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「パリ協定 アメリカ離脱の波紋」(視点・論点)

国立環境研究所社会環境システム研究センター 副センター長 亀山 康子

現地時間6月1日、アメリカのトランプ大統領は、地球温暖化対策の推進を目指した国際枠組みであるパリ協定からの離脱を表明しました。パリ協定とはどのような国際約束なのかを振り返り、パリ協定を巡るアメリカ国内外の動向を踏まえて今回の離脱の意味を考えてみましょう。

パリ協定は、すべての国が参加して地球温暖化問題に取り組むため、今から1年半前にパリで合意されました。

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パリ協定では、気候変動による悪影響を最小限にとどめるために、長期目標として、気温の上昇幅を2℃未満、できれば1.5℃以内に収められるよう、今世紀末までに人為的な温室効果ガス排出量を実質ゼロにまで減らすことを求めています。また、途上国を含むすべての国が参加できるよう、国の義務としては、排出量目標の設定と定期的な見直しが求められているだけで、国の自主性に委ねられた内容となっています。途上国の対策を支援するために基金を設立し、先進国だけでなく、その他の国に対しても自発的な資金供与を促しています。協定が合意された時からアメリカの大統領選の影響が懸念されていたため、一旦発効した後は、少なくとも3年間は脱退を通告できず、また通告後1年経たないと脱退が成立しないという手続きも盛り込まれました。
パリ協定は、その親条約である気候変動枠組条約の中に位置づけられます。

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20年前に採択された京都議定書では、先進国が世界の主要排出国だったために、先進国だけに温室効果ガスの排出削減義務を課していました。しかし、その後、多くの新興国が経済成長とともに排出量を増やしたため、2020年以降にすべての国が参加する新たな枠組みとしてパリ協定が採択されました。
アメリカは、京都議定書に対しても、今回と同じような態度をとった歴史があります。議定書交渉中はクリントン政権が積極的に対応したのですが、2001年にブッシュ政権に移行したとたんに議定書への不参加を表明しました。今回も、協定交渉時には、オバマ大統領が温暖化問題を深刻な地球環境問題ととらえ、協定の成立に尽力したのですが、政権が変わったとたんに離脱表明ということになりました。ただし、さきほどご紹介した規定がありますので、本当に離脱が可能となるのは2020年11月以降となります。

今回の離脱に関して、アメリカ国内では、意見が2つに割れていました。

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一方には、温暖化対策は経済成長を阻害するとして、パリ協定離脱を支持する立場があります。今までアメリカの主要なエネルギー供給源だった石炭産業や、経済成長を支えてきた重工業産業がこの立場をとります。これらの産業にかかわる企業や労働者層はトランプ政権の支持母体でもあります。トランプ大統領は、以前から「地球温暖化はでっちあげ」だとして温暖化問題の存在そのものを否定し、パリ協定からの離脱を大統領選挙戦での公約としてきました。
他方で、温暖化を深刻な問題ととらえ、温暖化対策で国際的リーダーシップを発揮することがアメリカの役目として、パリ協定残留を主張する立場があります。再生可能エネルギーや電気自動車、金融、IT等の産業は、二酸化炭素排出量を減らしながら経済を活性化させる新たなビジネスモデルを構築し、こちらの立場を擁護してきました。
アメリカでは伝統的に前者の立場が強く、京都議定書不参加を表明した2001年の頃には、不参加を批判する声はあったとしてもきわめて少数派でした。しかしこの20年間で地位が逆転しつつあります。
この逆転を示す一例が石油産業です。

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石油産業は数年前まで石炭産業とともに温暖化対策に強く反対してきました。温暖化が進んで北極圏の氷が解ければ新たな石油資源を開発できることにもなります。しかし、パリ協定と前後して、石油産業は新たに天然ガス開発や再生可能エネルギーにも力を入れるようになりました。今年、ある大手石油関連企業では、「地球温暖化が石油会社の経営に及ぼす影響を調査し公開すべき」という意見が株主全体の6割を超える支持を得る事態となりました。その企業の最高経営責任者だったティラーソン氏は、今年初めに国務長官として任命された時までは、温暖化対策に否定的な発言をしていたのですが、その後数か月間で態度を変え、今回のパリ協定離脱に対しては反対の意見を表明していました。

国内でこのような形勢逆転があった結果、トランプ大統領の演説は、切れ味の悪いものとなりました。パリ協定から離脱すると公言することで、自らの支持者に対して公約を守ったことをアピールすることには成功しましたが、地球温暖化は嘘であるといった、問題そのものを否定する発言は聞かれませんでした。また、パリ協定の規則では早くとも2020年まで離脱できないため、今すぐに離脱したければその親条約である気候変動枠組条約から離脱するという選択肢があるわけですが、今回その選択肢は選ばず、パリ協定の再交渉を要求するだけにとどめました。つまり、離脱するという姿勢だけは見せつつ実質的には離脱しない状況とほとんど変わらない可能性が示唆される内容となったわけです。
今回のアメリカでの出来事は、パリ協定、そして国際的な温暖化対策の流れにどのような影響を生じうるのでしょうか。かつて、京都議定書は、アメリカが離脱したことで、効力が大幅に減退する結果を生じました。しかし、今回はむしろ、時代が変わったことを再確認する結果となったようです。

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アメリカ国内では、カリフォルニア州、ワシントン州、ニューヨーク州の3州が連合を結成し、連邦政府の考えとは無関係に州レベルで温暖化対策を取り続ける意思を表明しました。50州のうちの3州と数は少ないように見えますが、アメリカ全体の排出量の1割以上を占めています。ロサンゼルスやシカゴなど177の都市がパリ協定で定めた排出削減目標を支持すると表明しました。多くの民間企業も同様の支持を表明しました。国際的にも各国から遺憾の意が表されました。中国やインドなどもパリ協定を支持し、アメリカに追随する国は現れません。
パリ協定の長期目標である今世紀末実質排出量ゼロを実現するためには、パリ協定で決められている以上に対策を速める必要があります。その一助とするため、2050年の目標、いわゆる長期低炭素ビジョンを早期に検討し、2020年までに報告することとなっています。アメリカやカナダなどいくつかの国はすでに昨年までに報告し終わっていますが、日本はこれから検討に入るところです。今後、人口減少がますます顕著になる日本社会で、温暖化による高温や異常気象に伴う自然災害をどれほどまで許容する覚悟があるのか、また、2050年時点でどのようなエネルギーを利用できるようになっていたいか、といった観点から、多くの人々の意見に耳を傾けた検討が必要です。
今回のアメリカの例を教訓に、賢い選択が求められています。

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