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「働き方改革をどう進めるか」(視点・論点)

日本総合研究所 調査部長 山田 久

政府の働き方改革実現会議は、去る3月28日、実行計画を決定しました。安倍政権が「一億総活躍社会」を掲げて、「働き方改革」を重要課題として位置づけ、検討してきた内容を、これからの基本方針として示した形です。きょうは、この実行計画を検証するとともに、課題を考えます。

まず、「実行計画」の概要からみておきましょう。

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冒頭の総論部分では、①多様で柔軟な働き方を選択可能とする社会を追求する、②働く人の視点に立って企業文化や風土を変える、③働き方改革こそが労働生産性を改善するための最良の手段である、など、その意義が述べられています。これに続き、「柔軟な働き方がしやすい環境整備」など、11項目の個別施策項目が設けられ、それぞれについて趣旨と具体的な施策が述べられています。さらに、2017年度から10年間で計画的に取り組んでいくことが表明され、項目ごとの工程表が示されています。
では、これをどう評価すべきでしょうか。まず、総論部分に示された改革の意義については、日本の雇用社会が抱える課題に照らして、的確な認識が示されたと思います。加えて、取り上げられた個別施策項目もおおむね妥当でしょう。特に「同一労働同一賃金の実現」および「長時間労働の是正」の2項目については、かねてからの懸案にもかかわらず、実現されなかったテーマです。これらに正面から取り組み、これまで以上に踏み込んでいます。この点で、実行計画報告書が表現する通り、「歴史的な大改革」といってもよいでしょう。
しかし、まさにそれが「歴史的な大改革」であるがゆえに、今回の「働き方改革実行計画」は、あくまで改革の「出発点」に過ぎないと認識すべきです。働き方改革とは最終的には政府が実施するものではなく、個々の職場で自主的に行われるべきものです。その意味で、改革が目指すべき「雇用社会の将来ビジョン」が示されると同時に、それが個々の職場というミクロレベルにまで浸透し共有される必要があります。これらの点において、これまでの政府主導の改革プロセスでは、不十分と言わざるをえないのです。
目指すべき「雇用社会の将来ビジョン」については、実行計画では具体的なイメージが湧きにくいというのが正直なところでしょう。目玉施策と位置付けられている「同一労働同一賃金」や「残業上限の導入」は、ヨーロッパの仕組みを参考にしたといえますが、日本のシステムとヨーロッパのシステムをどう融合するのかが不明です。それには、日本の雇用のあり方の何をコアと考えて残し、ヨーロッパを参考にしてどこをいかに変えていくかが、具体的に示される必要があるでしょう。
私の考えでは、日本の雇用システムのコアは2点あります。

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1つは、「協調的な関係のもとでの労使自治の原則」、つまり、労使が過度に敵対することなく、話し合いによって労働条件を自主的に決めてきたことです。もう一つは、「職業人としての全人格的形成を促す就社型の人材管理」、つまり、長期雇用を前提に、社会人としての総合的な能力を企業内で育成・評価する仕組みです。これら2点こそが、戦後の日本経済の発展を支え、安心・安全な社会の基盤になってきました。同時に、日本製品のきめ細かさや品質の高さの源泉でもあったのです。これらは、今後も守り続けなければならないと思います。
もっとも、この2つの要素の、これまでの具体的な形態が、時代変化に合わなくなってきています。「労使自治の原則」は、これまで「正社員中心の企業別組合」によって担われてきました。そうした組合の性格上、非正規労働者の処遇改善が後回しになり、正規・非正規の格差問題が生じることになりました。一方、「就社型の人材管理」は、いわゆる「終身雇用・年功賃金」の形をとってきました。若い時の能力育成には優れた仕組みですが、ミドル・シニア期に求められる特定分野のプロとしての能力開発には限界があります。
そこで、「ヨーロッパを参考にしてどこをいかに変えていくか」については次のように考えます。「正社員中心の企業別組合」は、同じ産業内や地域内での労働組合の連携を強める。それによって、非正規労働者も含めた、新たな「協調的な労使関係」を再構築すべきです。

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「終身雇用・年功賃金」については、40歳前後までの職業人生の前半期においてのみ残す。これによって「就社型の人材管理」のコアは守ります。一方、後半期ではヨーロッパを参考に、「プロフェッショナルな能力発揮を促す就職型の人材管理」に切り替える。ここで重要なのは、政労使および産官学の連携により、企業をまたぐ人材育成や労働移動の仕組みをつくることです。これがあって初めて、ヨーロッパのように、特定職業にアイデンティティーを持ち、自信をもって転職ができる人々が増えるからです。
こうした点について、改めて政労使が集まり、本格的な議論を深めることが必要です。そのためには、現在休止状態になっている「政労使会議」の再開、あるいは、「働き方改革実現会議・第2フェーズ」に、速やかに着手することが望まれます。
では、こうして「雇用社会の将来ビジョン」が策定されたとして、それを個々の職場というミクロレベルにまでどう浸透させればよいのでしょうか。今回の働き方改革を巡る議論においては、罰則や訴訟といった法的手段を強めることによって実効性を高めることが考えられています。組合の組織率が低下し、総じて労働者の立場が弱くなっている現状を考えれば、必要な措置といえましょう。ただし、法的手段による解決は、いわば抑止力とすべきであって、原則は労使の話し合いで解決するのが望ましいでしょう。罰則強化や訴訟は、企業がそれを回避しようとして過度な防衛手段を講じ、副作用を大きくする恐れがあるからです。例えば、同一労働同一賃金を機械的に適用すると、非正規と正規の仕事を明確に分離し、非正規が単純作業のみさせられ、かえって賃金が伸びないことになりかねません。
ルールの大枠について法制化することは必要ですが、労使間でのコミュニケーションを重視すべきでしょう。最終的には労使自治に任せることで、産業や事業分野ごとの状況の違いに応じて、自主ルールを形成することこそ重要です。その意味で、労働組合の、非正規労働者も含めた働き手全体の代表としての性格を強め、その面での交渉力を高めることが求められます。すでに述べた産業別・地域別の連携強化は、そのための基盤的な仕掛けとして重要です。
さらに、わが国には「春闘」という、他国にない特有の仕組みがあります。それは元来、労働組合サイドが交渉力を高めるため、1950年代半ば、春の時期に一斉に横並びで賃上げの要求をしようとしたことがはじまりです。今年の春闘では、働き方改革がテーマになるなか、残業削減とそれで浮いた人件費の賞与への上乗せなど、有益な労使合意が行われた事例もみられました。春闘を、賃上げ交渉と同時に働き方改革を社会全体で着実に推進していくための、節目の機会として位置づける――そうして、個々の現場での改革の推進力が高まることを期待したいと思います。

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