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「フランス大統領選挙で問われたもの」(視点・論点)

東京外国語大学大学院 教授 渡邊 啓貴

5月7日、フランスで行われた大統領選挙の第二回投票では、超党派の中道グループ「前進!」のエマ二ュエル・マクロン候補が約66パーセントを獲得して圧勝しました。39歳というフランス史上最年少の若い大統領の新しい風にフランス国民は期待を持ったのです。

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排外主義やEU離脱を掲げる極右政党「国民戦線」のマリーヌ・ルペン大統領誕生も予想された中で、大きな懸念をもってこの選挙を見守っていたヨーロッパ諸国と世界はひとまず安堵の胸をなでおろしました。トランプ現象とよばれるポピュリストが政権につくという状態はかろうじて回避されました。「理性の勝利」であったといえます。
フランスの大統領選挙は第一回投票で過半数を取れた候補者がいない場合には、上位二人の候補が第二回投票で決選投票を行います。これまで第一回投票で過半数を取った人はいませんでした。
私はこれまで三十年以上にわたってフランスの主だった選挙を現地で見てきていますが、今回の選挙は保守と社会党の二大政党が中心で行われてきた選挙とは大きく異なっていました。

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今回の主役はこの7、8年の間に急速に勢力を伸ばしてきた極右、国民戦線でした。
同党のマリーヌ・ルペン党首が確実に決選投票に残るという大前提のもとに、他党はいかにして第二回投票に候補者を残すのか、という狭い範囲での選択に腐心しました。極右勢力躍進によって保守派が動揺し、フィヨン候補が身内の架空雇用疑惑事件で沈む一方で、オランド大統領の人気低迷と後継争いの混乱から社会党は分裂しました。こうした間隙を縫って、独立系中道左派のマクロン候補が浮かび上がり、短期間に勢いを得て大統領に選出されたというのが今回の選挙の大雑把な展開です。
したがって、有権者は第一回投票から、ルペン候補に勝つことができて、無難な政策を掲げた候補を選ばねばなりませんでした。投票は最初からフランス国民にはフラストレーションがたまる「消極的な選択」「負の選択」となりました。

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棄権率が歴代2番目の高さとなったことはその一つの表れだったと思います。棄権率が高いと組織票で固めている国民戦線が有利になるという予想から、メディアも国民に強く投票を呼び掛けましたが、それでも約25パーセントという高い棄権率になりました。マクロン氏に投票したが、その理由として「他にいないから」とした人が、6割にも達したという調査結果がそれを示しています。

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候補者間の対立の構図もこれまでと異なった複雑なものとなりました。4月23日に行われた第一回投票では保守派と社会党の左右二大勢力の争いではなく、四人の候補が拮抗する事態となりました。極右政党とともに、「不服従のフランス」というグループを形成したメランション氏という社会党左派・共産党系の極左勢力が存在感を示しました。
これは今日のフランス政治そのものに対する国民の不満を意味しています。雇用・景気・テロ・治安などの面で袋小路に陥っている大政党による政治への不信と反発の表れです。こうした中で、社会不満を極端な形で表明した極右・極左が勢力を伸ばしたということになります。とくにルペン氏とメランション氏はEUからの離脱を掲げましたが、そこにはEU統合はエリートや大企業が自分たちの利益のために進めているので、日々の生活に追われる庶民の立場に立ったものではないという発想がありました。

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こうした中で、既成政党の枠外にいたルペン氏やマクロン氏という二人が決選投票に残ったということは、国民が従来の大政党に所属する熟練政治家とは異なったイメージのいわば「アウトサイダー」たちを選んだのだということになります。
既成政党の政治に対するこうしたアンチテーゼは、当然フランスの政界再編成と、政党政治そのものへの疑問を投げかけます。そこでマクロン次期大統領の勢力がどのような役割を果たし、フランスがどのような政界構造を新たに作りあげて行くのか、に今後の注目は集まります。従来の政党とは異なったマクロン氏が率いる超党派の政治グループ「前進 !」は新しい政治のあり方、あえて言えば「ポスト政党政治」の時代のきっかけとなる可能性を秘めています。
ただ、若さとさわやかさでフランス政治に新風を送ったマクロン氏ですが、その政治運営は容易ではありません。支持基盤は盤石ではありません。政策的には規制緩和による経済リベラリズムと左派的な社会保障重視の立場です。社会党右派的な立場ですが、オランド政権と似ており、実現性には懐疑的な見方もあります。EU統合推進派ですが、移民難民・テロ対策での手腕も問われるところです。

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他方で、ルペン候補は敗北しましたが、第一回投票では第2位となり、第二回投票でも約34パーセントの支持率を得ました。2002年にジョスパン社会党候補が動員に失敗して思いがけず、マリーヌ・ルペンの父親で国民戦線の創立者ジャン・マリ・ルペン候補が第二回投票に残ったときの得票率は18パーセントでした。その時に比べると、この政党は二倍近くの支持率を得るまでに勢力を拡大することに成功しています。極右勢力の伸長が著しいことに変わりありません。
ルペン候補は、本来の排外主義的主張を緩和させ、民主主義を強調し、フェミニズムや働くもの・弱者の味方を標ぼうして社会保障重視の党へとソフト化へのイメージチェンジを図ることに成功しました。これを、こわもての父親の代からの変化、つまり国民戦線の「脱悪魔化」と言います。しかし排外主義は表面上トーンダウンさせていますが、その片りんは選挙期間中も垣間見えましたし、ユーロ・EU離脱を掲げながら、それを支持するのがフランス国民の3割程度だということが分かると、主張を転換させました。ご都合主義と人気取り政策というポピュリスト特有の言動です。イギリスのEU離脱、ブレグジットやトランプ大統領の選挙キャンペーンに共通にみられた現象です。
フランスではこうした右派のポピュリズムは抑えられました。国民の理性の勝利だといえるでしょう。今回の大統領選挙の一つの大きな意義は、第一回投票ではフランス国民はポピュリズムの形での社会不満の表出は認めました。しかし、彼らに政権を取ることまでは許さなかったということだと思います。ポピュリズムの拡大には現時点では限界があることが示されました。
投票日の四日前、最後の二人だけのテレビ討論会でルペン候補は相手を挑発するばかりの粗暴で中身のない議論を繰り返しました。ルペン候補が追い上げていた展開の中で、それは多くの国民の反発を買う結果となり、ルペン候補は最後に支持率を下げました。この政党の本質を国民は改めて確認したことになりました。
しかし、私たちは安心できるのでしょうか。いやその温床は決して断たれたわけではありません。インターネットをはじめとする情報氾濫の時代、「ポスト・トゥルース」と呼ばれる現象が拡大しています。それは、何はともあれ、結果こそすべてである。それが真実だ。嘘であれ、フェイクニュースであれ、勝てばよい。主流派になればいい。そういう発想です。
そこには民主主義の原点である信頼関係と誠実さは問題とされないことになります。説明責任の欠如でもあります。これこそポピュリズムがもたらす民主主義の破壊を意味します。
ブレグジットやトランプ現象が投げかけた今日の世界的課題ですが、大統領になるために巧みに言辞を弄し、その場しのぎの発言を繰り返したルペン候補が決選投票に残った真の危険はそこにあると思います。
これこそが今回のフランス大統領選挙で問われたものではないでしょうか。

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