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「減り続ける出生体重」(視点・論点)

早稲田大学 招聘(へい)研究員 福岡 秀興

いま日本では、小さい赤ちゃんが多く生まれています。30年ほど前、英国のデビッド・バーカー先生が、「出生体重が小さいと心筋梗塞リスクが高くなる」という研究成果を発表して以来、多くの研究がなされ、「小さく生まれると、高血圧、2型糖尿病などの生活習慣病のリスクが高くなること」と、そのメカニズムも明らかとなってきました。聞きなれない言葉ですがドーハッド説といいます。
この考え方は、生活習慣病の発症メカニズムや予防を考える上で重要な考え方であり、21世紀最大の医学学説のひとつとまで言われはじめています。
この考え方を元に、日本の現況をお話しいたします。

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日本の出生体重は、戦後から1975年頃までは、経済の復興とともに食糧事情がよくなり、増加していきました。平均出生体重は、1975年に男児3240グラム、女児3140グラムまで大きくなりました。しかしそれ以降は経済的な発展にも関わらず、減少しつづけ、2009年には、それぞれ3040グラム、2960グラムにまで小さくなり、この状態が今も続いています。

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出生体重2500グラム未満の子どもを“低出生体重児”と定義します。注目すべき点は、この低出生体重児の割合は1951年の7.35パーセントから、1975年は5.1パーセントにまで減少しましたが、それ以降、増加に転じて、2006年には9.6パーセントにまで達し、現在に至るまでこの割合で高止まりしています。小さく生まれる子どもが多いことを示しています。この割合は、先進工業国の中では異常に高い値なのです。中には、やむを得ず早産になるケースもありますが、経済的に豊かと言われ、学校給食により女性の体格が随分良くなっていながら、低出生体重児の割合の異常に高い状態が続いているのです。

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バーカー先生の報告以来、膨大な調査により、現在、「小さく生まれれば生まれるほど、虚血性心疾患(心筋梗塞)、2型糖尿病、本態性高血圧、メタボリック症候群、脳梗塞、脂質異常症、精神発達異常、骨粗しょう症等の生活習慣病、閉経の早期化等の発症リスクが高くなること」が明らかとなってきました。
それではなぜそのようなことが起こるのでしょうか。
2型糖尿病や本態性高血圧の患者さんを調べても、遺伝子変異が原因で発症するのは30パーセント程度にすぎません。栄養が不足した子宮内で発育すると、遺伝子の働きを調節するメカニズムが大きく変化して、少ない栄養でも生き抜くことの出来る体質が作られます。しかし、生まれた後は、過剰な栄養・運動不足・厳しいストレス等という現代社会特有とも言うべき生活が待ち受けています。少ない栄養でも生き抜くことのできる体質をもっていると、その影響をより強く受けることとなり、そこで病気が起こります。病気はこの2段階を経て起こると考えられるのです。この体質は世代を超えて続いていきます。
しかし、小さく生まれると必ず皆が病気になるわけではないことは、ぜひ理解してほしい大事な点です。小さく産まれると病気になりやすい体質を持っていますが、必ず病気になるのではなく、リスクが高くなるだけであり、予防が可能なのです。例えば英国のチャーチル元首相は未熟児で生まれています。それがあのような大政治家となっているのです。それを考えますと、生まれた後の育て方、ライフスタイルでその予防は十分に可能であると知って頂ければと思います。
なぜ、日本では小さい子供が多く生まれるのか、その背景を考えてみます。
栄養面を中心に考えますと、まず、女性のやせ願望です。やせて妊娠すると早産や出生体重の低下が起こりやすくなります。実際、女性のやせ願望は強く、やせ女性の割合は相当高いのが今の状態です。妊娠前のやせは避けるべきで、妊娠前からの栄養が重要です。低出生体重児を少なくするにはBMIが21.3以上の体格が望ましいという結果も私たちは得ています。
続いて、妊婦の低い栄養状態です。浜松医大の久保田君枝先生(当時、現在は聖隷クリストファー大学)の研究では、1日のエネルギー摂取量は全経過を通じて、1600~1700キロカロリーに留まっていました。妊娠末期の必要なエネルギー量は約2500キロカロリーでありますから、驚くべき低栄養状態といえます。中には1000キロカロリー以下の妊婦さんもいます。栄養摂取量が著しく不足しており、中には飢餓に近い方もいます。今の時代あり得るのかと疑問に思われるかもしれませんが現実なのです。もちろん、この数値は平均であり、十分栄養を摂取している妊婦さんもいますが、もっと栄養を考えてほしいと思います。
そして、妊婦の体重増加の制限の問題です。厚生労働省や関連学会は体格に応じた、推奨体重増加量を示しています。厚労省の指針を表に示しました。

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BMIが18.5未満の“やせ”体格では、9~12キロ、“ふつう”の体格で7~12キロ、BMI25以上の肥満の人では、個別に対応しますが5キロ前後の増加を推奨しています。これは目安であり、神経質になる必要はありません。産婦人科学会ガイドラインでも、明確に「厳しい体重管理を行うエビデンスが乏しい」として、個人差を考慮した緩やかな体重の指導を勧めています。
一部で厳しい制限を聞くことがあります。しかし、私たち周産期医療関係者は、安全なお産ができるように、日々神経・肉体をすりへらして診療にあたっています。母体死亡例が著しく減っている事はそれを示しています。ただし、妊娠高血圧症候群などの合併症の予防のために、体重増加を厳しく指導しておられることも考えられます。
ちなみに、中国では妊婦の体重増加量は著しく、4000グラム以上の巨大児が多く生まれていますが、小児肥満、小児糖尿病が多く発症しています。体重の増加制限はこのような極端な方には必要です。厳しくなくても良いですが、極端な例には体重増加の抑制は行わねばならないのです
病気の発症リスクを抑制するには、大きく二つあります。
まず、胎児に病気を起こしやすい体質が作られないようにするために、妊娠前からの栄養を必要十分にとることです。妊娠中・育児中を含めて、必要十分な栄養をバランスよくとることです。一部の栄養素を除き、初期・中期・末期と栄養の必要量が増えていきます。この栄養を必要十分にとることこそ、最も有効な予防方法です。
そして、小さく生まれても、その予防は可能であると考えています。まず徹底したスキンシップと母乳哺育です。母乳哺育はとても大事です。またそれ以上にスキンシップが大事です。スキンシップにより、脳内の遺伝子の働きを調節する機構は大きく変わるのです。 また小さく生まれたからといって、短時間に大きく育てないことです。母子手帳の身体発育チャートを十分活用して育児していくことです。また、愛情を持って育児に励んでいただくことはとても重要です。その他にも、多くの有効な方法が研究開発されています。
以上、次世代の健康が厳しい状況にある事を示しました。次世代の健康を確保することは日本の将来を決める重要な問題です。妊婦さんだけの問題と小さく捉えるべきではありません。男性はもちろん、社会全体で考えなければいけない状況に今あることを、みんなで考えていくべきだと思います。

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