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「流しの公務員と地域創生」(視点・論点)

常滑市副市長 山田朝夫

私は「流しの公務員」です。

「流しの公務員」なんて、聞いたことのない職業だと思います。それもそのはずで、実は私の「造語」です。「各地を渡り歩き、求めに応じて、単身、地方行政の現場に飛び込み、関係者を巻き込み、その潜在力を引き出しながら、問題を解決していく『行政の職人』」、そんな「職業」を表現したことばです。

私は、元々は、1986年(昭和61年)に、当時の自治省(現在の総務省)に入省した、いわゆる「キャリア官僚」でした。自治官僚は、入省後の10数年間は、霞が関と地方自治体を行ったり来たりしながら仕事をします。私も、霞が関以外に、鹿児島県庁や大分県庁で勤務し、その間、いくつかの市町村の職員の方々とも、一緒に仕事をしました。

入省後10年ほどが過ぎ、35歳になった私は、ある問題意識を強く抱くようになりました。一言でいうと、「国も県も市町村も、職員はみんな頑張っているのに、何かズレるなあ」ということです。

私は、ズレの原因は、次の3点だと考えました。

1点目は、霞が関の問題です。官僚の仕事は、すごく抽象的です。ほとんどの官僚は、猛烈に忙しくて、現場を見ている暇はありませんから、頭の中と机の上の議論で政策をつくります。しかし、いくら優秀でも、すべての現場の多様な問題を、一挙に解決できるような政策をつくるのは無理です。
さらに、省庁間の「縦割り」の弊害がひどく、当時は「省益あって国益なし」と言われていました。

2点目は、自治体側の問題です。国が政策を決めても、それを実施するのは地方自治体、特に市町村です。地域の現場は多様です。市町村は、現場の実態に合わせて、国の政策をアレンジして、もっと自由にやった方がよいのに、当時は、みな委縮して、国の指示通りにやることに甘んじていました。
たまに県に相談すると、「グレーゾーンのものは、国の言うとおりにやった方がよい」という「中間管理職的」な答えがほとんどです。結局、市町村は、せっかく「縦割り」の弊害を排して「総合行政」を行える立場にあるにも関わらず、自分で考えることを放棄して、前例踏襲を繰り返していました。

3点目は、自治体のトップの問題です。自治体の「首長」は「政治家」と「経営者」の2つの側面を持っています。ところが、その仕事ぶりを見ていると、政治家として「会合」や「行事」や「挨拶」に割かれる時間が非常に多いのです。
政治家の主な仕事は、利害の調整や利益の分配です。国や地域全体のパイが増えているうちは、それでよかった。しかし、人口や経済が徐々に縮小していく自治体のトップには、民間企業のトップと同じような「経営者」としてのマインドとスキルが求められる。しかし、現実は、役所や住民のマネジメントに割く十分な時間すらない。

「せっかく『地方行政』を仕事として選んだのだから、従来の『キャリア官僚』のあり方にこだわらず、私自身が、これらの問題を解決する『ツール(道具)』になれないだろうか?」

そう考えた末に思いついたのが、「流しの公務員」の道でした。「自治体の現場でトップを補佐し、現場の問題状況を整理し、戦略や実行計画を組み立て、国の政策の意図をきちんと理解しながらうまく利用し、執行状況を管理し、より良いまちを作っていく手伝いをする」。高度成長社会から成熟社会へ移行していく日本には、そういう役回りをする人間が必要なのではないだろうか。

もちろん、当時の日本には、そんな職業はありません。ただ、調べてみると、イギリスやアメリカには、まさにそのような役割を担う「シティ・マネージャー」とか「アドミニストレーター」と呼ばれる人達がいる。
彼らは、日本の自治体の「副市長」とか「企画部長」のように、いわゆる「生え抜き」ではありません。年俸制で、一定の任期を設けて公募で選出され、行政の事務方のトップを任される。ヘッドハンティングされて、複数の自治体を渡り歩く人もいる。
彼らは、政治的な判断はしない。情報を分析して複数の政策案を立案し、議会や市長が決定した政策の実施について、統括して責任を持つ。まさに「行政マネジメントのプロ」です。

私が「流しの公務員」を目指して20年。これまで、大分県の久住町と臼杵市、愛知県の安城市と常滑市の4つの自治体で仕事をしてきました。人口規模は約5千人から約18万人。仕事の内容は農業、観光、公民館建設、地域おこしイベント、町並み保存、環境政策など様々です。

そして、昨年、これまでの体験を本にまとめました。

読者からの反響が大きいのは、常滑市民病院の再生物語です。

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私が赴任する前の常滑市民病院は、毎年7億円を超える赤字を出し続け、14億円を超える累積債務を抱えていました。病床利用率は下がる一方で、市民からも見放されかけていました。

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私は「100人会議」という市民ワークショップを企画し、自らファシリテーターを務めました。当初は、ほとんどの参加者が「新病院建設反対」でしたが、市民と病院と行政が対等な立場で、本音をぶつけ合って「市民病院のあり方」を議論するうち、思ってもいない変化が起きました。
参加者は、病院職員の努力を知って、「私たちが病院を支えて行こう」という気持ちに変わりました。市役所の一般職員は、自らの給与をカットし、病院の累積債務を解消する財源を捻出しました。

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病院職員は、市民の気持ちの変化や一般職員の「犠牲」に応えて奮起し、奇跡的な経営改善を実現しました。

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めでたく完成した新病院では、市民ボランティアが、外来患者の案内や入院患者のレクレーション、庭の手入れなど、様々な活動を通じて、「自分たちの病院」を支えています。
今、「地方創生」が叫ばれています。地方創生は「霞が関」だけでは実現できません。地域に飛び込み、地域の潜在力を活かし、貴重な財源を有効に活用し、まちづくりの手助けをする「流しの公務員」のような人材が必要です。
国も、3年前、「地方創生人材派遣制度」を始めました。「日本版シティ・マネージャー」と銘打たれています。とても良い取り組みだと思います。平成27年度からの3年間に、延べ100名以上の国家公務員、大学研究者、民間人材が、人口5万人以下の自治体に派遣され、活躍していると聞きます。
しかし、派遣を受けている自治体はごく一部です。また、派遣される人材にとっても、初めての経験で、かつ任期は2年という短期間です。さらに、どこに誰を派遣するかは、国が一方的に決めるので、必ずしも、自治体側が欲しい人材が派遣されるとは限りません。派遣される人材が力を発揮するためには、トップとの相性の良さが極めて重要です。「日本版シティ・マネージャー制度」は、まだまだ不十分です。
「冷えた体を温めるには、まず手先足先から」。霞が関に優秀な人材を集め、いくら素晴らしい政策をつくっても、それが現場できちんと実施され、効果が上がらなければ、本当の意味で、日本は良くなりません。
「地方創生」を実現するために、日本の「シティ・マネージャー制」が進化し、定着していくことを私は望んでいます。

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