こります。つまり、動機はなくせなくても、犯罪の機会を与えなければ、犯罪は防げるのです。
海外では、「犯罪機会論」が当たり前に行われています。しかし日本では、まったくと言っていいほど行われていません。なぜなのでしょうか? それは、日本の防犯が「不審者」に注目しているからです。学校では、「不審者に気をつけて」という教育が行われ、地域では、「不審者はいないか」というパトロールが行われています。しかしどうやって、不審者とそうでない人を識別するのでしょうか。
子どもたちに「どんな人が不審者なの?」と聞くと、必ず「マスクしている人」「サングラスしている人」という答えが返ってきます。だからこそ、子どもは「マスクをしていない人」「サングラスをしていない人」に、だまされてついて行ってしまうのです。動機があるかないかは、見ただけでは分かりません。つまり、「不審者に気をつけて」と言われても、気をつけようがないのです。
そのため、海外では、「不審者」という言葉は使われません。海外の防犯は、人ではなく、場所に注目しています。「危ない人」は見ただけでは分かりませんが、「危ない場所」は見ただけで分かるからです。
犯罪者は、景色を見て、犯罪が成功するかしないかを判断しています。その基準が「入りやすいかどうか」「見えにくいかどうか」です。つまり、「入りやすく見えにくい場所」が、犯罪者が好きな場所、言い換えれば、犯罪が起きやすい場所なのです。
「入りやすい場所」では、犯罪者は怪しまれずにターゲットに近づくことができ、すぐに逃げることもできます。そのため、そこには犯罪が成功しそうな雰囲気が漂っています。
「見えにくい場所」では、そこでの様子をつかむことが難しいので、犯罪者は余裕しゃくしゃくで犯行を準備することができ、犯行そのものも目撃されそうにありません。そのため、そこにも犯罪が成功しそうな雰囲気が漂っています。
このように、「入りやすく見えにくい場所」で犯罪が起きやすいなら、対策は、その場所を入りにくくする、見えやすくする、ということになります。犯罪者が景色を見たときに、「犯罪は失敗しそうだ」、そう思って犯罪をあきらめるような場所にする、というわけです。これが、「犯罪機会論」に基づく、犯罪を防ぐまちづくりです。
こうした視点から、海外では、住宅や道路、学校や公園、お店や駅やトイレをつくるときにも、「犯罪機会論」に基づくデザインが採用されています。
例えば、公園のデザインを見てみましょう。

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これは、イギリスの公園です。公園では、子ども向けのエリアと、大人向けのエリアを明確に分けます。これは、ゾーニングと呼ばれています。つまり、すみ分けですね。遊具は子ども向けのエリアに集中させ、そこをフェンスで囲みます。フェンスは、ディフェンスという言葉から派生したように、守りの基本形です。
子どもが誘拐されるケースのほとんどは、子どもがだまされて、自分からついていくパターンです。ゾーニングしておけば、犯罪者が、子ども専用のスペースに入るだけで、子どもも、周囲の大人も警戒するので、だまして連れ出すことが難しくなります。

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ベンチを置く場合には、ニュージーランドの公園のように、フェンスの外側に、外向きに置きます。こうすることで、犯罪者が、遊具のそばのベンチに座りながら、親しげに子どもに話しかけ、だまして連れ去る手口を防げます。また、遊具を背にしたベンチなら、遠くから子どもを物色している犯人に、いち早く気づけます。SPと同じ向きですね。
学校のデザインも工夫されています。

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オランダの小学校では、教室の中から、トイレの中が見えるようになっています。トイレを「見えやすい場所」にすることで、トイレの中での「いじめ」を、やりにくくしています。

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また、この学校の校庭は、ガラスとレンガの高い塀に囲まれています。まさに「入りにくく見えやすい場所」ですね。でも、ここまで高くしなくても、と思ったので、理由を聞いてみました。実は、ここまで高くしたのは、周囲を走る自動車の排ガスを、子どもたちが、吸い込まないようにするためだそうです。驚きました。本当に、真剣に、子どもの安全を考えているんだなぁと感心しました。
夏休み中に起きた事件で有名なのが、いわゆる宮崎勤事件です。その最初の事件現場は、歩道橋の上でした。女の子を尾行していた宮崎元死刑囚が、ターゲットと接触する場所として選んだのが、歩道橋の上だったのです。宮崎は、そこで女の子に声をかけ、だまして誘拐しました。女の子の5メートル前を歩いていたにもかかわらず、女の子はずっと後ろからついて行き、駐車場に止めてあった車に乗ってしまったのです。
歩道橋の上は、死角はありません。見晴らしはいいんです。でも、周囲からの視線が集まりにくいので、やはり「見えにくい場所」なんです。ところが、シンガポールの歩道橋は、「見えやすい場所」になっています。

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歩道橋の上が花でおおわれているので、歩いている人や運転している人で、花が好きな人の視線を集めることができるからです。
このように、海外では、まちづくりのデザインで、犯罪を防ごうとする取り組みが活発です。こうした取り組みを、日本も参考にすべきではないでしょうか? そのためにはまず、景色を見て、その場所の危険性を見抜く習慣を、身につけることが大切です。「入りやすいか」「見えにくいか」という視点で、景色を見れば、そこが安全か危険かを景色が教えてくれます。景色は「忠実なメッセンジャー」なのです。
こうして、一人ひとりの「景色を解読する力」が高まれば、日本でも、「犯罪機会論」が普及し、犯罪を起こりにくくする「まちづくり」が自然に進むようになるでしょう。そうなる日が来ることを心から願っています。

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