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「藤井四段と将棋の未来」(視点・論点)

棋士 勝又 清和

今、将棋の藤井聡太四段が大きな話題になっています。デビュー戦から無敗を続け、29連勝と、公式戦最多連勝記録を30年ぶりに更新しました。佐々木勇気5段に敗れて連勝記録は止まりましたが、14才2ヶ月で四段になり棋士の最年少記録を塗り替えた中学生の快進撃は、社会現象にもなっています。
今日は藤井四段について、また今将棋界でおきている事をお話したいと思います。

まず、藤井四段の強さについてお話しましょう。
将棋に勝つために必要なのは、先々まで見通す「読み」と形勢を判断し今後の方針を立てる「大局観」、そして素早く最善手をみつけるための「直感」です。藤井四段の「読み」と「直感」は、幼少のころから詰め将棋をたくさん解くことで鍛えられました。小学1年生で20手以上の難問を解き、小学2年生で「詰将棋解答選手権」に出場して半分も正解してプロ棋士を驚かせました。

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そして小学6年のときにただ一人全問正解して優勝し、現在3連覇中です。この選手権で2度の優勝経験があり、今期の棋聖戦の挑戦者である斎藤慎太郎七段も「彼は私の三倍速です」と舌を巻くほどで、解く速さと正確さは棋士で一番です。

 「大局観」は対戦経験を積むことによって磨かれます。藤井四段は小学3年の時に小学生大会低学年の部で全国優勝し、小学4年でプロ棋士の養成期間である奨励会入りするという、羽生善治三冠以上の早熟です。奨励会で真剣勝負を戦い、インターネットを通じて強い相手と対戦することで「大局観」を養いました。
さらに昨年5月からはコンピューター将棋を活用して勉強するようになり、序中盤の判断がより正確になりました。藤井四段はコンピューターを活用することについて「局面や指し手に具体的な数値が出るのは今までの将棋観からすると革命的で、形勢判断を客観的に見られるようになりました。」と語っています。
 とはいえ藤井四段の強さの一番の源はやはり天性の才能です。
 羽生三冠はかつて、「ITとネットの進化 によって 将棋が強くなるための高速道路が一気に敷かれた。しかし高速道路を走りぬけた先では大渋滞が起きている」と、将棋界について話しています。藤井四段は高機能のGPSと詰め将棋で鍛えたF1カー並みのエンジンで、大渋滞をやすやすとすり抜けます。プロ棋士が藤井四段の将棋を語るとき皆「ミスが少ない」と言います。どんなでこぼこな道でも正確に走ることができるのです。
 29連勝目となった将棋では角二枚と桂二枚を前例のない配置に打って鮮やかに寄せきりました。その指し回しは18才6ヶ月というタイトル獲得の最年少記録をもつ屋敷伸之九段をして「異次元の寄せだ。」とうならせました。彼には他の棋士とは違ったルートが見えるのでしょう。

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藤井四段はプレッシャーにも強く、対局姿勢も落ち着いたものです。将棋界には有望な若手がひしめいています。それでも藤井四段は近いうちにタイトルを争う存在になるでしょう。そして、屋敷九段の記録を抜く可能性は高いと思っています。

さて、藤井四段の強さの背景の一つに、コンピューター将棋の利用があるといいましたが、この数年、将棋界ではコンピューター将棋をめぐって大きな変化がおきています。
今年、初めて将棋のタイトルホルダーがコンピューターと戦い話題になりました。第2期電王戦で、佐藤天彦名人が最強のコンピューター将棋 ポナンザと2番勝負を戦ったのです。第1局も第2局も私は立会人として観戦しました。結果はポナンザが2連勝で、内容も完敗でした。囲碁でも今年「アルファ碁」が世界ランキング1位の中国の柯潔(かけつ)九段に3連勝しました。将棋も囲碁もコンピューターは人間が勝てないレベルまで到達したのです。
 将棋界では、これまでも藤井猛九段の四間飛車藤井システムなど、数々の革命的戦法が生まれています。現在はそれに加えて、コンピューターが指した新手や戦法が公式戦で指されるようになりました。コンピューターと人間はいまや「将棋」の理解と解析のために共存する関係になっています。
 コンピューター将棋は進化し、自ら指した棋譜データを元に学習した結果、人間の感覚から離れた定跡を作り上げました。コンピューターが将棋の常識そのものを変えようとしています。
  例えば、玉の安全度を示す「玉の堅さ」を例に取りましょう。将棋は玉を捕まえられたら負けですので、大事な要素です。「堅さ」の指標としては、玉を守る金銀が玉から近いかという「金銀の密着度」と、玉が逃げることができる空きマスをしめす「玉の広さ」があります。また相対的な指標として相手の攻撃陣との関係があります。

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 この図は2014年の森内俊之竜王対糸谷哲郎八段の竜王戦第5局です。
角換わり腰掛け銀という戦型で、互いに矢倉囲いに入城し、さらに糸谷八段は玉を盤のスミに囲う「穴熊囲い」に組み替えました。糸谷八段はこの将棋を勝ち、4勝1敗で竜王を奪取します。この戦型においてはこのように金銀の密着度を重視するのが主流でした。

 ところが現在はコンピューター将棋の影響で考え方が変わってきています。

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この図は大橋貴洸四段対藤井四段の新人王戦ですが、後手陣を見てください。玉は入城せず4二のまま、金は6二に離して配置しています。飛車は1段目にして横の利きで駒を打たれるのを防いでいます。6二金・8一飛の形そのものは木村義雄14世名人が考案し、68年前の名人戦で指されていますが、それに4二玉型をプラスしたのがコンピューター将棋のアイディアで、玉が広く相手の飛車から遠いと高評価を与えています。「王手が怖いからがっちり守ろう」から「いざというときに逃げられるように」になったのです。ちなみに藤井四段はこの陣形を9局も採用しています。

 先にのべた電王戦の第2局では、序盤は佐藤名人がまずまずの分かれでしたが、佐藤名人が矢倉から穴熊へ組み替えたところでコンピューターの評価が逆転しました。玉を堅めたはずなのに評価値が下がったのです。そこから実際の形勢もポナンザが押し返し、最後は大差になりました。
 苦しみながら戦う佐藤名人の表情を見て思ったことがあります。
 人間が作り上げた定跡は、不安や恐れというような心理的なものが左右しているのではないかと。
 今年の名人戦は佐藤名人対稲葉陽八段という21年ぶりに20代同士の対決になりましたが、過去の名人戦ではない形が多く出ました。

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第2局では出だしこそ「矢倉」という名人戦で最も多く指された伝統的な戦型でしたが佐藤名人が動いて図の形なりました。
後手の陣形を見てください。角を中央に配置し、桂も跳ねて、とても矢倉とは思えません。この将棋、佐藤名人は玉を一度も動かすことなく勝利しました。佐藤名人はコンピューターとの戦いでさらに成長し、4勝2敗で名人を防衛しました。
2012年に 故米長邦雄永世棋聖がコンピューターに負けた後、羽生三冠は、「これからは、コンピューターの計算処理能力から導かれる1手を、人間の知性で理解し、同じような結論を導き出せるかを、問われるような気がしてなりません。」と述べました。
そして今、その通りになっています。
 コンピューターによって新たな可能性が広がり、将棋はますます面白くなりました。
佐藤名人や藤井四段といった若手棋士を中心としたプロ棋士と、コンピューターによって将棋はどう変わるのか、そして将棋界の未来がどうなるのか、私はとても楽しみにしています。

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