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「金融緩和の「出口」に向けた課題」(視点・論点)

富士通総研 エグゼクティブ・フェロー 早川 英男

黒田総裁の下で日銀が進めてきた大胆な金融緩和の終わり、いわゆる「出口」への関心が高まってきました。市場関係者には、以前から「出口」における市場の混乱への懸念がありましたが、最近は先月19日に自民党の行政改革推進本部が菅官房長官に意見書を提出したほか、国会の場でも何度も議論が交わされるなど、関心の輪が拡がってきました。さらに今月10日には、従来「出口の議論は時期尚早」と繰り返してきた黒田総裁が「今後、検討して行きたい」と答えるなど、日銀の姿勢にも変化の兆しが見えます。
そこで今日は、金融緩和の「出口」でどういう問題が心配されているのかをご説明したうえで日銀、さらには政府にどんな対応が求められるかについて、私の考えをお話したいと思います。

「出口」への関心が高まっていると言っても、直ちに「出口」が近付いている訳ではありません。日銀は2013年4月に「異次元緩和」と呼ばれる金融緩和を始めた際、「2年で2%の物価目標を達成する」と約束しましたが、それから4年後、今年3月の消費者物価指数(除く生鮮食品)の前年比は僅か+0.2%でした。それどころか、日銀が「物価の基調」と呼んできた生鮮食品とエネルギーを除いたベースは-0.1%と、13年7月以来のマイナスに落ち込んでいます。日銀は4月末に出した今年度の物価見通しを+1.4%とするなど、強気の姿勢を崩していませんが、日本経済研究センター調べによる民間見通しの平均は+0.81%に止まっており、日銀の言う「18年度頃」の目標達成を信じるエコノミストは殆どいません。

