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「クマの被害を減らすために」(視点・論点)

NPO法人 日本ツキノワグマ研究所 理事長 米田 一彦

5月、秋田県でクマに襲われたとみられる61歳の女性が死亡するなど、今年もクマの被害が相次いでいます。去年起きた死亡事故の教訓が生かされず、誠に残念です。
きょうは、クマによる被害を減らすには、どうすればよいのか考えます。

昨年の5月から6月にかけて秋田県鹿角市で、タケノコ採りの高齢男女がクマに襲われて4人が死亡、4人が重軽傷を負う戦後最悪の獣害事故が起こりました。他に戦って無傷だった人が4人いました。犠牲者には謹んで哀悼の意を表します。
クマが遺体に執着する習性があることから、当局が最初の犠牲者が食べられていることを確認した時点で、連続事故を防止する対策を取っていれば、4番目の犠牲者を出さずに済んだと私は思います。
この事故は、あまりにも特異で、なぜ発生したのか、この地、特有の原因を考えなくてはなりません。この地のクマたちは初夏にはタケノコを食べ、続いてソバの花と実、夏には大豆の若葉、秋にはクリを食べていました。

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クマには同じ物を大量に食べ続ける習性があります。越冬も周辺で行うようになり、クマが年中、定着し続けるため、入山するタケノコ採りの人たちの存在に慣れて、一部のクマが人を恐れなくなっていたと思われます。
若い研究者たちはDNA分析を行い、この事故に関係したクマを、科学的に特定する作業を進めましたが、時期を逸していました。
クマは夏の間は移動が少ないので、関係したクマは、まだ周辺にいると私は思い、直接観察などから数頭のクマを割り出しましたが、これも推定に過ぎません。 
そこで私は、この惨劇を後世に伝えるため、関係者の証言を集めました。実は、数年前から私はクマの攻撃生態を知ろうと、明治後半から現在までに自然遭遇での事故にあった約2000件、約2200人を探し出していました。負傷者の中には死亡者が52人、含まれ、一方でクマと戦って無傷だった人も、昭和期を中心に、約60人いました。発生件数に対して負傷者数が多いのは、戦後期に外地からの帰還者、入植者、ベビーブームで農村部の人口が多く、一頭のクマによって多数の負傷者がでる事故が多かったからです。事故はどのようにして起き、進行するのか、助かる方法とは、どのようなものかを、探っていました。
すると、クマとの遭遇例の中には、男性を30分間付け回し、舌を男性の顔に伸ばしてきた例。登山中の親子を母子4頭のクマが2時間取り巻き、無事に終わった例。3人連続して後ろから抱きついて、ほとんど無傷だった例などから、これまで考えられていたクマの攻撃生態とは異なる原因があるかもしれないということが分かってきました。
それを示唆する事故がおととし、秋田県で起きていました。昨年、発生した連続死亡事故で、第一及び第二犠牲者が発見された、ほぼ同じ場所です。
クマと遭遇して無傷だった60代女性の証言内容は、こうです。
私は糖尿病が進んで、普段、2本の杖をついて歩いていました。5月23日、牧草地でオシッコを済ませてタケノコを採っていたら、目の前に体長1メートルほどのクマがいたので、逃げるとクマが追って来て、牧草地に座り、土をかきまわしました。車の警笛を鳴らすと去りました。25日、牧草地でオシッコをしてから山に入り、中でもオシッコをした後に、体長150センチほどのクマが出てきたので、枯れ木で叩いたら折れ、クマは鼻を鳴らしながら近寄ってきました。折れた棒で、クマの頭を叩いたら、怒って木に3メートルほど登ったが、私の前に下りて来て、また木に3メートルほど登った。クマは下りて、また低い木に登ったので、クマの右手を10回ぐらい叩いた。下りて来たクマは私の顔の10センチ近くまで来て、鼻を動かしながら私に覆いかぶさり、私の背中に右手を回してなでたので、また頭を叩きました。するとクマはスギの木の根っ子が曲がった所へ、腹ばいになって後ろ足を、だらりと下げて、左手で木につかまり、右手を土に突っ込んでいました。しばらくして頭を上げて振ると、去って行ったと、女性の話は、このようなものでした。
最後の様子はクマが恍惚とした状態だったと思われます。女性は「前にも、オシッコをした後にクマに会った。この病気は体から、いいにおいを出すんだ」と言い、糖尿病の患者さんには、クマを誘引する物質があることを示唆しています。この事故を扱った当局は、この場所に「人に抱きつくクマがいる」ことに留意すべきでした。この女性の話を聞いた後、私は、昨年の連続死亡事故での被害者遺族、襲われて生還した人たちから、病歴について再聴取を始めています。

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クマによる人身被害は20年ほど前から増え続けています。私はクマ問題を地球温暖化、攻撃生態、動物心理、被害者の病歴にまで広げ、クマ研究の原点に立ちかえって、見直す必要があると思っています。長い間、私が森の中で観察して来たクマの生態は、何も変わりは無いのですが、クマには適応力、学習能力があるため、人間社会の変化に過剰に適応する個体が前世紀末から多くなったと感じています。
我々が過去、色々な対策法を述べてきたにも関わらず、被害数が増えているのは、我々の提案に具体性が無いからではと、思うになりました。しかし現在、最強のクマ撃退道具である、北米産のスプレーでも撃退効果は90パーセントほどで、完全な対処法が無いのも現実です。
入山規制を強めると事故は減るでしょうが、タケノコ買い取り業者は「今年は昨年の3分の1に入荷が減って困った」と言っています。山菜の商品化は、山間地域住民の生活向上に役立ち、何より「腕の良い高齢の山菜採り」に、活躍の場を与えることになると思います。
そんな、お年寄りたちに私は分かりやすい言葉をかけています。

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① 高音域が鋭い、つりがね型の鈴を持ってください。
② クマに背を向けて逃げてはだめです。 
③ ザックを振り回すなどして、自分を大きく見せましょう。
④ 立ったまま、クマが横に、なぎ払う爪を受けないでください。
⑤ 地面に伏せて両手で首を守りましょう。

高齢者の多くはクマとは闘えません。襲われたら現代の通信手段、高速搬送と高度医療に頼ることです。
出産が多かった4年前に生まれた子グマは、現在体長110センチほどになっています。これまた多かった去年生まれた子グマは50センチほどになるなど、この秋は一時的に、活動的な若グマが全国的に多くなり、十分な注意が必要です。
一方でクマを恐れるあまり、子どもが自然に触れる機会を奪うのは賢明ではありません。風に触れ、水に濡れて子供は強くなるでしょう。人間の膨大な入山数に比べたら、事故が起こる確率は非常に小さいのです。
仙台、京都、広島市など、百万都市にもクマが生息している自然豊かな日本を、私は誇りに思います。皆さん、安全を確保して山に入りましょう。若いクマ研究者たちは日々、調査、研究に励んでいます。必ず良い方法を皆さんに提案するでしょう。

 

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