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「長寿社会にどう向き合うか」(視点・論点)

慶應義塾大学 教授 駒村 康平

4月10日に新しい人口推計が厚生労働省より発表されました。人口推計では、出生率の動向に注目が集まりますが、寿命も引き続き延びていることにも注目すべきです。今回の人口推計では、男性の寿命は2017年時点で81歳が2065年には85歳へ、女性の寿命は2017年時点で85歳が2065年には91歳になると予想されています。
寿命が延びた結果、75歳以上の人口は、2017年時点で1750万人が、2025年には2180万人、2040年には2240万人、2050年頃のピーク時で2440万人に達すると予想されています。実に人口の25~26%が75歳以上によって占められることになるわけです。

こうした長寿の進展による高齢者の「数の増加による影響」のみならず、社会経済に与える「質的な影響」についても考える必要があります。
長寿化により女性の9割近く、男性7割以上が75歳まで生存する社会になっています。今日、90年の人生は例外的なものではなく、普通になりつつあります。「人生80年」から「人生90年」の時代に入りつつあります。

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現在の社会経済の仕組みは、ライフステージを0歳から20歳までの「教育・学習期間」、20歳から65歳までの「現役期間」、65歳から80歳までの「高齢期間」の3つの期間に分けていますが、見直す必要が出てきます。80歳以降に、「10年の超高齢期」が加わることになります
長寿は長い間、人類の夢でしたが、今日、それが現実のものになりつつあります。しかし、他方で、多くの不安も生まれています。
70歳代後半になると多くの人が、記憶力、判断力、感覚能力などの認知機能の低下を実感するようになるでしょう。多くの人が人生の一定期間、認知機能の低下を経験することになります。
私たち個々人が、そして社会全体も、加齢とどのようにつきあっていくか考える必要があります。ただ、仮に肉体的な認知機能が低下しても、それが、ただちに生活に支障を与えるかどうかは別問題です。認知機能の低下が生活の支障になるかどうかは、社会の対応次第です。
どのような社会的な対応が必要でしょうか。身の回りで増えている高齢者の自動車事故、オレオレ詐欺などを目にすると、高齢者への手厚い保護の必要も感じます。
しかし、年齢による一律の保護、過剰な規制は、高齢者の自由を奪い、高齢者を社会から切り離すおそれもあります。そして、過剰な規制は、社会経済全体にも悪影響を与えます。 
例を挙げましょう。現在、国民の保有する1800兆円の金融資産のうち6割以上を高齢者が所有しています。そして、株式などの保有も高齢者の比率が高いのが現状です。しかし、こうした資産運用には比較的高い認知機能が求められます。近年、高齢者の認知機能の低下を理由に、高齢者自身が金融商品の内容をよく理解しないで取引を行い損失が出たとして、家族が金融機関に説明を求めるようなトラブルも増えています。そこで、金融業界は慎重な販売を行うよう、75歳以上の高齢顧客への勧誘を制約する厳しい自主規制を導入しています。そうなると今後75歳以上の高齢者が増加とともに、高齢者の資産は次第に現金や、預貯金といった安全資産にシフトしていき、リスクマネーの供給が細り、結果的に株価の低迷につながる可能性もあり、経済は停滞することになります。

こうした資産運用に限らず、社会経済全体の仕組みとして、年齢による一律の規制ではなく、高齢者自身の判断能力がある限り自己決定を尊重し、そして多少判断能力が落ちたとしても、その人の自己決定を支えるように社会の仕組みを整備すべきです。
生涯発達心理学の研究者であるポール・バルテスは、人々が日常において老化にどのように向き合っていけばよいか、高齢のピアニストが曲目を絞り込んで練習することで高いパフォーマンスを維持しているように、「選択」、「最適化」、「補償」からなる「補償をともなう選択的最適化理論」を提唱しています。これも一つのヒントになるかもしれません。

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この理論を参考にすると、加齢による機能の低下は受け入れ、若い時とは異なり、日々の生活のなかであれやこれやあまり欲張らず、必要な活動目標を選択して、絞り込み、自分の残った機能をそこに効率的に割り当て、最適化する、そしてどうしても機能が低下した部分については、機械、道具や他人にたよって不足分を補う、つまり補償するというものです。
そして、老化へ対応を個人責任にとどめてはいけないと思います。全国に広がる空き家問題、相続問題は、老化への対応に戸惑う高齢者が意思決定を先送りした結果だと思います。
最近、急速に進む認知科学、神経科学、心理学や脳科学の分野では、加齢にともなう脳の変化に関する多くの新しい知見が発表されています。こうした研究を参考にして、私たちが、老化にどのように向き合うのか、その対応方法をなるべく早く多くの人に共有してもらう必要があります。
もちろん認知機能低下そのものは、高齢者にとってなかなか受け入れにくいものです。本人が認知機能の低下を自覚できる仕組み、たとえば一定年齢になったら、認知機能に関する検査をうけてもらい、客観的に自身の認知機能を把握してもらうことも必要でしょう。そのためには、認知機能の低下、あるいは認知症になったとしても、社会が差別せず、その人の意思をなるべく尊重することが前提です。
個人の対応だけでは不十分で、社会経済の仕組みの対応も不可欠です。今日、日々使うインターネット、スマートフォンのパスワード、銀行の暗証番号など認知機能に負担をかけるものが増えています。すでに、銀行の暗証番号などをめぐって、金融機関の窓口では、トラブルが多発しています。他にも交通ルール、様々なモノの仕組み、街のなかのでデザイン、社会の仕組みも認知機能に負担をかけるものが多くあります。
身の回りもモノだけではありません。現在の法律、経済取引、政治参加など社会経済の仕組みは、十分な認知機能を持っている人を前提として作られています。社会の主流は十分な認知機能がある人、例外的に認知機能の低下した人を保護すればよいという考え方です。
今後は、認知機能が低下した人が増える社会を前提に、様々なレベルの認知機能に対応できるような社会経済システムを再構築すべきです。高齢化のなかで、どうしても社会保障の給付額とその負担の議論にばかり目が行きますが、認知機能の低下を支えるという点にも着目した社会保障制度や公共政策の見直し、そうした制度の利用についても、わかりやすさなどを重視した制度改革が必要でしょう。その際には、これまでにように法律、経済、IT、セキュリティといった狭い分野の専門家だけ、見直しを行うのではなく、高齢者、そして高齢者の好み、心理、習慣などを熟知した専門家なども加わって、長寿社会にふさわしい、認知機能に負担をかけない社会経済の仕組みを作っていく必要があります。

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