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問題はむしろ、日銀が物価目標達成に失敗しながら、ずるずると巨額の国債買入れを続けていることにあります。このグラフに見るように、日銀が保有する長期国債は「異次元緩和」前の4倍を上回る400兆円に近付き、発行残高の4割以上を占めるに至っています。国債の買い手は日銀ばかりとなり、市場の取引も細っています。今年のゴールデンウィーク中には、丸1日半国債の値段が付かないという異例の事態となり、多くの市場参加者が不気味に感じたとのことです。
折りしも海外では、米国の連邦準備制度が3月に3度目の利上げを行い、保有する国債などを圧縮する検討を始めました。欧州中央銀行でも、量的緩和の縮小を進めています。日銀の「出口」はまだ暫く先ですが、「この市場環境で日銀が国債買入れをストップしたら、国債相場は急落する」と市場参加者が心配するのは無理もないでしょう。そう考えると、今後の「出口」に向けて、日銀は以下の3点について十分な説明、ないし発言をして行く必要があると思います。
まず第1に、今後物価が上がってきた時に金融調節をどのように変えて行くのかについての説明が必要です。実は、日銀は昨年の9月に金融緩和の「総括的な検証」を行って、従来のマネタリーベースの増加を目標とする量的緩和から、短期金利を-0.1%、10年物長期金利を0%程度とする新しい金融緩和の枠組みに変更しました。ですが、今後金利ターゲットをどう変更して行くのか、まだ明らかにしていません。
短期金利だけなら、2%目標達成が十分近付く前の利上げは必要ないでしょうが、10年金利のターゲットについては、物価上昇率が高まってくれば徐々に引き上げて行くと考えるのが自然です。実際、今の為替相場や原油価格が続けば、今年後半には消費者物価上昇率が+1%に近付くと予想されています。そうした場合、日銀は10年物ターゲットを変更するのか、またその基準は何かについて、事前に説明しておかないと市場の不安を無用に煽ってしまう心配があります。
第2は、物価目標が達成された時の問題です。インフレ率が2%なら、長期金利が2%を越え国債価格が下落することは避けられません。当然、長期国債を多額に保有する主体が損失を蒙ることになりますが、その一つは地銀、信金といった地域金融機関です。ただでさえ収益基盤の弱い地域金融機関が多額の評価損を蒙ることは、金融システムの安定性の観点からも大いに懸念されるところで、この点は日銀も『金融システムレポート』などにおいて繰り返し警鐘を鳴らしています。
一方、最近関心を集めているのは、今や最大の国債保有者になった日銀自身が巨額の損失に直面する可能性です。物価目標を達成して金利を正常化する際に、これまで高値で買った国債を安値で売れば売却損が出ます。現実には、米国の連邦準備制度が現在行なっているように、国債を抱えたまま金融機関が日銀に持つ当座預金への付利を引き上げることで、利上げを進めて行く可能性が高いと考えられています。それでも日銀の持つ長期国債の利回りは0.3~0.4%位ですから、当座預金に2%程度の利子をつければ大幅な逆鞘に陥ります。
こうして日銀が「出口」で直面する赤字の大きさは、既に多くの学者・エコノミストによる試算が公表されており、年間数兆円単位の赤字が長期間続く結果となっています。7兆円余りの日銀の自己資本ではこの赤字を到底賄えませんから、政府に資本注入を要望するにせよ、長期間国庫納付金が納められない状態が続くにせよ、最終的には国民負担になります。だからこそ、「出口」問題が国会で議論され始めた訳です。
米国連邦準備制度は、量的緩和の縮小を始める前に、「出口」で生じる損失の試算を公表しています。私自身を含む多くの学者・エコノミストが日銀も試算を公表すべきだと主張してきましたが、日銀は「時期尚早」と繰り返すばかりでした。日銀は「出口」の損失を一時的なものと考えているとの見方もありますが、ならば尚更、説得的なシミュレーションを示して、市場関係者や政治家を安心させるべきではないでしょうか。
第3に、日銀は政府に財政健全化の重要性を訴える必要があります。先程物価目標が達成され、日銀緩和が「出口」を迎えれば長期金利は2%を超えると申し上げました。しかし、仮にその時点で市場が日本財政の持続可能性に不安を抱いていれば、長期金利は2%どころか、もっと大きく跳ね上がってしまうというのが、数年前ギリシャに始まりスペインやイタリアにも拡がった欧州債務危機の教訓です。名目GDPの2倍以上の政府債務を抱える日本にとって長期金利急騰は致命的なリスクになります。つまり、財政健全化は「出口」を無事に迎えるための重要な前提条件でもあるのです。

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そこで日本財政の現状ですが、ご存知のように政府は2020年度に基礎的財政収支=プライマリーバランスを黒字化する目標を掲げています。しかし、今年1月に内閣府が出した見通しをご覧頂くと、実質2%台、名目では4%近い高成長という楽観的前提でも、2020年度のプライマリーバランスは8.3兆円の赤字です。しかも、この数字は半年前に比べて3兆円近く増えてしまいました。それでも安倍総理は昨年、2度目の消費増税先送りを決め、景気回復が続く中で総額28兆円もの大型景気対策を策定したのです。
何故このような財政運営が続くのかと言えば、日銀の巨額の国債買入れによって国債金利はゼロ近傍が続き、利払いの心配が無いため、財政健全化が先送りされていると考えるほかありません。しかし思い出して欲しいのは、日銀の大胆な金融緩和はもともとアベノミクス「3本の矢」の一環であり、13年1月に出された政府・日銀共同声明に基づくものだったということです。そこには、日銀が2%目標を掲げる一方、政府は「財政運営に対する信認を確保する観点から、持続可能な財政構造を確立する」とはっきり謳われていました。
ならば日銀には、金融緩和が「出口」に至る前に財政健全化を進めるよう政府に訴える責任があるのではないでしょうか。もちろん、日銀は4年以上経っても物価目標を達成できないでいながら、政府に要求をするのは気が引けるというのは、大変よく分かります。
しかし、黒田総裁の任期も余す所あと1年を切りました。今後も粘り強く金融緩和を続けて行くのであれば、政府に責任ある財政健全化努力を求めることなしに、日銀が市場や国民への説明責任を全うすることもできない筈だと思います。

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