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「人手不足と日本経済」(視点・論点)

慶應義塾大学 教授 樋口美雄

今、日本では「人手不足」という言葉をよく聞くようになりました。
厚生労働省が発表した5月の有効求人倍率は1.49倍と、バブル期のピークだった1990年7月を上回り、1974年2月に付けた1.53倍以来の高水準を記録しています。
 企業では景気の長期的な改善を反映して、求人を増やそうとするところが増加しています。売り上げの増加を狙って生産量を増やそうと思っても、人が採れず、労働者不足に悩んでいる企業が増えています。
今日はこの人手不足の背景と今後の対策について考えてみたいと思います。

まず、ハローワークにおける求人の動きを見てみましょう。

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リーマンショックの直後は求人が大きく減りましたが、その後、増加に転じ、2013年には求人数が求職者を上回るようになり、有効求人倍率が1倍を越え、人手不足の状況になりました。その後も求人は増加を続ける一方、求職者の多くは就職するようになった結果、減少し、求人倍率は5月時点で1.49倍に上昇しています。すなわち1人の求職者に対し、1.49人の求人があるといった人手不足の状況になっています。
 とくに医療や介護、運輸、外食、そして多くのサービス業において求人は大きく増加していますが、従来、求人の減少していた建設業においても求人が増加するようになりました。人手不足が始まった最初のころはパートやアルバイト、派遣などの求人が増えていましたが、その後、正規労働者の求人も増え、現在では0.99倍、ほぼ求人が求職者数と見合うまでに上昇しました。数年前に就職氷河期といわれた時代があったということなど、忘れてしまいそうな状況です。これまで人件費を削減しようとして人数を減らし、ぎりぎりの人で仕事をこなしてきたところで、受注が増えた結果、新たに人を採ろうという企業がいっせいに増えたことによって、求人が増えています。
しかしこれにより実際に採用することのできた人数はどうかを見ると、求職者のほうが減少したために、実際の採用人数は減っており、未充足求人が増えています。求職者数が最近減少している背景には、すでに求職者の多くが就職し、職探しを続ける人が減ったことが直接的な理由ですが、長期的に見ても働くことのできる人が減少していることも影響しています。
それは日本では生産年齢人口が大きく減少したことが響いています。

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こちらのグラフでは、実線が日本の生産年齢人口、すなわち15歳から64歳の人口の推移を示しています。こちらのグラフにありますように、日本では少子高齢化の影響で、生産年齢人口は近年、大きく減少しました。この現役世代の人口は、1995年から97年がピークで、その後減少を始め、これまでに1,000万人以上減りました。とくに戦後間もなく生まれた団塊の世代が65歳を越えるようになったころから、減少のスピードがアップするようになりました。
それにも関わらず、就業者の数を確保することができたのは、それぞれの年齢において働く人の割合が高まったためです。

とくに女性の就業率の上昇は著しいものがあります。

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こちらの図はそれを示していますが、女性の30―34歳では1997年の54%から2016年の70%まで16ポイントも上昇しました。ほかの年齢層においても、この間、7~10ポイントも上昇し、働く女性が増えています。
男性では、就職氷河期に学校を卒業した30代後半から40代前半ではいまだ就業率は下がったままですが、10代や20代前半の若年層においては学生アルバイトが増えるなど就業率がリーマンショック以降上がっており、また60台においても就業率は近年大きく上昇しました。しかしその大部分はパートやアルバイト、嘱託といった非正規労働者の増加として起こっています。
 最近、人手不足の影響でアルバイトやパート、派遣の賃金は少しずつ上がるようになりました。しかし、これまでも勤めていた正社員の賃金は、企業収益が上昇しているにも関わらずほとんど上がっていません。企業の人件費抑制圧力は依然として強く、今後、働きやすい就業環境の整備、働き方改革と合わせて、雇用条件の改善が必要となります。
企業は今後、新規採用を増やすと同時に、転職していく人を減らすのにも気を使わなければなりません。せっかく採用しても、すぐに辞められたのでは意味がないからです。社員の離職率を見ると、企業によって大きな差があります。仕事が厳しく、足元の仕事に追われている企業では、離職率が高く、人を育て、社員が自分の成長を実感でき、将来、価値ある仕事ができると思っている企業では離職率は低くなります。
今後、これまで以上に、育児や介護などにより労働時間の制約が強い人にも能力を発揮してもらわなければなりません。企業はますます柔軟な働き方による選択肢を広げ、個人のキャリア形成を可能にし、生産性の向上を図っていく必要性があります。
その場合、AI=人工知能やモノとネットをむすびつけるIoTなどの活用は有効な手段になると思われます。
これらの活用は確かに一般事務などの仕事を減らすことになるでしょう。その一方で、ビッグデータの活用により、これを使いこなす人へのニーズを高め、企業全体の生産性の向上に役立ちます。AIやIoTを有効に活用することのできる人材をいかに増やしていくかも喫緊の課題になるでしょう。
 また同時にこれまでの経営は、業種によっては労働時間を延長したり、労働者を確保できることを前提に行われてきた面があります。これまでは厳しい価格競争、料金競争、サービス競争のもとに、たとえ利益が上がらなくても、需要を増やし、売上額を伸ばそうとして、仕事量が増えるなど、働く者に厳しい競争のしわ寄せがあったことは否定できません。
その結果、価格や料金は抑えられる一方、賃金も削減され、仕事量は増加しました。それでも人が豊富な時代であれば、労働力は確保できましたし、無理することによって対応することも可能でした。
 しかし人が不足してくると、そうはいきません。日本の労働力人口の減少は構造的に進むと考えざるを得ません。今後は人が減少することを前提に、企業も仕事を選んでいかなければいけないのです。人材が貴重な時代には、それにふさわしい仕事をする状況を作っていく必要があります。一部の宅配業者やファーストフードの店で見られるように、時間帯を絞り、付加価値の高い仕事に限定したり、料金を引き上げ、賃金も引き上げたりして、働き方改革を進めていくことも必要となっています。
 また、人手不足になると、産業界からは外国人労働者の受け入れを要請する声がいつも高まります。しかし、これは受け入れる職場のみならず、生活も含めた社会の受け入れ体制など課題も多く、今後社会全体で検討していく必要がある問題でしょう。
 今の人手不足は、一過性の、そう簡単に解決できる問題ではなく、日本社会全体の変革への序章であると言えるのではないでしょうか。


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