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「外来生物とわたしたちの生活」(視点・論点)

国立環境研究所 生態リスク評価・対策研究室 室長 五箇 公一

生物多様性という言葉がもてはやされて久しくなりますが、その意味や重要性に対する理解が十分に多くの人に得られているとは言えません。同時にどれほど生物多様性が危機にさらされているのかも生活上では実感しづらいところがあります。しかし、生物多様性の衰退は、水・土壌・大気環境の悪化や感染症・有害生物のまん延というかたちで確実に我々の生活にも影響を及ぼし始めています。本日は、生物多様性を脅かす要因として、特に外来生物の問題について解説したいと思います。

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まず、生物多様性とは、遺伝子の多様性から種の多様性、生態系の多様性、そして景観の多様性に至るさまざまな階層での多様性を包括する概念をいいます。地球上に存在する種は、種名がつけられているものだけでも170万種以上、未発見の種を含めると3000万種とも1億種ともいわれています。これだけの膨大な数の種によって多様な遺伝子プールが維持されると同時に、多様な生態系が全地球上に展開され、それぞれの生態系の機能があわさることで地球上に生物が生きていける安定した環境としての生物圏が形成されています。

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わたしたち人間も生物である以上、この生物圏に生きており、美しい空気や水、食べ物や林産資源などさまざまな生態系サービスの恩恵を受けて生活しています。すなわち、生物多様性とは我々人間が生きていく上での重要な生活基盤であるといえるのです。
生物多様性の重要な要素は地域固有性にあります。地域ごとの独自の環境に適応して進化してきた遺伝子、種、生態系、そしてそれらが織りなす景観の独自性こそが地球全体の多様性の単位となり、生物圏を支えています。その貴重な地域固有性や独自性が近年急速に危機にさらされています。
その原因とされるのが外来生物です。

外来生物とは、英語でAlien speciesといい、人の手によって本来の生息地から、異なる生息地に移送された生物をさします.
もともと生物は、移動と分散を繰り返し、新天地で進化することで、遺伝子と種の多様性を生み出して来ました。ただし、山や川や海洋といった自然の障壁により分布域は仕切られていました。また一世代で移動できる距離にも限界があり、長距離移動は簡単なことではありませんでした。
この空間的・時間的な制約により、地域ごとに独自の生物相や遺伝子組成が形成され、その結果として現在の生物多様性が作り出されてきました。ところが人間が出現したことで、さまざまな生物種の持ち運びが始まりました。文明が進むとともに、人間は、船舶や飛行機、鉄道、自動車といった移送手段を発達させたことにより、自身の移動能力を飛躍的に高めました。そしてさまざまな生物種が人間の手によって、大陸から大陸へ、島から島へと大移動を始めたのです。
そして外来生物の中には、「先住民」である在来生物を追いやって、その生息地を奪い、さらには人間社会にも危害を加えるものが出てきました。
「侵略的外来生物Invasive Alien Species」の誕生です。

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例えば日本でも、明治から昭和初期に食用目的で輸入されたオオクチバスやウシガエル、アメリカザリガニが、日本国内の水域に分布を拡大し、在来の水生昆虫類や魚類の生息域を脅かしているとされます。

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同じく、北米から飼育目的で輸入されたアライグマもまた、飼いきれなくなって逃がされた個体が日本全国で野生化して、数を増やしてしまい、農作物に対する被害や、人家へ侵入するなどの人間生活に対する被害が深刻化しています。

特に明治の開国以降、こうした外来生物の輸入が一気に活発となり、生態系や人間社会に被害をもたらす侵略的外来生物は増え続けています。

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環境省は2005年に、外来生物から日本の生態系を守ることを目的として「外来生物法」という法律を施行しました。この法律では、日本の生態系や農林業、人間の健康に害を及ぼすリスクが高い外来生物を「特定外来生物」に指定して、輸入すること、飼育すること、生きたまま移動させること、そして野外に逃がすことなどを禁止しています。

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また環境省はこうしたパンフレットを作って一般の方にも周知しています。
現在、特定外来生物には132種類(2017年6月時点)指定されており、既に国内で野生化しているものについても、国及び自治体が駆除に乗り出しています。
しかし、外国産の生物の輸入数は、減るどころか、年を追うごとに増え続けています。この輸入数の増加の背景にはグローバリゼーションが推し進める貿易の自由化があります。

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また、経済のグローバル化はこうした意図的に輸入される外来生物だけでなく、輸入される物資に付着してくる非意図的外来生物の侵入確率も高めています。南米原産のアルゼンチンアリや、オーストラリア原産のセアカゴケグモは国際貨物とともに日本に持ち込まれたと考えられ、現在日本各地に分布域を広げ始めています。
生物の国際移送に伴って危惧されるリスクに感染症の問題もあります。
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例えば、さきほど紹介したアライグマは、狂犬病やアライグマ回虫など人間にも危険な人獣共通感染症を媒介します。これまでのところ国内で捕獲されるアライグマからこれらの病原体は発見されていませんが、特に狂犬病は今でも世界中で感染が続いており、日本にいつ病原体が侵入してもおかしくないと考えなくてはなりません。
このように外来生物の問題は、自然生態のみならず、私たち人間の健全な生活にまで影響を及ぼす問題であり、早急に管理が求められます。

一方で島国である日本は、その歴史を遡れば、縄文の時代から人の流入が
繰り返されており、その過程でさまざまな生物が大陸から持ち込まれてきたと考えられます。
例えば、私たちにとって馴染みの深いスズメやエノコログサなど、里山の動植物達は、稲作文化とともに大陸から渡って来たと推測されています。近年、都会でもその数が増えて問題とされるハクビシンは、江戸時代に大陸から持ち込まれた可能性が指摘されています。
こうなると、結局、どの時代まで遡れば日本本来の生物相の時代と定義できるのか、またどの時代からの外来種を排除すべきなのか、科学的・生態学的に説明することは難しくなってきます。どんな外来種も時間がたてば、「在来種」としての「国籍」を得ることができるとすれば、現在問題となっている外来種たちもいずれは日本の生態系に組み込まれて、在来種と化してしまうのでしょうか?だとすれば、なぜ、今、法律まで作って外来種を防除する必要があるのでしょうか?

かつての外来種と現代の外来種の大きな違いは、その移送の速度と量にあるといえます。古い時代は人間が生物を運ぶ速度や距離には限界がありました。
しかし、1600年代の産業革命以降の高速移送・長距離移送の時代に突入してから、外来種の移送量と分布拡大速度は急速に上昇し、加えて、経済発展に伴う自然環境の破壊が撹乱環境を拡大させ、在来種の衰退と外来種の定着という生態系のシフトをさらに加速させました。
このかつてない速度での外来種の分布拡大の果てにどのような生態系が待ち構えているのかは、容易には予測できません。なぜなら、我々は未だこの地球上に生息する生物種数すら把握できておらず、生態系や生物多様性のメカニズムや機能について我々が得ている知識はまだほんのわずかだからです。
結局、何が起こるかわからないという予測不能性こそが大きなリスクと捉えて、我々の生物多様性に対する理解が少しでも進むまでは、現状維持を図ることが最善策と考えられます。であるならば、外来種をこれ以上増やさないことが先決であると結論されます。そのためにも、より多くの人が生物多様性や外来生物の問題に関心を寄せて、外来生物問題を様々な角度から分析して、科学的かつ中立なデータに基づいて、国民や政府がそれぞれの外来生物の影響を適正に評価し、外来生物対策について合意を形成することが重要です。そして、根拠となるデータを常に更新し、提供していくことが我々研究者の責務となります。

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