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「トルコ 憲法改正の意味」(視点・論点)

同志社大学大学院 教授 内藤 正典

トルコでは4月16日に憲法改正のための国民投票が行われました。結果は、賛成が51.4%、反対が48.6%と、僅差で賛成が上回りました。
その目的は、大統領に強大な権限をもたせることにあります。首相をなくして大統領が直接閣僚を任命するほか、司法と軍に対しても、大統領の権限を強化しました。
この変更が、エルドアン大統領の独裁につながるとして、欧米諸国から厳しい批判を受けています。
きょうは、15年にわたって与党の公正発展党を率いてきたエルドアン大統領が、なぜ、ここまで権力の強化を図ろうとしたのかを考えていきます。

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話は今から十年前の2007年にさかのぼります。この年の4月、トルコの国会は大統領選挙を迎えていました。当時は、議会が大統領を選んでいました。前の大統領は憲法裁判所の長官で政治家ではありませんでした。政治の実権は首相であるエルドアン氏が握っていました。
与党はアブドゥッラー・ギュル外務大臣を大統領候補に立てます。当選するには1回目と2回目の投票では、議員総数550人の3分の2にあたる367票が必要でしたが、与党の議席は少し足りません。3回目の投票で過半数を得れば当選というルールなので、過半数の議席を持つ与党は、あと2回投票をすればギュル大統領を選出できるはずでした。
しかし、イスラムを政治に反映させる与党を嫌っていた野党の共和人民党が、思いがけない戦術をとります。2回目の投票をほかの野党とともにボイコットしたのです。そうすると、議場には選出に必要な367人がいないことになります。その状態で選挙をしても無効だと憲法裁判所に訴え、裁判所もこれを認めてしまいました。

野党が議場に行かずに選挙は無効だと訴えたことは、筋がとおりませんでした。
共和人民党というのは、建国の父、アタテュルクがつくった政党で、トルコの政教分離を擁護し、イスラムが政治の舞台に出ることに反対してきました。この党の支持者は、おもに都市部のエリートや軍人です。
軍部は、政教分離の監視役です。イスラムの政治勢力が台頭すると、クーデターを起こして介入してきました。
エルドアン首相は、野党が大統領選挙をボイコットしたことに怒りをあらわにしました。
大統領選の混乱に拍車をかけたのが軍部です。イスラム色のつよいギュル外相が候補となったことに不快感をかくさず、ウエブサイトに警告文を掲載しました。
建国の父アタテュルクが定めた政教分離の原則を崩すつもりなら、軍は決然たる態度を示すという内容でした。インターネットをつかった軍の脅しです。
エルドアン首相は、軍の政治介入は民主主義の否定だと強く反発し、即座に議会を解散し、総選挙にうってでます。その結果、与党は、ふたたび過半数を占めます。
やり直しの大統領選では、前回投票をボイコットした別の野党が議場に来たため、3回目の投票でようやくギュル大統領が誕生しました。
エルドアン首相は、その年、大統領を国民の直接投票で選ぶための憲法改正をはかり、国民投票にかけます。結果は70%近い賛成。つぎの大統領選でエルドアン氏は自ら候補となり、トルコ史上、初の国民が選んだ大統領に就任したのです。
エルドアン大統領は、今回、4月16日の国民投票で、裁判官の人事に対する大統領権限を強化しましたが、その背景には十年前の大統領選での混乱がありました。
それに加えて軍事法廷を廃止し、軍人の犯罪も民間人と同じ法廷で裁くことにしました。
クーデターを起こしても軍人の責任が問われないのでは、軍が政治介入する危険を払拭できないからです。

トルコでは、昨年の夏にも、軍の一部が反乱をおこすというクーデター未遂事件が起きました。軍が政治に介入する脅威は、いまだに現実のものだったのです。
事件後、エルドアン政権は、猛烈な勢いでクーデターに関与した人たちを逮捕し、関係する企業、学校、メディアを閉鎖に追い込みました。
EU諸国は、政権に批判的なジャーナリストが、軒並み弾圧されていると非難しています。その一方で、トルコが現在、きわめて困難な状況に置かれていることには、あまり関心を示しません。
隣国シリアは国家が崩壊し、300万人を超える難民がトルコにいます。EUは昨年の3月、これ以上、トルコが難民をヨーロッパに出さないことと引き換えに、トルコ国民のEUへのビザなし渡航を認めると約束しました。しかし、EU側はこの約束を果たそうとしません。
今回の国民投票で、エルドアン政権は、トルコ出身者の多いドイツやオランダに閣僚を派遣して、選挙キャンペーンをしようとしたのですが、オランダでは、外務大臣の乗った飛行機が着陸を許されず、ドイツではエルドアン政権側の集会が禁止されました。
外交上、きわめて非礼な態度をとったオランダやドイツに対して、エルドアン大統領がナチスやファシストにたとえて激しく非難したため、EUとの関係はかつてないほど悪化しています。EU諸国は独裁が進むとトルコのEU加盟はなくなると主張しています。しかし、トルコ国内にはすでにEU加盟待望論など、ほとんどありません。
ただ、EU加盟交渉が断絶ということになれば、トルコは、再び、シリア難民をEU側に流出させる可能性があります。さらに数十万の難民がヨーロッパに押し寄せれば、EUは確実に危機に陥ります。

トルコは、シリアでの戦争を終わらせるうえで、きわめて重要なプレイヤーです。昨年末、シリア第二の都市アレッポが政府軍によって奪回されたとき、反政府側支配地域の住民を救出するために、ロシアとの停戦合意にこぎつけたのもトルコでした。

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強い権限をもった大統領でないと、この難局を乗り切れない。そう考えた人びとは、今回、賛成票を投じました。
他方、反対票も48.6%とかなり高い水準に達しています。
エルドアン大統領の任期は2019年までですが、今回の憲法改正によって、再度立候補して当選すると、さらに長い期間、大統領をつとめることが可能となります。
与党支持者のなかにも、そこまで長期にわたって1人の人間が権力を手にすることへの懸念があります。
それに、エルドアン氏の次の大統領に誰が就任するかが大きな問題です。有力な政治家を次々に遠ざけたエルドアン大統領、周りにはイエスマンしか残っていません。
半数近い国民が反対票を投じたということは、トルコ国民が、すぐれたバランス感覚で、この国民投票に答えたものと言えます。実際、この状況では、大統領がなんでも思い通りにことを進めるのは困難です。
エルドアン大統領の強権化で、内外の反対勢力との溝が深まることは確実です。しかし同時に、中東地域の秩序をこれ以上崩壊させないためには、トルコに強い政権が必要なことも否定できません。
今回の国民投票の結果は、トルコが内外ともに極めて困難な状況にあることを率直に映しだしたものと私は考えています。

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