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「いま なぜ『小農』なのか」(視点・論点)

鹿児島大学 名誉教授 萬田 正治

戦後72年になろうとしていますが、日本の農業と農村に吹いた風は誠に強い向かい風でした。農村からの出稼ぎや集団就職列車など暗くて悲しいニュースばかりの昭和30年代、私は高校生でした。いま放映されているNHKの朝ドラ「ひよっこ」の情景そのものでした。なぜ私たちの大切な食料をつくる農家の人たちが、豊かになれないのかに疑問を抱き、大学は農学部に進学することを決めました。農家や農村が豊かになれないのは社会のどこかに問題があるのではないかと考え、一生懸命に勉強しました。しかしながら農家と農村はますます衰退の一途をたどってきました。

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還暦60の歳、私は農村再生の課題を人生最後の宿題として大学を早期退職し鹿児島の里山に移り住みました。
農村に移り住んで14年の歳月が経ちましたが、農村に住んでの私の印象は次の通りです。
・赤ちゃんの泣き声がしない
・家畜の声もしない 庭先に鶏がいない
・魚釣りやトンボを追う少年の姿を見ない、戸外で遊ぶ子どもがいない
・お年寄り・一人暮らしが多い
・お葬式が多い
・廃屋が増えた
・周辺の生き物、鳥・蝶・虫・魚などは減っている
・伝統芸能や文化財の保護も困難となってきている
・都会に出た子どもたちは帰ってこない
・今や集落は限界集落から消滅集落へと向かっている
このままでは中山間地の農村社会が消滅します。平野部に一部の施設型の大規模農業と企業農業経営が残るのみです。しかしそれは世界の富裕層を狙った輸出型農業であり、我が国の食糧自給率は更に低下し、食料輸入大国となります。
私は産業が発展すれば国民皆の暮らしも豊かになると信じ、大学の一研究者として、農業の研究に一心不乱に取りくんできました。しかし農村から若者は流出し、後継者は育たず、農家の暮らしは豊かになりませんでした。
私は40代後半の頃から、水田で稲と合鴨を同時に育てる合鴨農法の研究に没頭しました。合鴨たちは田んぼの中の雑草や害虫を食べ、しかも排せつするふんは稲の肥料となり、無農薬による米づくりが初めて実現したのです。この普及のため、全国合鴨フォーラムも組織しました。フォーラムではいつも笑い声が絶えず、明るく農を楽しむ全国の合鴨農家と学習交流を深めていく中で、実は農業には二つの側面があることに私は気付くようになりました。
それは、産業としての農業、「産業農業」と、暮らしとしての農、「生活農業」があるということです。つまり農業と農は区別して考えた方がよいのではないでしょうか。戦後の農業政策は産業としての農業、すなわち産業農業の発展のみを一面的に捉えて専業農家育成を掲げて推進してきました。

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しかしながら今現在でも農家の多くは兼業農家なのです。農家の多くは家族を養うため、小さな農地を守って他産業で働くかたちで生き延びているのです。戦後の農政への抵抗と知恵の証しが小さな農家と兼業農家の存在です。これを小農といいます。そしてこのような小農が農村社会を形づくり守ってきているのです。

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この小農の視点こそが、国土(資源)を有効に循環的に活用し、自給自足、地域流通により食料自給率の向上を図り、食の安全性と安定性を保障し、農業の低コスト化、すなわち省資源となり、田園の自然環境を守り、小さな農地の多い中間山地農村を守ることになります。そして農村の人口減少をくい止め、都市との調和を実質的に推進していくことになるのではないでしょうか。
また農村は一つの共同体社会です。村を守るためにたくさんの共同作業があります。私の集落を例にとれば次のような共同作業が年間を通して行われています。
・道路の草刈り・清掃
・川の土手の焼き払い
・山林の下草刈り
・公園の草刈り・清掃
・ゴミの回収
・共同墓地の草刈り・清掃
・お葬式
このような共同作業を大規模・企業農業が村に進出してきても、これのみで維持することは出来ません。また大規模・企業農業者は採算がとれなければ出ていくのみです。なぜならその村に責任もなく愛着もないからです。故に現政府のすすめる農業政策のみでは農村社会は消滅するのです。
そこで産業としての農業、産業農業と暮らしとしての農、生活農業を複眼的にとらえ、農業・農村政策を掲げることが重要です。
世界全体をみても同様です。国連は小規模な家族農業経営こそ世界の食糧危機と環境破壊を守るとして、2014年を国際家族農業年と定めました。
いま国内でもささやかな追い風が吹き始めています。

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・国内農業を見直す気運が高まっています。
・異常な食糧自給率の低さに気づきはじめた人たちが増えています。
・有機農業推進法が制定、市民権を得ました。
・就農・農的暮らし・体験・市民農園・定年帰農者が増えています。
・かつての農業への軽蔑はなく今の若者は農業に憧れを感じ始めています。
・地産地消、産直、小さな直売所が市民権を持ち始めています。新たな流通の始まりです。

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私の地域でも農林産物直売所がつくられ、小さな直売所ですが、もう13年も店はつぶれることなく続いております。しかもこの直売所のメンバーの多くはお年寄りで小さな農家が中心となっており、まさに小農を守る直売所でもあります。またこの小さな直売所には片隅に小さなお茶コーナーが設けられ、お客さんや地元の農家の人たちが寄り集まり、にぎやかな交流の場となっています。
さて、高度経済成長を遂げた現代の日本において、小農とは何か、改めて新しい位置づけと定義が必要と考えています。それは小農をこれまでの既存の小農のみに限定せず、農的暮らし、田舎暮らし、菜園家族、定年帰農、市民・体験農園などで取り組む都市生活者も含めた階層も新しい小農と定義づけたいと思います。そしてこのような新しい人たちも加わって村が再生していくものと思います。
戦後、我が国は産業を第1次、第2次、第3次産業の3つに分化して発展し、大部分の人が第2次と第3次産業に従事するようになりました。しかしこれからの社会は第2次、第3次産業に従事する人々も、小農として何らかのかたちで、命の源であり、人の生きる礎である第1次産業に関わる時代を迎えるのではないかと思います。
これが私の考える次の新しい社会であり、また中山間地農村の再生の道筋でもあります。

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