NHK 解説委員室

解説アーカイブス これまでの解説記事

「北朝鮮情勢は転換局面に入るか」(視点・論点)

慶應義塾大学准教授 礒﨑敦仁

北朝鮮をめぐっては、拉致問題や核・ミサイル、脱北者など話題が尽きません。わが国の主要メディアは、北朝鮮がミサイル実験を行うたびにニュースとして報じているため、その重要度や緊迫の度合いが分かりづらくなっているともいえましょう。
私は、昨年からの状況は、1990年代前半に見られました第一次核危機と同様に危険な水準にあると見ておりました。1994年当時、アメリカのクリントン政権は北朝鮮に対する爆撃を本気で考えていたとされていますが、トランプ政権の対北朝鮮政策はより不透明で、しかも現在の北朝鮮は核兵器を保有していますので、緊迫度はさらに高いと言えるかもしれません。

s170420_1.png

キム・ジョンウン政権に入りましてからのこの5年間、その将来を展望するのは、前政権のキム・ジョンイル政権以上に難しい状況にあります。政策変化をパターン化して分析するほどの蓄積がわれわれに無いことに加え、最高領導者たるキム・ジョンウン朝鮮労働党委員長、国務委員長に関する核心的な証言が得られていないからであります。キム・ジョンイル総書記、国防委員長が死去した際には、「集団指導体制」への移行可能性について論じられたり、キム・ジョンウン委員長の叔父で2013年に処刑されたチャン・ソンテク氏が「後見役」と評されていたことは記憶に新しいところです。さらに現在は、アメリカ側の動きも読みづらいという新しい要素が加わり、情勢分析はいっそう困難なものになっています。

そのような中、ピョンヤンでは故キム・イルソン主席の生誕105周年記念行事が開催されましたが、一部報道でその可能性について論じられていた、核実験やICBM=大陸間弾道ミサイルの発射はありませんでした。トランプ政権による対北朝鮮政策の見直しが終わったとされる今、北朝鮮情勢は転換局面に入ったのでしょうか。
まず注目したいのは、先週11日に開催されました最高人民会議、これは北朝鮮の立法機関、いわば国会に当たるものですが、ここで外交委員会という国家機関の設置が発表されました。19年ぶりの復活です。

s170420_2.png

キム・ジョンウン委員長がスイスに留学していた時代に駐スイス大使の職にあり、その後昨年まで外相を務めていたリ・スヨン氏が委員長に就任しました。メンバーには、20年前の第一次核危機や六カ国協議などで対米交渉を担ったキム・ケグァン氏などが入っていることから、北朝鮮は強硬姿勢から対話モードへの切り替えを図ろうとしているのかもしれません。

s170420_3.png

先週15日に行われた軍事パレードでは、5年前の閲兵式の時とは異なり、キム・ジョンウン委員長自らは演説を行わず、朝鮮人民軍のチェ・リョンヘ総政治局長が発言しました。その内容を分析しますと、意外にも北朝鮮なりに自制をしていることが分かります。つまりその演説は、あくまでもアメリカが攻撃してくるならば北朝鮮は反撃する用意があるというものであり、北朝鮮側から先制攻撃するだとか核実験を強行するといった明確なトーンにはなっていません。
2013年には「休戦協定の白紙化」を宣言し、自ら危機を醸成した北朝鮮が、いつのまにやら対話攻勢に入っていったことがありました。トランプ政権は、最大限の圧力をかけるものの、レジームチェンジは行わない、つまり体制崩壊を求めないとの方針を示したこともあり、今回もそのようになる可能性があります。
今後、核を保有したままの北朝鮮が対話をしようというメッセージをアメリカに送るとしましたら、トランプ政権がそれに乗るかが焦点となるわけです。トランプ大統領は「全ての選択肢がテーブルに乗っている」と述べています。つまり、北朝鮮への先制攻撃のほか、大胆な政治的決断による米朝接近の可能性も残されていることには留意しなくてはなりません。

私は先月までの2年間、ワシントンDC中心部にある大学やシンクタンクで北朝鮮研究に従事する機会を得ました。その2年間に実感致しましたのは、アメリカ政府にとっての北朝鮮問題の優先順位の低さであります。
昨年、北朝鮮は2回の核実験に加え、20回以上に及ぶミサイル実験を強行しました。その結果、ワシントンにおける北朝鮮への関心が高まったことは間違いありません。オバマ政権末期には北朝鮮問題の深刻さが認識されるようになり、トランプ大統領に引き継がれたといいます。ワシントンでは、オバマ政権が掲げた「戦略的忍耐」への批判は非常に強いものがありました。北朝鮮に対して核・ミサイル開発の時間的猶予を与えてしまったという理解であります。その反動もあり、トランプ大統領は北朝鮮に対して「先制攻撃の可能性も辞さない」といった強硬な発言を繰り返してきました。
北朝鮮に対する関心度は高まったものの、内外に多くの課題を抱えるトランプ政権は、ピョンヤンを攻撃すれば北朝鮮の体制は崩壊する、と単純に考えていたのかもしれません。しかしこれは、韓国や日本への反撃の可能性とともに、北朝鮮体制の強靭さも含め、もっと精査すべき議論です。
われわれは、少し異なる文脈ではありますが、9年前に北朝鮮体制の危機とその克服を目撃しています。2008年8月、キム・ジョンイル総書記、国防委員長が突然の病に倒れた頃のことです。その後あっという間に、非常に若く無名で経験不足とまで言われたキム・ジョンウン氏が後継者として指名され、今や最高領導者として5年以上も君臨している状況にあります。最高領導者が中心の体制とはいえ、そのシステム自体が盤石だという側面を看過してはならないのであります。
トランプ政権にとって北朝鮮問題は重要課題となっているものの、他にもそのような重要課題を数多く抱えているからこそ、議論が精緻化されず、強大な政治リーダーシップによって一気に事態が流動化する可能性は念頭に置かなくてはなりません。

一方、わが国政府の対北朝鮮政策ですが、その目的はどこにあるのか、いまひとつはっきりしません。喫緊の課題と言われて久しい日本人拉致問題ですが、小泉純一郎総理が拉致被害者5人を奪還してから今年で早や15年になります。とても悠長に構えているような問題ではありません。
この間、北朝鮮憎し、北朝鮮許すまじという国民的感情から、北朝鮮に対しては制裁一辺倒で、対話や交渉が必要だといった議論は封じ込められるほどの勢いがありました。
しかし、誠に遺憾ではありますが、制裁だけで北朝鮮を動かすことはできませんでした。外交目標を達成するために、手段は柔軟であるべきです。手段と目標の優先順位を逆転させてはなりません。トランプ大統領は対北朝鮮政策について、「すべての選択肢がテーブルに乗っている」と述べています。わが国も、制裁を緩めることはできないものの、理不尽ながらも交渉する、という態度を選択肢としてきちんとテーブルに乗せておく必要があるのではないでしょうか。
北朝鮮をとりまく情勢が緊迫した状態にあることは確かです。米朝両国に相互理解が欠如し、思わぬ事態を引き起こす可能性が残されているからです。しかし、危機を煽る報道には冷静に接しなくてはなりません。北朝鮮がわずかなりとも対話の姿勢を見せはじめたならば、その潮目の見極めをチャンスに変えることが必要だと考えます。

キーワード

関連記事