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「ストーカー加害者 更生の手立ては」(視点・論点)

NPOヒューマニティ 理事長 小早川 明子

警察庁は、平成28年4月から、ストーカー対策として、逮捕や文書警告をした加害者で再発の恐れがある人を治療やカウンリングにつなげる取り組みを始め、12月までの8か月間の結果を発表しました。
まず、こうした取り組みに警察がかじを切った背景ですが、警察自身が、警告や取り締まりだけでは再発を防げなかった事件の数々を経験してきたことがあります。

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2011年、長崎県西海市の事件に始まり、以降、神奈川県逗子市、東京都三鷹市、千葉県市川市、大阪市平野区、札幌市豊平区と、毎年のように起きた事件では、いずれも警察が関与したのちに被害者が命を落としました。警察庁の統計にも、警告を受けた加害者の1割は付きまといをやめないとあります。
ストーカー被害者の命を守るためには、検挙数を向上させるだけでなく、警察が加害者の危険度を見抜いて素早く適切に対処することと、警告や逮捕をしても再発の可能性が高いと思われる加害者には、医療的な働きかけが必要だと目されました。
したがって、この制度は次の二点を意図しています。
警察が精神科医から加害者への対応に関する助言を受けられること
警察が再犯のおそれがある加害者に対して受診を促し、医療につなげること

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仕組みを説明します。
まず、この制度の対象となる加害者は、待ち伏せやつきまといを行い、被害者から相談を受けた警察から警告や禁止命令が出されたり、逮捕されたりした人です。
精神科医に個人情報が伝えられることに同意した場合に運用されます。
警察から事例説明の情報提供を受けた医師が、診察が必要だと判断すれば、警察は加害者に治療やカウンセリングを勧めます。
受診に結び付けば、医師から警察官へ報告と説明があります。医師への相談料は警察が支払い、治療費は原則加害者の自己負担です。

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結果についてみます。全国の警察は、加害者延べ293人に、働きかけました。そのうち受診した人は25パーセントにあたる73人でした。受診後に治療をやめた人は1割程度にとどまっており、全員、再発していません。治療の効果がうかがわれるだけに、もっと多くの加害者に治療を受けもらいたかったと感じます。また、各県警の取り組みに差があることもわかりました。働きかけた293人のうち、48人が群馬県、41人が北海道と、全体に占める割合が高く偏っています。
ちなみに群馬は48人のうち1名しか受診につながりませんでした。しかし、加害者に働きかけることができたこと自体に意味があると私は考えます。医師らとの連携があることの表れとみることができるからです。15名に働きかけ4名が受診をした茨城県は、県立こころのセンターなど10か所以上の治療機関と連携しています。

加害者を医療機関につなげて無害化するというこの仕組みの成否を決めるのは、どうやって医療機関につなげるかということと、連携する医療機関があるかということ、そして医療機関が確たる治療法を持っていること、にかかっていると言えるでしょう。

警察庁は、今年2月に、都道府県警察担当者と全国各所の医療関係者を集め、関係省庁である内閣府、法務省、厚生労働省も参加する「地域精神科医療等との連携のための連絡会議」を開きました。私も参加したのですが、複数の医療機関から「治療法がわからない」「加害者を連れてこられても治療することは難しい」との率直な発言がありました。現段階では、治療者側にとって、必ずしもストーカーとはどういう病理で、どう治療したらよいのかが明確になっているとは言えず、少なからず連携に後ろむきになってしまう状況のように見えます。
私自身も、カウンセラーとして思考やイメージに働きかけて加害者が認識を改め、感情をコントロールできるよう取り組んで来ましたが、重篤なストーカーは思考内容に関係なく、被害者への過剰な接近欲求に縛られて苦しみます。苦しみの根源を消去しようと、被害者の殺害を企てることも起きるのです。以前はこうした行動制御ができない衝動性の高い加害者には、通常の精神科医療を受けさせてきました。が、投薬により精神が一時安定しても、欲求そのものが消えるわけではなく、完治はありませんでした。

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そんな中、千葉県の下総精神医療センターの平井愼二医師は、ストーカーの病理を従来の精神疾患の枠の中で治療するのではなく、ストーカー行為を脳への刺激と生じる反応の表出として把握し、欲求そのものを低減させる「条件反射制御法」という脳訓練の技法を生み出しました。初めて私が紹介し、10週間の入院治療を受けた加害者が退院した時、私が「完治した」と感じたのは治療後の加害者の言葉でした。それは「関心をなくすことを決めた」でも「怒りのコントロールができるようになった」でもなく、「関心がなくなった」「怒りがなくなった」でした。全国最多の14名が受診した北海道で、警察が連携している診療所、ほっとステーションでも、この治療法を取り入れています。今後、日本において、加害者が、いつでもどこでも受けられるストーカーの治療法を確立していかなければならないと思います。

また、加害者への治療の促し方にも検討が必要です。治療に進まなかった220人ですが、情報提供を受けた医師が治療不要と判断したり、今後受診予定だったりする人もいたとのことですが、6割の179人は「自分は病気ではない」「治療費がかかる」などの理由で働きかけを拒否しました。私の経験でも、警告や逮捕をされた加害者が、自分の行いが違法行為であったことを理解できても、自分がいわゆる精神病であると受け入れる加害者はまれです。もちろん全ての加害者に治療が必要であるわけではありません。しかし、治療につながるべき危険な加害者ほど警察官を敵対視し、警察官の説得に耳を傾けようとしない傾向があると思います。ストーカーの病態について理解があり、治療の必要性や治療内容について説明できる人間でなければ説得は難しいと思います
その役割は本質的に警察官ではないと私は考えます。私は、警告や逮捕のタイミングで、加害者は義務としてカウンセラーと面談する仕組みを提案したいと思います。カウンセラーは厚生労働省が指導し養成し、都道府県公安委員会が認定する専門職とします。この仕組みを条例化してみてはどうでしようか。
また、逮捕された加害者に対して、被害者は少なからず報復を恐れています。逃げ回らなくても済むようになりたい、加害者に無害な存在に変わってもらいたい、本当の安心を得たい、と願う被害者は少なくありません。しかし、日本の司法体系では治療命令が出ません。加害者に治療を受けさせてほしいという願いに応える制度はないのです。刑罰と合わせて、行動制御ができない重症の加害者には治療命令を出し、刑務所内で、または出所後に治療を受けさせることができるように、司法が変わることを願います。
最後に、加害者も、その家族も、苦しんでいるときに相談できる場所がありません。ストーカー行為をする前に、加害者自らが引き返すことができれば被害者は一番安全です。
厚生労働省と各自治体は、今後、ストーカー加害者の治療についての専門的な相談窓口を開設し、地域の保健所が中核となり、カウンセラーや医療機関を紹介することを早急に始めてほしいと思います。

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