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「日本マラソン 復活への戦略」(視点・論点)

大阪芸術大学 教授 増田明美

東京オリンピックまで3年。マラソン代表選手の選考方法が日本陸上競技連盟から4月に発表されました。これまでマラソンの代表選手の選考方法をめぐっては幾度となく問題になってきましたから今回の選考方法の変更は大改革といっていいものです。
やりましたね。日本陸連。
そして、その選考基準をみると、ニッポン・マラソンの復活のために、これから何をすべきか、戦略を持った選考方法になっていると思います。

まず、比較のためにも、これまでの選考方法をご紹介しましょう。

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前回のリオデジャネイロオリンピックでは4つの大会で代表選手3人を選ぶ方法が取られていました。世界選手権の成績には客観的基準があったものの国内3レースでは顔合わせ、レース展開、気象など、条件の違った複数のレースを比較するため選ぶ側の主観に頼らざるを得なかったのです。また、代表決定はオリンピックの1年前から半年前になるのでマラソンへの取り組みが遅くなる傾向もありました。
そして今回大きく変わった代表選考は、2020年の3年前である、この夏から始まります。

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国内選考レースで順位とタイムの基準をクリアした選手と、海外レースでタイムの基準をクリアした選手が、2019年秋に開催予定の「マラソン・グランド・チャンピオンレース」という代表決定戦に進みます。場所は未定ですが、私は福島がいいんじゃないかと思います。そこで2名が決まり、残り1名は、その後の国内大会でタイム基準を上回り、最高タイムを出した選手が選ばれます。タイム基準を上回る人がいない場合は代表決定戦の3番目の選手が代表に決まります。
山に例えると、富士山の山頂を目指して、色々な登り方が出来るようになったということです。つまり、代表決定戦に向けては、選手・指導者は自分たちに合った方法を選ぶことが出来るのです。

さて、今回の選考方法の特徴で、ポイントは3つあります。

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まずは客観的な基準のみで代表選手3名が決まることです。何より選手や指導者が納得できますし、応援する人、見守る人達も納得できます。過去には、選考大会で好成績を上げたのに選ばれず、悔しい、やるせない気持ちになった選手もいました。私も納得できずにほえたこともあります。2020年は自国開催のオリンピックですから注目度もより大きくなるでしょう。透明性が確保できるということは とても重要なことだと思います。

そして2つめは実力のある選手を選ぶために、2段階選抜になっていることも新たな取り組みです。最低でも2回はマラソンでいい結果を出さないと日本代表にはなれませんので、安定性が試されるのです。また、代表決定戦は一発勝負なので本番に向けてピークを合わせる調整能力も求められます。これまでのように、ケガをしたり体調不良になったりで別の大会にシフトするという訳にはいかないのです。
さらに、世界と戦うために タイムを重視している点も見逃せません。日本記録は男子が14年間、女子が11年間更新されていないんです。アフリカ勢とのタイム差は広がる一方です。良いタイムを出せば有利になる今回の選考基準で 世界と戦う意識を高め、高い目標にチャレンジすることを促しています。
この選考方法によって 選手や指導者は何を目指せばいいのかハッキリしました。
日本マラソン復活のためにやるべきことが 盛り込まれているからです。
現場が動きやすくなったことが素晴らしいです。

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これまではオリンピックの1年前から半年前の選考大会で結果を残すことだけが代表への道でした。しかし、今回、選手の個性に合った方法で頂を目指せます。
この選考方法の持つ戦略について、私なりの解釈をお話ししたいと思います。

海外レースの経験を積みながら代表決定戦に臨む道が新たに出来ました。世界の強豪が集まるロンドンやベルリン、シカゴなどの国際レースは日本選手にとってオリンピックの代表選考と無関係だったので、選手もこれまでは積極的に参加はしませんでした。しかし今回は海外レースを走るとタイム基準のみで、代表決定戦に進むことができます。海外で経験を積みながら、オリンピックに向かうことが出来るようになったのです。海外レースは大事なんです。海外レースでは給水の度にスピードが上がったり、アフリカ勢の走りを身近で感じたり、貴重な経験が出来るからです。

そして、国内選考レースは、本番3年前のこの夏から始まります。ここに最大の戦略があると思います。これまでの選考方法でしたら、今年は5千m、来年は1万m、そしてマラソンはオリンピックの選考に合わせて1年半前からというようになったでしょう。でも、今回の選考方法によって若い選手達が今年から積極的にマラソンを走るようになるでしょう。
実際、リオデジャネイロオリンピックの5千mや1万mの日本代表選手がマラソン練習に取り組み始めています。若い選手だけではありません。現役続行かどうか考えていた 日本女子マラソン界のエース、最近結婚したばかりの福士加代子さんも東京オリンピックを目指すことを早々に公言しました。
選考が本番3年前の今年夏から始まることによって、選手たちのマラソンに対するモチベーションが一気に上がったのです。それは指導者にとっても同じです。やる気になった選手をじっくり育てることができます。

振り返ると 男子は1992年のバルセロナの森下広一さんの銀メダル、女子は2004年のアテネの野口みずきさんの金メダル以降オリンピックのメダルから遠ざかっています。
世界との差は、男子は5分ほど、女子では2分ほどですが3年間で埋めるのは容易なことではありません。
それでも選手がどんどんマラソンを目指すようになり、今、現場がやる気になっているので世界との差は縮まっていくに違いありません。
 
お隣の国・韓国では1988年のソウルオリンピック開催に向けて男子マラソンの強化を図りました。ソウルでは結果が出せませんでしたが、次の1992年バルセロナでファン・ヨンジュさんが金メダル、1996年のアトランタでは イ・ボンジュさんが銀メダルを獲得したのです。
日本も 東京オリンピックに向けて、今回の選考方法が発表され、一気にムードが変わりました。 

東京オリンピックに向けて、マラソン強化のプロジェクトリーダーとして引っ張っているのは、選手の頃、最強ニッポンを作った 瀬古利彦さん。支えるのは、数々のオリンピック代表選手を育てた坂口やすしさんと、かわのただすさん、そして山下佐知子さんです。
マラソン強化の方も一枚岩です。

2020年に向かう この大改革を機に、マラソン・ニッポン、復活のノロシが上がりました。さあ、いよいよです。
がんばっぺ! ニッポン!!

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