NHK 解説委員室

解説アーカイブス これまでの解説記事

「高齢者の『死後不安』」(視点・論点)

淑徳大学 教授 結城 康博

いま高齢者には、老後の不安だけでなく、死後の不安までもが、のしかかってきています。
2016年版の「高齢社会白書」には、孤独死を身近な問題だと感じる人の割合が60歳以上の人たちのおよそ2割、これを単身世帯でみると4割を超えているという調査結果が公表されています。実際、東京23区内においては孤独死で亡くなった件数は、年間3000人を超えており、全国では年間3万人以上の方が孤独死で亡くなっていると推計されます。
遺体が2、3日以内で発見されるならまだしも、2週間以上も経ってしまうと、遺体の尊厳どころではない、悲惨な最期といった事例も珍しくありません。そのため、いっそう「死後不安」を助長しているといっても過言ではないでしょう。

2015年、年間約130万人の方が亡くなっています。
 
s170630_1.png

この表をご覧ください、これは30年スパンでの年間の全死亡者における75歳以上の割合の推移ですが、2015年全死亡者のうち75歳以上の割合が7割以上となっており、長寿社会の変遷が理解できます。
また、65歳以上の一人暮らしの高齢者が、病気などの時に看護や世話を頼みたいと考える相手について、「あてはまる人はいない」とする人は、子どものいない男性で35パーセントと最も多くなっております。つまり、介護や医療といった先の「死後」についても頼る人がいないことが推察されます。

s170630_2.png

一方、人が最期を迎える場所、つまり亡くなる場所ですが、この表からもわかるように、病院が7割以上を占めるものの、自宅や老人ホーム等といった割合が一定程度占めています。以前は、8割以上の方が病院で亡くなっていましたが、医療政策の転換によって自宅や老人ホームで最期を迎えることを促す施策が実施されています。
今後、ますます単身高齢者世帯が増加していく中で、介護や病気について不安を抱えた時に誰も頼る人がいないとなると、その先の死を考えた場合、誰が葬儀を行ったり、墓に入れたりしてくれるのかといった「死後不安」を抱える高齢者が増えるのも当然です。
国立社会保障・人口問題研究所が公表しているデータに、50歳までに一度も結婚していない生涯未婚率と定義づけたものがあります。2015年はこの数字が、男性で約23パーセント、女性で約14パーセントと過去最高を記録しました。1990年、バブル全盛期の25年前と比べ、男性が約5ポイント、女性が約4ポイント増となっていて、今後もその割合は高くなると予想されています。
結婚しない男女が増えている背景には、男女共同参画の拡充によって家庭よりも仕事や趣味を優先する人が増えていることが考えられます。高度経済成長期以降、日本社会に個人主義的な価値観が浸透してきたことも無関係ではないでしょう。
もっとも、家族関係の希薄化は、男女の離婚率の上昇からも理解できます。1960年代から比べると、かなりの離婚率の増加が見られます。
昨今、終身雇用制度の見直しの動きが高まり、非正規雇用者の増大により、「社縁」といった人間関係も希薄化され、現役世代はもちろん、退職後においても、人間関係の構築の場が減少しはじめています。
一方、地域の催しや社員旅行といった行事に参加する人も少なくなっています。特に、自治会などが「葬儀」を取り仕切るといった事例も少なくなり、一部を除いて地域社会で葬儀を対応することは、まれといった事態が生じています。葬儀は「地域社会の関係は煩わしい」「他人に気をつかいたくない」といったように、ごくごく親しい人だけで行うことが多くなりました。事例によっては、誰も弔う者がなく直葬といって、亡くなった方をすぐに火葬場に運び納骨するケースも増えています。
このように地域社会の結びつきや会社での人間関係が薄れ、気が付いたら、自分が亡くなったら誰も死後の世話をしてくれないのではないかと不安に思う人も少なくないでしょう。
いま、親族に代わって身元保証人等を請け負い、死後の葬儀やお墓の対応まで第三者が行う事業所は、全国に100か所以上も存在し、金銭を媒介にした契約によって死後の対応を頼む高齢者が増えています。いわば、死後の対応が「市場経済」を媒介にしたビジネスにまで発展していることになります。昨年、こうした事業所が不正経理の結果、破産しました。被害を受ける高齢者も相次いでいます。
先の表でもお示ししたように、老人ホームなどで亡くなる人も全体の1割近くに上っています。このような福祉施設では、入居者の死後のお世話までする必要はないのですが、最期まで看取る施設が増えている現状から、身寄りのない入居者においては、葬儀や納骨まで行っている事例が珍しくなくなっています。
もっとも、身元保証人がいなければ入院・入所に消極的になる医療機関等があり、厚生労働省も安易に身元保証人がいないといった理由で断るべきではないと指導する通知を出している現状でもあります。これらは安易に入院もしくは入所を許せば、場合によっては葬儀や納骨まで本来業務以外の責任まで生じかねないとの不安が考えられます。
そもそも、人の「死」については、プライベートゾーンとして親族以外は関わらない慣例が、長い間、日本社会では浸透してきました。特に、葬儀や納骨といった対応は親族が担うもので、第三者が介入する余地はないとされてきました。
しかし、これまで論じてきたように、親族を中心とした人間関係の希薄化によって、人の死後の対応は、ビジネスや福祉施設などといったように社会が担う傾向が見られるようになっています。その意味では、いわば、「個人の死」の社会化が求められる時期が来たのではないでしょうか?
仮に、これまでどおり、「死」をプライベートゾーンとしたたま、社会化されなければ、善意ある福祉施設が担うか、市場経済による身元保証人事業所に委ねる部分が多くなり、死後の不安を抱える高齢者は増えていくばかりかと考えられます。
ますます親族関係が希薄化し誰にも頼る人がいない高齢者が増える現状を鑑みれば、「個人の死」の社会化を普遍化させ、その対応においてはケースによっては、行政サービスとして普遍化していく必要があると考えます。例えば、身寄りのない高齢者を入所させている介護施設では、葬儀や納骨までの費用を社会保障制度の中に組み入れて、本来の業務として位置付けることも想定されるでしょう。
また、身元保証人がいない高齢者においては、必ずしも「市場経済」に委ねるのではなく、現在も数は少ないのですが、自治体が一部補助して親族に代わる生活支援システムを普遍化して公的システムに組み入れることも考えられます。いわば「死」の社会化とは、親族の代替機能を行政サービスが担うことであり、多くの高齢者が抱える「死後」不安について、公的機関が何らかの対応を求められる時代になっているということではないでしょうか?個々人の「死」をどのように受け入れ、その尊厳を守ることができるのか、先進国の中でも、最も高齢化が進む日本で、いま、社会の質・あり方が問われています。

キーワード

関連記事