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「植物と薬と人間」(視点・論点)

千葉大学大学院 教授 斉藤 和季

人類は古くから、植物の化学成分を、薬として使ってきました。
現在使われている薬の多くも、植物成分がもとになっています。また、巷にあふれる、植物成分を売り物にした、健康食品や化粧品、会社のキャッチフレーズにも、「自然の恵み、植物からの贈り物」とか「植物のちからを健康に」という言葉も、しばしば目にします。

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植物から得られた有名な薬としては、例えば、ケシを原料とする、強力な鎮痛薬モルヒネや、ヤナギの成分が元になった、解熱鎮痛薬のアスピリンなどが知られています。また、がん治療に用いられる、抗がん薬のいくつかも、植物由来です。これを見ると、植物は人間に優しく恵みを与え、その化学成分は、私たちに健康をもたらしてくれるものと、思ってしまいます。
確かに、科学技術が高度に発達した、ストレスの多い現代社会において、植物やその成分が、私たちの生活にうるおいと、安らぎをもたらし、健康の増進に役立っていることは、間違いがありません。特に、植物などを乾燥させて、そのまま使い、たくさんの植物成分が混じり合ったまま、
薬として用いる「生薬」や、その組み合わせによる、漢方薬の使い方は、東洋医薬の知恵であり、その中でも我が国での使い方は洗練されています。
しかし、植物の側から見たときに、植物は私たち人間に恵みを与えるつもりで、これらの薬となる化学成分を作っているのでしょうか?
「恵みをもたらしている」と考えているのは、一方的に、人間の側からだけ見た、勝手な思い過ごしではないでしょうか?もし、そうだとしたら、なぜ植物はこのような成分を作るのでしょうか?
このような疑問に答えるため、なぜ、植物が私たちにとって薬となる化学成分を作るのか、それをどのようにして作るのか、が明らかにされてきたのは、比較的最近のことです。
分子生物学やゲノム科学という、先端的な科学の発展によって、植物の巧みな生存戦略に隠された、植物成分を作る意義と、その方法がわかってきました。
「自然の恵み、植物からの贈り物」と思われている植物の化学成分は、実は、植物側から見れば、人間に恵みを与えようとしているわけではなく、むしろ反対に、植物が、人間などの捕食者や外敵から、自らを守るために、進化させた、生き残り戦略でした。
動物と違って、動かないという、生き方の選択をした植物は、三つの生存戦略を発達させました。
その第一は、太陽エネルギーを使って、空気中の二酸化炭素と、土からの無機物によって、必要な有機化合物を自らつくる、光合成という働きです。これにより植物は、生存に必要なエネルギーと物質を、他者に頼らず、自らに生産する道を確保しました。
第二は、その光合成によって作られた、比較的単純な化合物から、より化学構造が複雑で、多様な成分を作り、外敵やストレスから身を守ることです。このように、複雑で多様な化学構造を有する成分は、他の生物に働きかけ、ある時は強い毒となり、植物自身の身を守ります。しかし、一方で、このような化学成分には、上手に使えば薬になるものが多くあるのです。
第三には、受粉を助ける昆虫を、花に引き寄せるため、香りや色のついた化学成分も、作るように進化しました。
これらは、いずれも植物が、動かないという生き残り戦略に基づき、エネルギー確保、外敵からの防御、生殖という、生物の基本的な機能を、化学成分の力によって獲得したものです。一つの例をお話ししましょう。

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甘い草と書く「甘草(カンゾウ)」という名前の生薬を聞いたことがある方もいらっしゃると思います。甘草は、このようなマメ科の薬用植物ですが、文字通り、その根を、非常に強い甘味を呈する生薬として使います。
漢方薬は、複数の生薬を組み合わせて配合しますが、甘草はそのような漢方処方の7割に配合されており、最も汎用されています。その強い甘味は、主成分である「グリチルリチン」という、砂糖の150倍も甘い、低カロリー甘味成分によるものです。
実は、グリチルリチンのような、一般にサポニンと呼ばれる化学成分には、大量に摂取すると、細胞に障害を与える作用があります。グリチルリチンは、甘草の根など、土に接する組織の周辺部に多く蓄積しており、そのため、土からの外敵である、微生物や虫などから身を守る、防御的な役割を果たしている、と考えられています。
それが、人間にはたまたま甘く感じられ、薬としての肝機能改善作用や、抗炎症作用を示したと考えられます。
グリチルリチンは、医薬品だけでなく、たくさんの食品にも、天然甘味料として含まれており、そのため、多くの人が日々、少しは口にしているはずです。
しかし、この甘草の供給は、ほとんどが中国からの輸入に依存しており、最近の中国国内での需要の高まりや、乱獲による砂漠化への危惧によって、輸出制限が始まっています。このように、甘草の供給不安が深刻化するなかで、甘草からグリチルリチンを作る遺伝子を探し出し、バイオテクノロジーの力によって、甘草の有効成分を作る研究が行われています。また、昨年には、甘草のゲノム配列を決定することにも成功し、この最も重要な生薬の全貌を明らかにする見通が立ちました。
薬学を含めて生命科学の分野は、2000年以降、大きく進展しました。それは、この十数年で、高等生物である植物や人間が持っている、全てのDNA情報であるゲノム配列が、次々と決定されたからです。
このゲノムには、生命をつかさどる全ての情報が刻まれています。それを知ることによって、植物や人間を含めた生命の営みを、根源的に理解出来る糸口が得られたのです。
「動かない」という選択をした植物は、進化という厳粛な自然の審判に耐えながら、40億年という長い歴史の中で、極めて巧みに設計され、洗練された方法で、自然を汚さず、むしろ自然を浄化しながら、いわば「精密化学工場」として、多様な化学成分をつくる、という生き残り戦略を発達させてきました。
それを、私たち人間は、薬として少しだけお借りして、使わせてもらっているに過ぎません。さらに、植物はこのように薬ばかりでなく、私たちの日々の食料や、エネルギー、繊維、工業原料などを作りだし、人類の生活を広く支えています。
地球上には、20万種を超える植物種が生息し、これらの植物は約100万種の化学成分を作っている、と推定されています。しかし、そのうちまだ10%程度の植物種しか、その化学成分や生物活性が調べられているにすぎません。今後、先端科学による研究の進展が期待されます。
地球の人口は、現在74億人と言われていますが、今世紀中に100億人に達するだろうと予想されています。植物の生存戦略に基づく、自立的な化学成分の生産性は、二酸化炭素を削減し、薬や食料を作り出し、いわば「宇宙船地球号」に同乗している、私たち生命の生存を支えています。
私たちは、地球上の生命の源である、この植物のことをもっと良く理解し、上手に利用しながら、人類と植物の関係も、新しい段階に進まなければならない時代に来ています。

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