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「熊本地震 文化財の復旧復興に向けて」(視点・論点)

日本イコモス国内委員会 事務局長 矢野 和之

震度7の揺れを2回記録した、熊本地震の発生から1年が過ぎました。
一連の地震では関連死を含め200人を超える方が亡くなり、19万棟あまりの住宅が被害を受けましたが、熊本城をはじめとする、地域の文化財もまた大きな被害をうけました。きょうは熊本地震で被災した文化財の復旧、復興の問題についてお話ししようと思います。

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熊本地震による被災文化財の種類と数は次の通りです。未指定を含めると10倍程度にのぼるかもしれません。
国指定文化財、地方指定文化財、登録有形文化財の他、多くの未指定文化財の保存問題が露わになりました。未指定文化財が一気になくなる危機にあります。ここに地震の怖さがあります。

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熊本城の石垣が大規模に崩落したことはよく知られていますが、中でも主に明治以降の修復個所が多く崩落しました。清正時代の石垣の被災は少なかったのです。
高い石垣を積む技術は16世紀後期から17世紀前期の約50年で完成しました。この時代の石垣が強固であったということです。
城下町では、西南戦争で一旦焼けた後に復興した町屋など多くの被害が出ました。酒造会社の蔵も大きく破損しました。

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熊本藩独特の存在で、城下以外に住む侍のことを在御家人といいますが、その屋敷は武家屋敷と豪農の特徴を併せ持つユニークな存在で、多くが被災しました。
また、集落の中心的存在である神社なども多く被災しました。
さて、地震による文化財被害で失われていくものは何でしょうか。
まず地域のシンボルの喪失です。

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熊本城は熊本のシンボルですが、各地の歴史的建造物なども地域のシンボルです。喪われた時にその存在にあらためて気付くでしょう。
次に都市の品格や地域の品格の喪失です。
歴史的建造物の存在は、京都を例に出すまでもなく、都市の品格を醸し出す重要な要素であることはいうまでもありません。今回、熊本市という歴史都市は大きなダメージを受けました。城下町も重要です。
3つ目に文化の喪失です。
熊本には、江戸時代から育まれた文化があります。例えば、肥後菖蒲、肥後芍薬を護り育ててきた家もあります。その伝統文化は地域の財産です。
4つ目はコミュニティーの危機です。

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江戸時代からの祭が伝えられている神社などは地域の絆を育んできました。神社が無くなるとすれば、コミュニティーに大きな影響が出るでしょう。
最後に観光資源の喪失です。
歴史的建造物は、持続可能な観光開発の資源であることは、観光政策の基本的位置づけとなっていますが、その将来的な経済効果が失われることになります。

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日本イコモスでは、地震の2週間後に現地入りし、被害状況の調査を行いました。
この時強く感じたのは、「今後どうしたらいいか」と、途方に暮れている文化財所有者に対
する適切なアドバイスの必要性でした。
文化庁は、日本建築士会連合会などを通じて、いわゆる「文化財ドクター派遣事業」を行い、歴史的建造物の被災全容が明らかになってきました。
そして、文化財レスキューの活動として、動産文化財、古文書や美術工芸品などの救出事業がおこなわれました。
ここで重要なのは、単なる修理への技術的アドバイスだけでなく、支援を受けるための具体的な方法など親身になってアドバイスすることだといえます。
これまでの震災では、行政と民間の協力により知恵を出し合って、文化財の復旧支援方法を模索していった事例があります。
阪神淡路大震災では、未指定文化財の被災状況の把握が大変でした。その教訓から、
「登録有形文化財制度」が生まれました。この制度により、東日本大震災では被災把握に効果を発揮し、復興基金の運用により手厚い支援ができた地域もあります。
また、文化財保存専門家の養成が広く推進されています。
今回の熊本地震でも、日本イコモス国内委員会、日本建築学会、日本建築士会連合会などが熊本地震被災文化財支援に関する要望書を出し、強くアピールをしてきました。
そして、文化財復旧のため、すでに、いくつかの支援がはじまっています。
国の支援としては、災害復旧の場合補助金の上乗せがされますが、熊本城の被害が史跡と建造物にまたがっているため、総合的で緻密な計画が求められます。
復興基金からの支援は、神社社殿などをコミュニティー施設として復旧することになりましたが、一件あたりの金額が少なすぎるのが現状です。

歴史的建造物の復旧に大きく寄与しているのが、中小企業庁の支援です。
また、地元財界や個人などの寄付で、熊本県に「熊本地震被災文化財等復旧復興基金」が
設立され、登録文化財や未指定文化財等に対し修理工事費の三分の二ないし二分の一が支援されることとなりました。
この新しい仕組みは待ちに待ったものといえますが、所有者は同時に
公費解体も申請しており、修理と解体の両睨みの状況です。
今後スピードある運用が求められています。

国際的には、ワールドモニュメントファンドにより城下町の一部への支援が検討されています。
行政の支援と同時に、きめの細かな支援を行うために民間団体と連携することが重要といえます。例えば「熊本まちなみトラスト」がNPO法人化され、復旧の手助けをする予定となっています。

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支援が決定したとは言え、負担が大きすぎるため、所有者の中には保存を望むものの、結局は解体せざるを得ないのではないかと悩んでいます。また、所有者が高齢化しているため、いつまで残せるか不安を感じているのが実情です。
さらに、新たな方向性の模索もおこなうべきだと思います。
「ピンチをチャンスに」。より良い復興を考えることが求められているのです。
熊本城では修理時の調査によって新たな価値を見出せます。
例えば、宇土櫓が現存する最古級の天守遺構で、国宝クラスの重要な文化財であること
などが証明できると思います。石垣の崩壊のメカニズムを解明し、伝統技術と安全性の調和をはかる事ができれば、その結果は全国に波及するでしょう。
また、優秀な石工の育成ができる可能性があります。全国のベテラン石工の下、熊本城で育成を目指すことが求められます。
城下町では、いろいろな省庁の協力が必要です。
例えば「歴史的風致維持向上計画」の策定を急ぎ、城下町の復興に国土交通省の支援も必要でしょう。
自力復旧を断念する場合でも、建造物の貸与、譲渡によって宿泊施設やレストランなどに活用する道を開き、解体を阻止できるのではないでしょうか。
今後の大きな課題としては、激甚災害の適用を受けた場合、登録文化財や価値の認められる未指定文化財に関しての公的支援を可能にする法律が望まれます。
今回熊本地震では、文化庁の「近代和風建築総合調査」の途中であったため、未指定の住宅系の歴史的建造物がある程度把握されていました。このようなリストが存在しない場合、支援対象の把握に時間がかかります。京都府では「文化財暫定登録制度」が新たにできましたが、これは災害時の対応に実に有効となります。  
加えて、国際的には紛争だけでなく、自然災害復旧支援協力の必要性がさけばれています。
被災した文化財の多くは国民共有の財産です。所有者の努力には限界があります。皆で護り続けていくことが今求められています。

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