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「なぜ進まない 病院建築の耐震化」(視点・論点)

千葉大学大学院 教授 中山 茂樹

6年前の東日本大震災、昨年の熊本地震など、私たちの記憶に刻まれる大地震が発生しています。また近いうちに大規模な地震、首都圏直下、南海トラフ地震などが発生する可能性が非常に高いことも報道されています。
病院は、こうした災害時に医療提供という機能を充分に発揮しなければならない使命を背負っています。大規模地震の際に予想される多くの外傷患者や在宅で療養をしている方々が医療を求めて病院へ来ることが想定されます。病院はどのような災害が来ようとも最後まで機能していてほしい施設です。

病院が地震によって倒壊してしまったり、機能不全に陥ったのでは困ります。

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しかし、昨年、厚生労働省が実施した全国調査では、震度6強以上を想定した耐震基準を満たしている病院は7割にとどまり、1割は基準を満たしていない建物があると答え、2割は基準に到達しているかどうか不明であると回答しています。一昨年の調査でも同様の傾向であることから、耐震化工事があまり進んでいない実情が浮かび上がっています。
本日は、この点に関して、次の3つの点からお話したいと思います。ひとつは、なぜ耐震化が進まないのかです。ふたつ目は病院における耐震化とは何か、三つ目は耐震化工事に要する費用などを誰が負担するべきなのか、の3点です。
まず、一つ目の耐震化工事がなぜ進まないか、です。耐震化工事というのは、大地震が来ても建物が倒壊しないようにするということです。厚労省では、補助金制度などを設けて耐震化を促していますが、なかなか数字が上がりません。その理由のひとつは、補助金制度では建築物に対しての支援は考えられているのですが、たとえば、建替えるための新しい土地の取得などに対する補助はありません。多くの病院は同じ敷地に新しい病院を建てられるほど広々とした敷地を持っているわけではありませんから、新しい土地を取得して移転することが想定されます。そのための費用はかなりの負担となります。また仮にある程度土地に余裕があったとしても建替えている間の仮の建物などには補助は出ませんから、これも病院の自己資金ということになります。やや中途半端な補助制度といわざるをえません。
ところで、日本の病院の8割はいわゆる民間病院です。運営には公の支援はありません。建替えのために病棟を部分的にでも閉鎖すれば、病院の収入は減ってしまいます。一方、耐震化をしたからといって病院の収入が増える見込みはありません。耐震化工事をするという意欲がなかなかわかないというのが実情ではないでしょうか。
次に耐震化とは何かについて、触れたいと思います。柱や梁(はり)を強くして、地震でも壊れないようにするのは、耐震化の第一歩ですが、実は病院の耐震化はそれだけではすみません。冒頭に申したように、災害時には多くの患者が病院での診療を求めて来院することが考えられます。たとえば、災害時に行政の管理拠点になるであろう市役所などの庁舎も壊れては困ります。しかし、通常の業務は一時的に停止して、災害支援のための機能に集中することはできます。一方、病院の場合、既に入院している患者の医療を継続し、さらに多くの被災患者への医療提供が求められます。つまり、災害時には通常よりもより多くの医療提供ができる性能が求められます。
壊れない建物をつくることは技術的には難しいことではありません。しかし、地震が来れば、建物も一緒に揺れますから、柱や梁といった構造部材だけでなく、高架水槽やエレベーターなどの部材も支障なく働いてくれなくては困ります。また、多くの医療機器や器材もそのままの状態でいてもらわなくては困ります。これは結構やっかいなことです。高架水槽が壊れて水の供給ができないために病院機能が停止したという例は、たくさんありました。また病院内のベッドや医療機器は移動することを前提に作られているので、キャスターがついています。地震時にこれらが激しく動いて患者さんを転落させたり、ぶつかり合って悪さをした例もありました。それらを防ぐ目的で作られたのが免震構造です。今では色々な建築物にも適応される技術ですが、病院にこそ必要なものです。構造が壊れないだけでなく、施設が機能するための装置ですが、それなりにコストがかかります。
それから、多く来院する被災患者に対する医療提供は、通常の診察室だけでは足らないことが予想されます。

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写真は東日本大震災のときの石巻赤十字病院です。たくさんの被災患者を外来の待ちスペースに簡易ベッドを置いて治療に当たりました。ロビーや廊下が診察室や病室の代わりになりました。診察室あるいは病室としての性能が必要だとすると、そこには電源や酸素や吸引といった医療ガスの設備が必要です。通常は壁に隠れていて使わないものですが、いざというときのための設備を仕込んでおくことが必要です。
病院建築の耐震化というのは、壊れないだけでなく、医療提供機能が継続できるだけの性能を持っているということです。
最後に、これらの費用を誰が負担するかということです。最初に補助金制度のお話をし、それが不十分なのではないかと申しました。今の制度だと病院自身が負担する額が大きく、そのことが、耐震化が進まないことの理由のひとつだと思います。しかしそれとは別に、そもそも病院という公的なサービスを提供する施設について、病院自身が投資するというしくみはいかがなものでしょうか。英国や北欧のように、医療を税金でまかない公的サービスとして位置づけている国々では当然、国や自治体が病院を建設し運営しています。日本の医療制度はドイツの医療保険制度をまねて作られたといわれていますが、ドイツでも各州が定める病院計画に基づいて施設整備がなされ、建築というハードに関わる資金準備は基本的な部分においては州政府が負担します。これは民間が運営する病院においてでさえもそうです。経済学者の宇沢弘文先生は医療と教育は社会的共通資本の根本であり、公が負担するべきだと指摘されました。公立小・中学校の耐震化は98パーセントを超えています。これらは国や自治体の資金により達成しています。厚生労働省の耐震化補助制度ももう少し手厚い内容にしていただきたいと思います。それによって、病院内にいる患者や職員の生命を守り、災害時に必要な医療提供を確保していただきたいと思います。さらに言えば、公的サービスとしての医療提供を考える際の国や自治体の役割を、もう一度考え直してみる時期にきているのではないでしょうか。

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