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「AI時代の新しい働き方」(視点・論点)

東京大学大学院 教授 柳川 範之

これからは、技術革新によって、人々の働き方が大きく変わる時代だと言われています。人工知能が急速に発展して、人々の仕事を奪うのではないかという主張もみられます。その一方で、技術革新だけではなく、人々の寿命が延びている点も見逃せません。このような変化によって、これから、どんな働き方が求められるようになるのか。また、企業や個人は未来に向けて何を目指していけば良いのか、少し長期的視点から考えていきたいと思います。

技術革新、特に人工知能の発達によって、人々の仕事が奪われるのではないか、といわれることが多くなりました。確かに、人工知能の発達は目覚ましく、今までできなかったような、例えばコンピューターによる正確な画像診断等も可能になってきています。しかし、その一方では、人工知能を活用した、新しいアイデアによる新事業、新サービスの登場による新しい雇用も、これからは次々と生まれてくるでしょう。
また、特に日本では人口が減少し、高齢化が進んでいきます。働き手が減っていく時代においては、むしろ積極的に技術を活用して、人口減少がマイナスにならずプラスに働くようにする必要があります。
技術の発展を単に恐れるのではなく、むしろそれを人間が積極的に活用して、人々がより充実した働き方ができるようにと考えたほうが建設的ですし、有意義でしょう。人工知能を中心とした技術革新は、脅威とするよりは、今まであった「壁」を取り除き、多様な働き方を可能にするツールであり、大きなチャンスと捉えるべきです。
働き方という観点で、今後の技術革新によって大きく変わる、具体的なポイントは、時間と空間に縛られない働き方が可能になり、「いつでも、どこでも」働けるようになるという点です。この変化は、働き方の構造を大きく変える力をもっています。
たとえば、かつては、書類を整理してファイルし、大きなファイルキャビネットに収納することは、それ自体が、一つの仕事でした。そしてそのファイルを見ながら、会議室で顔を突き合わせて相談をしないと仕事が進みませんでした。そのため、同じ時間に同じ会議室にいる必要があった、つまり、時間と空間に縛られていたのです。
けれども、今やインターネットを通じてファイルを共有することが可能ですし、離れた場所からの会議参加も可能になってきています。メールでのやりとりであれば、同じ時間にいなくても議論ができます。既に遠隔地にいながら秘書業務をやっている人も現れています。
今ですら、このような状況ですから、10年後、20年後になったときには、より一層、時間と空間に縛られない働き方が可能になっているはずです。
そうなれば、たとえば、介護や子育てのために長時間家を留守にすることが難しい場合でも、充実した働き方が可能になるでしょう。地方に住んでいても、あるいは海外に住んでいても、別の地方や東京の仕事をすることが当たり前のようにできるようになるはずです。この変化を有意義に生かさない手はありません。
また、たとえ体力がなくても、重いものを持ち上げることが可能になったり、階段の上り下りを楽にしてくれたりする、補助ロボットのような技術も既に実用化されつつあります。そうなれば、高齢者や障がいのある方々にとっても、今よりももっと充実した働き方ができるようになるはずです。
言い換えると、このような技術の変化を適切に利用して、地方にいることや、介護や子育てをしていることが、働くことの制約にならない社会をつくっていく必要があるということです。そして、年齢や障がいの有無などが、壁にならない社会をつくっていく必要があります。もしも技術的にはそれが可能になったにもかかわらず、制度や法律がその実現を阻害するのだとしたら、それはあまりにも、もったいない話です。したがって、このような変化を実現させるような、制度改革等はきちんと行っていく必要があるでしょう。
また、これからの技術の進展は、一人の人が多様なことができる時代を作り出そうとしています。昔であれば、書類を整理する人、電話番をする人、タイプで清書をする人等、それぞれの業務に人が専属で必要な時代がありました。しかし、パソコンの普及によって、一人でそれらをすべてこなすことが可能になっています。人工知能の発達等の技術革新によって、一人がこなせる範囲はさらに大きく拡大していくことでしょう。
人の仕事を奪うかどうかではなく、このような変化にもっと注目すべきです。これからは、今よりもずっと少人数で、場合によっては一人で大きな会社を運営することも可能な時代になってくるでしょう。
このように、技術革新は働き方だけではなく、企業組織のあり方も今後大きく変えていくでしょう。もっと少人数で、プロジェクトごとに人が集まるような組織に変わっていくともいわれています。この点は、環境変化の速さとも関係しています。変化が激しい時代には、それに合わせて組織も柔軟に変わっていく必要があるからです。
そうなってくると、人と組織のあり方も変わり、将来的には一人の人が複数のプロジェクト組織に所属するようになるでしょう。そして複数の組織に所属する兼業や副業が当たり前の時代になっていくと考えられます。そうなるとアイデンティティやコミュニティの帰属先も変わってくるでしょう。日本社会では、所属している会社だけが自分のコミュニティという働き方が比較的多かったのですが、もっと地域コミュニティやSNS等多様なコミュニティに帰属するようになっていくと考えられます。
ただし、このような変化はかなり急速です。今やかなりの人が使っているといわれるスマートフォンですが、その登場からまだたったの10年です。これからの10年、20年は、働いている職場や企業のあり方が急速に変わっていくことでしょう。したがって、その変化への対応力が企業経営においても、働き方においても、求められることになります。
企業経営においては、人と人工知能との役割分担を考えることが必要になり、いかに迅速に適切な業務の再編成を進めていくかが重要となるでしょう。そのためには、まず、今まで人が行ってきた業務や職務内容を明確にすることが最初のステップとして必要になるでしょう。
今後の働き方という点では、継続的な能力開発が重要になります。変化が生じていく以上、必要とされる能力は、比較的速いスピードで変化していきます。その変化に対応した能力開発をしていく必要があります。その際には、これからは一人で複数の業務を行うことが増えることを考えると、複数の業務にまたがる能力開発も求められるでしょう。また、人工知能が発達するほど、むしろコミュニケーション能力等、人間ならではの能力が、これからは一層重要になってきます。
単にお金のために働くだけではなく、自分が好きな活動をする、あるいは自分が貢献したいことをやっていくことも、結果的には、人間ならではの能力を高めるのに有効であるように思います。技術の発展はそれを可能にするはずで、そのチャンスを生かすことで、それぞれが自分の得意な能力を発揮した、生き生きとした活動ができる。お金のためだけではなく、多様な目的を持った充実感のある働き方が可能になる。そういう社会をつくっていきたいものです。

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