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「最新の人口推計が示す日本の未来」(視点・論点)

静岡県立大学 学長 鬼頭 宏

去る4月10日に、国立社会保障・人口問題研究所が新しい「将来推計人口」を発表しました。この推計では、2006年以来、出生率がゆっくりと回復してきたことを反映して、前々回(2006年)、前回(2011年)の推計より、人口減少も老年人口割合の上昇も多少緩やかになる、との見通しが示されています。

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とはいえ、出生率中位、死亡率中位での推計でも、人口は2065年には8808万人、2115年には5056万人と、100年前の大正初期の水準まで縮小すると予測しています。老年人口割合が現在より10ポイント以上上昇して38.4パーセントと、一段と高齢化が進むことに変わりはありません。
この度の推計で注目すべき点は、本推計と同時に「条件付推計」を発表した点です。出生率や、国際人口移動を大胆に仮定して、出生率が上昇したり、移民が増えたりすれば、どの程度人口減少が緩和され、いつごろ人口を安定させることができるかを示しています。
しかし、出生率を上げて人口減少を食い止めさえすれば、問題が解決するかというと、そう簡単ではありません。少子化の主な要因は著しい晩婚化と、生涯を未婚で過ごす男女が増えていることです。その背景には、女性の高学歴化、社会的進出と出産の両立困難、非正規雇用の増加による不安定な雇用と低所得、固定的なジェンダー観、子育ての負担、じゅうぶんではない公的な支援、シングル志向、子供嫌いの風潮、未来への不安など、多岐にわたる要因が働いていると考えられます。
このような一連の課題を解決するには、人々の意識や価値観、社会の慣習や制度を大きく変えることが必要不可欠です。大げさに言うならば、社会システムのパラダイムシフトが起きなくてはならないのです。大変な時代になった、とお思いの方もいらっしゃるでしょう。私たちは、歴史的な転換点に立たされていると言わざるをえないのです。
人口の歴史を振り返ってみましょう。

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人口減少は私たちにとって初めての経験ですが、過去には人口が減退した時代が何度もありました。日本の場合、縄文時代後半、平安から鎌倉時代、江戸時代後半と、少なくとも3度ありました。21世紀は4度目の人口減退期に当たるのです。
過去に人口が減少したのは、気候変動や疫病によって、大勢の人が死んだからだと考えられてきました。確かにそのような側面は否定できないのですが、根本的な原因は違います。ある社会の中で、人口が増加した結果、生活空間や利用できる資源にゆとりがなくなったり、さまざまな矛盾が生み出されて生活が困難になって、人口増加にブレーキがかかったとみるべきなのです。
それでは、人口の減退期は悲惨で不幸な時代だったかというと、必ずしもそうではありません。人口や経済の量的な拡大が望めなくなった時代ではありましたが、新しい文化的な伝統が完成されるとともに、次の時代への準備がなされた、大変重要な転換期と見るべきなのです。
例えば、縄文時代後半には植物の管理や栽培が始まっています。縄文農耕の経験は、次に来る稲作文明を受け入れる土壌になったと考えられています。
鎌倉時代には耕地拡大が停滞する中で、西日本を中心に人口が減少しましたが、中国から貨幣が輸入されて、年貢を貨幣で徴収する荘園が増えました。荘園内には市が開かれ、商品経済への動きが始まっています。
その後、貨幣の使用は南北朝時代から戦国時代にかけて全国に広がります。江戸時代には独自の統一的な貨幣が作られ、全国を市場経済の網が覆うようになりました。農民も市場経済化に刺激を受けて、生産力を向上させます。人口も大幅に増加しました。しかし17世紀末期の元禄期になると、耕地、森林、草地、水など、資源の制約が現れるようになります。人口を増やすことができないので、出生率を意図的に抑制しようとする動きが起きました。
しかし、そのような時代であったにも関わらず、農村では綿業、養蚕・製糸業、機織り、醸造などの農村工業化が進展しました。それにつれて庶民の読み書き能力も向上しました。こうした経験が、明治になって産業化を進める上で、大きな役割を果たしたことが認められています。人口増加によって社会が直面するようになった困難は、次の時代を作る弾み車になったと言ってよいでしょう。
それでは、人口減少が進む21世紀は、どのような方向へ向かっているのでしょうか?はっきりしていることがあります。その一つはエネルギー資源の転換です。産業文明は石炭、石油、天然ガスなどの化石燃料に支えられて発展しました。しかしこれらは有限であるとともに、地球温暖化を引き起こしました。したがって、次世代エネルギーは、自然力やバイオマスを利用した再生可能エネルギーに向かうでしょう。また、ロボット、人工知能(AI)、情報通信技術(ICT)を駆使した情報技術社会への転換が進んでいます。このような技術進歩によって、働き方や住まい方は大きく変わることでしょう。産業文明に続く、新たな文明への転換です。
家族も変わります。工業化が進むにつれて、伝統的な家族が消え、核家族化が広がりました。しかし、核家族は子育てにとっても、高齢者の介護にとっても、都合の良い形態ではありません。近代以前には40年にも届かなかった寿命は、今や2倍以上の長さです。しかも、多くの人が高齢者になれる時代です。家族を支える新しい仕組みが求められています。
成人男子が労働力の中心である時代は終わり、女性も、高齢者も、障害を持つ人も、外国人も、それぞれが、それぞれの仕方で参加できる社会の実現が求められています。

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私が住んでいる静岡県では「ふじのくに型人生区分」が提唱されています。老年は77歳、喜寿を迎えてから、と大幅に引き上げられています。大事なことは、年齢に関係なく、一人一人が体力や能力に合わせて働くことができる社会の実現にあります。一人一人の生き方は多様であってよく、性別や年齢などの属性に縛られることのない社会の実現が目指されるべきではないでしょうか。時代はダイバーシティーからインクルージョンへ、すなわち多様性の追及から、すべての人々が社会参加できる包括的な社会への転換が始まっているのです。
エネルギー資源、産業技術、家族の形、包括的な社会、支え合いの仕組みなど、今はバラバラに起きている変化の流れがより合わさって大きな流れとなる時に、どんな社会が生まれるのでしょうか?私たちはそれを待つのではなく、どのようなライフスタイルを実現できるかを、ひとりひとり想い描くべきです。未来への展望が開けるようになれば、若い人々が希望を持てるようになり、安心して結婚や出産に踏み切ることができるのではないでしょうか。急ぐべきは出生率の回復ではなく、安心できる未来社会のデザインを描くことなのです。
人口推計は将来を絶望させるような「予言の書」ではありません。どのような未来を創ることができるかを考え、未来を設計するための材料として「人口推計」を大いに活用しようではありませんか。

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