NHK 解説委員室

解説アーカイブス これまでの解説記事

「イギリス総選挙とヨーロッパ」(視点・論点)

北海道大学大学院 教授 遠藤 乾 

EU離脱を決めた昨年の劇的な国民投票からほぼ1年の、2017年6月8日、イギリスで総選挙が行われました。

s170627_1.png

保守党のテレーザ・メイ首相は、3年の任期を残し、任期固定の原則を与野党合意によって崩してまで解散に打って出ました。

s170627_2.png

しかし、もくろんでいた地すべり的大勝を勝ち取れなかったばかりか、もっていた単独過半数まで失い、全650議席中330から318に議席を減らしたことで、少数与党に転落しました。6月25日現在、10議席をもつ北アイルランドの小政党DUP(民主統一党)と連立・連携により過半の328議席を確保し、政権を維持しようとしています。

本日は、この選挙を振り返り、その特色を把握した上で、イギリスの内政、EUとの関係、イギリス外交の今後を占いたいと思います。

まず結果を概観すると、投票率は近年の選挙では高い68.8%を記録しました。メイ保守党は、過半数割れしたものの第1党を維持し、絶対得票数では1992年のメイジャー保守党以来最大の票、1997年のブレア労働党の地すべり的勝利の際の得票より多い票を獲得しています。

s170627_3.png

一方、コービン党首を抱える労働党は、当初世論調査で20ポイント以上の差をつけられていた劣勢から保守党を猛追し、262議席を獲得しました。他の政党は振るわず、第3党の地域主義政党SNP(スコットランド民族党)は21減の35議席で、自由民主党は12議席、北アイルランドにおけるユニオニスト、つまり連合王国統一国家維持を志向する民主統一党DUPが10議席、アイルランド・ナショナリストのシン・フェイン党が7議席と続き、イギリス独立党UKIPの票は劇的に落ち込みました。

s170627_5.png

投票後の分析によると、有権者が気にした最大の争点は、イギリスのEU離脱でした。出口調査によると28%でトップを占め、国民医療サービス(NHS)が17%で2位、そのあと経済・雇用8%、指導力8%、移民6%と続いています。

EUについて、EU市場へのアクセスをあきらめてでも主権回復を目指す、強行離脱=ハードブリグジットを求める者は保守党に、そうでない者は労働党に入れる傾向がみられました。それと関連しますが、保守党は強硬離脱派のUKIP票を取ることで、熟練・非熟練労働者層に浸透し、逆に労働党はそれを取りこぼしました。労働党に票を投じる者はNHSや雇用を重視する傾向がみられました。
年齢別では、34歳以下の若者、特に18-24歳の投票率は昨年の国民投票に比べて高く、その層が労働党に入れ、他方65歳以上のシニア層は保守党に票を投じる傾向にありました。スコットランドでは、独立に反対するユニオニストが保守党の得票を押し上げました。

この選挙の特色は以下のようにまとめられます。
まず第一に、保守党政権の不安定化です。皮肉なことに、数多くの票を得たメイ首相は、近年では最弱の首相となりました。これは、過半数割れし、自党の議員だけで法案・予算を通せなくなったというのが最大の理由ですが、メイ首相が、強い指導者として大差で勝って安定政権を築くとしていたにもかかわらず、その賭けに失敗したという政治的文脈によります。
保守党内には、EUからの明確な離脱を求める強硬離脱派の議員が100人ほどいるといわれ、他方で経済を重視し、譲歩してでもEU市場へのアクセスを確保するソフトな離脱を求める議員も数十人いるとされます。いずれの方向に動いても、議会における不信任のリスクがあるわけで、身動きが取れなくなる可能性があります。主要閣僚を動かせば党内バランスを崩し、首相降ろしを誘発させかねず、人事権も縛られます。メイ首相の支持率は低く、総選挙後、近しい信頼できる助言者も去り、首相のリーダーシップ基盤は極めて脆弱です。
特色の第二は、労働党の部分的復権が挙げられます。2015年総選挙では、SNPやUKIPの得票の伸びとともに、多党化傾向が指摘されたが、今回は、労働党・保守党あわせて82.3%の高い得票率を記録し、二大政党制が復活したかのようです。かつてのブレア・ブラウン労働党がイラク戦争やリーマン・ショックなどを連想させる状況から脱し、コービン労働党は、保守党の緊縮経済や強硬離脱に対する反発をバネに、特に若者の支持を引き出しました。ただし、復権は今の所そこまでで、三たび続けて政権を取れなかったのも事実です。保守党が右に寄ることでUKIPの票を取った一方、労働党もコービン党首の下で左傾化し、二大政党は両極化しています。
さらに、SNPはスコットランド独立を唱え、ブレグジットする連合王国と異なりEUに残留すべく、新たな住民投票を実施すると掲げて選挙に臨みましたが、議席を大幅に減らしました。これは、短期的には、スコットランドの独立の気運を削ぐことになる可能性が高いですが、強硬離脱の行方とも絡み、まだ先は見通せません。

今後の展望ですが、まず内政面では、労働党の躍進は、保守党による7年間の緊縮財政への反発が相当広範囲に広がっていることをあらわしています。とりわけ、医療や教育などの公的サービスの削減に対しては、拡充を求める声が大きくなっています。すでに選挙前からメイ内閣は財政再建のペースを落とし始めていましたが、今後保守党がこの反緊縮の声にどこまで、どう応えるのかが注目されます。
次に、すでに述べたスコットランドの独立運動の行方に加えて、アイルランド和平の行方にも注意が必要です。保守党が連立・連携相手にユニオニストのDUPを選んだことで、北アイルランドにおけるかつての分断線、つまりユニオニストとナショナリスト、親イギリスと親アイルランドとの間のバランスが崩れる可能性があるからです。イギリスの国家統一は、スコットランドとアイルランドの双方で弱含みとなるでしょう。
EUとの関係について言えば、今回の選挙により、イギリスのブレグジット戦略は不透明化しました。メイ首相は就任以来強硬離脱にひた走りましたが、党内、議会内で相反する勢力に囲まれ今後立ち往生する可能性が高まりました。これは、国民投票におけるEU離脱方針を転覆するものではありませんが、他方でハードかソフトか、EU内の人の移動の自由と単一市場へのアクセスとの間の関係をどのように設定するのか、不明になったことを意味します。今後、イギリスにおける政権党内、議会内の配置によっては、その離脱交渉スタンスが定まらないまま、交渉期限を迎え、カオス離脱、すなわちイギリスとヨーロッパの貿易関係が整理されないまま離脱するというシナリオも現実味を帯びてきます。
最後に、外交全般についてです。イギリスは、伝統的に、英米の特殊関係、欧州、コモンウェルス、いわゆるイギリス連邦の3つのサークルで外交空間をイメージしてきました。そのうち英米関係は、トランプ大統領の登場とともに、暗礁に乗り上げました。
欧州との関係は、EU離脱でいったんご破算。コモンウェルスの諸国はそれぞれバラバラで、象徴的な繋がりしか持ちません。

今後イギリスが世界の中で国益をどう定義し、どのように生きていくのか。これが見定まるまでには、10年以上の年月を必要とするかもしれません。

キーワード

関連記事