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「イラン 大統領再選とその課題」(視点・論点)

日本エネルギー経済研究所 中東研究センター長 田中 浩一郎

先頃、イランで大統領選挙が実施され、オバマ政権時代のアメリカと対話を進めた、現職のロウハニ大統領が再選されました。最近ではイランにことさら厳しい姿勢を示すトランプ政権がアメリカに登場し、サウジアラビアなどの周辺国からもイランを再び孤立させようとする圧力が強まっています。その点で今回の選挙は、イランと中東地域の安定を考える上で重要なイベントでした。
きょうはこの大統領選挙をふり返りながら、改めて4年間、政権を担当することになったロウハニ大統領の課題について指摘します。

まず、選挙戦の様子をまとめてみます。前回2013年の大統領選挙では候補者の乱立から保守強硬派の票が分散し、その結果、現実路線派のロウハニ師が漁夫の利を得ました。ロウハニ師の対話路線に不満を募らせる保守強硬派が、今回はどのような候補者を擁立するのかが注目を集めました。1600名あまりが立候補届け出を行いましたが、資格審査というふるいにかけられ、結局、6名が候補者として選挙戦に臨みました。
簡単に言えば、ロウハニ大統領をふくむこの6名を、その政治志向から大統領派3名と、ロウハニ大統領に批判的な保守強硬派の3名に分けることができます。

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中でも注目を集めたのが、当初は選挙に出ないと公言していたガリバフ・テヘラン市長と、イラン北東部を地盤とする元検事総長のライシ師の出馬です。この二人は保守強硬派という点でも立場が近く、今回も分裂選挙となる感が強まりました。
その一方で、ハメネイ最高指導者に近いと噂されるライシ師の参戦によって、一時はロウハニ大統領の再選が確実視された無風選挙が、にわかに盛り上がりを見せました。
選挙戦では、生放送によるテレビ討論会も行われ、まず、経済開発路線の違いがはっきりと表れました。
イランの経済的発展のために対外開放と外資導入に期待をかける大統領派と、最高指導者ハメネイ師の指針に従い、国産力の向上による経済構造の強靱化を目指す保守強硬派の立場は真っ向からぶつかります。バラマキ政策で貧困層の歓心を買おうとする、保守強硬派の露骨な動きもありました。このような違いを出発点として、イランと対立してきた西側や周辺諸国との対話のあり方や、核合意後に解除された経済制裁の緩和状況に関する評価などを軸に論戦が繰り広げられました。
ただし、ロウハニ政権にとって最大の実績である核合意については、保守強硬派もこれを守っていくという点で一致しています。このあたりは、核合意の賛否をめぐって共和党と民主党の候補が激突した、昨年のアメリカ大統領選挙とは大きく構図が異なります。

さて、論戦は、やがて候補者同士が汚職疑惑などで互いを攻撃するという、ネガティブ・キャンペーンの様相を示し、その無軌道ぶりにハメネイ最高指導者が苦言を呈するほどでした。
選挙戦が熱を帯びたところで、保守強硬派の有力候補の一人だったガリバフ・テヘラン市長が投票日の4日前に選挙戦からの撤退を表明し、支持者たちにライシ候補に投票するよう呼びかけました。これを以て、選挙は再選をかけるロウハニ師と、これに挑戦するライシ師との、事実上の一騎打ちとなりました。

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この様子は、世論調査に基づく支持率の変化にも端的に表れています。支持が高止まりしていたロウハニ大統領に対して、ライシ候補が急速に追い上げていることが数字に出ています。そして、接戦となる見通しが広がったことは、結果として、投票率を押し上げることになりました。
5600万人あまりいるイランの有権者のうち、70%を超える人が5月19日に投票所に赴きました。これは広範なボイコットを呼びかけていた、イラン国外に拠点を置く反体制派の思惑を粉々にする威力を発揮しました。
保守強硬派のライシ師は、革命防衛隊を中心とする組織票を固めたほか、イランに対する強硬姿勢をとり続けるトランプ・アメリカ大統領に対峙するため、イランも強い姿勢で臨むべきと考える一部の国民から支持を集めました。これに対して、現実路線派のロウハニ師は、孤立からの脱却を期待する都市部での支持基盤を固め、独自候補を立てることができなかった改革派の支持層からも票を集めることに成功しました。ライシ師の下で、イランが強硬姿勢に立ち返ることを嫌った選挙民も多かったことでしょう。

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翌日に行われた開票では、ロウハニ師が無事に再選を決めましたが、そこにはバラマキ政策に目移りしなかった選挙民と、イラン社会の成熟ぶりが感じられます。「アラブの春」以降、地域の中でもっとも安定した国のひとつであるイランが、改めて理性的な姿を見せたことで、イランとの関係改善を進めようとする日本やヨーロッパ諸国などに安堵感が広がっています。
では、万事、期待した通りの結果になったと言えるのでしょうか。選挙は、懸念された波乱もなく、終わりましたが、イランとロウハニ師にとっては、歴史的な核合意を成し遂げた最初の4年間よりも、これからの4年間がいっそう大事だと言えます。

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敗れたとはいえ、38%を超える得票を記録したライシ陣営と、彼を支えた保守強硬派の動員力もけっして侮れません。選挙結果の公正さが問われた2009年を例外とすれば、大統領選挙で保守強硬派の単独候補がこれだけ票を集めた例は過去になく、ロウハニ大統領も警戒を怠るわけにはいきません。元々、ライシ師は、ハメネイ最高指導者の後継者になる可能性がある人物の一人として捉えられていました。今回の敗退によって、次期最高指導者のレースからいったん脱落しましたが、このまま行くと、2021年に予定される次の大統領選挙でライシ師が捲土重来を期して立候補し、当選する可能性がそうとう高まったと考えます。
これは憲法上、大統領の3選が禁止されているため、ロウハニ師に替る、現実路線派の有力な後継者が不在であるということとも関係しています。4年後に予想される強硬派優位の流れを変えるため、ロウハニ大統領は、その政権2期目において、現在の対話・開放路線を定着させるだけの実績を残さなければなりません。そのために力を注がなければならない分野がいくつかあります。
まず、いまだ期待通りのパフォーマンスを発揮することができない、イラン経済の再生を早く軌道に乗せることです。そのためには、制裁解除が実質的に進むことが不可欠であり、その過程でアメリカのトランプ政権との交渉も必要になってきます。現状でのトランプ大統領のイラン敵視政策を見る限り、それは至難の業です。また、経験豊富で、有能なテクノクラートを揃えたロウハニ政権ですが、政権2期目では、次の世代の育成と、若い人へのバトンタッチの実施が待たれます。世代交代の促進という課題は、短期間で経済的な成果を上げなければならない政権の立場とは相容れませんが、現実路線派の人材開発の観点から、これも避けることができない道です。
国内外でこのような課題に直面するロウハニ政権ですが、今回の選挙で保守強硬派による選挙介入に警戒感を強めたロウハニ師が、司法府と革命防衛隊を強くけん制したこともあり、これまで以上に国内でのミゾが深まっています。ロウハニ師は、国防上、不可欠である中距離弾道ミサイル発射実験に際して、不用意な行動を通じて、いたずらに周辺国との間で緊張を高めている革命防衛隊を戒める発言もしています。今回、表面化したハメネイ最高指導者との路線対立とも相まって、対話・開放路線を維持・推進していく上で、難しい政権運営を強いられることは間違いないでしょう。
ロウハニ大統領が目指す、地域の「安定の礎」として活躍しようとするイランの姿勢が国際社会で受け入れられるようになるまで、まだまだ長い道のりが残されています。

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