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「生き物はスゴイ」(視点・論点)

生物学者 本川 達雄
 
最近、「4人に1人が自殺したいと思った」というニュースがありました。住みにくい世の中を反映した話なのでしょうが、これほど多くの人が死にたいと思うのは、異常でしょう。
近頃「夢をかなえよう」「私らしく生きよう」「自己実現しよう」という言葉をよく耳にします。自己実現して、何者かにならなければ意味がないんだ、ただ存在しているだけでは無意味なんだ、という考え方が広まっているのではないでしょうか。でも夢を実現するのは簡単ではありませんから、死にたいと思う人がでてくるのではないかと私は推測しています。
私は生物学者です。生物を見ていると、生きているだけでもスゴイことだ、余計なことなど何もしなくてもいい。こうして生きていることに、ものすごく意味があるのだと思われてきます。
最近、生物はそれぞれスゴイんだ、という本をだしました。生きていくためにこんなスゴイことをやっている。「われわれ脊椎動物だってスゴイんだぞ!」と、この本の中で褒めちぎっています。
そこで本日は、われわれ自身がスゴイ存在なんだと、生物学の視点から、自分自身を褒める話をします。スゴイ、スゴイと褒めちぎって、元気の出てくる話にしたいなと思います。

私たちの体が、何からできているかご存じですか。水です。体の6割が水なんですね。細胞の中身にいたっては、8割が水。生物はもともと海の中で生まれたからこうなっているのでして、これだけの水があって初めて生きていけるのが生物です。昔から生物は海の中で暮らしてきました。その一部が陸に上がったのがわれわれの祖先です。

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陸に上がるのは大変でした。この図を見て下さい。陸と水の中で、どちらが暮らしやすいかを比較したものです。暮らしやすい方に○がつけてあります。これを見ると、圧倒的に水の中の方が暮らしやすいんですね。
陸に移るためには、解決しなければならない問題が山ほどありました。それをすべて解決して、われわれは今、大地の上にいます。これはスゴイことなんです。では、何が問題だったか、主な点を見ていきましょう。

まず、水の問題を解決しなければなりません。体は水の入った器のようなものですから、放っておけば水は蒸発してなくなってしまいます。そこで陸の動物は体の表面を、水を通しにくいものでしっかりと覆いました。われわれの場合は皮膚、爬虫類なら鱗、鳥は羽毛、けものは毛、そして昆虫はクチクラです。
こうして節水に努めても、やはり水は逃げていきます。とくに呼吸するときに逃げるんですね。汗をかいても逃げます。だから水を飲まねばなりません。「飲まず食わず」と言いますが、人間の場合、食わずの方は3ヶ月近く大丈夫らしいのですが、飲まなければ1週間ともちません。体内の水の約1割を失うと死に至ります。

水不足で干からびてしまう心配は、とくに体の小さい時期、つまり卵や精子や胎児の時期に大問題になります。体が小さければ体の割には表面積が大きく、水が逃げていきやすいんです。そこで陸の動物では交尾をして、精子を直接メスの体内に送り込みます。こうして精子を外気にさらさないようにしています。そして受精した卵は、母の胎内で育てたり、立派な殻をつくってその中で育てます。生まれてからも、ある程度育つまでは、親が乳や軟らかくした餌を与えることが多いのですが、それは後ほど述べるように、陸の食べものは消化しにくいからです。以上、子づくり・子育てはまことに面倒ですが、これが陸に住んでいる者の宿命です。海の中では卵や精子をただ放出すれば、親が面倒をみなくても、自然に受精して育っていきます。
陸では、体を支えるのも大変です。地球の重力が働きますから、それに押しつぶされないよう、しっかりとした骨格系が必要になります。水の中だと浮力が働いて、重力をほとんど打ち消してしてしまうから、こんな必要はありません。
さらに水の中だと、動いて行くのも楽なんですね。体がふわふわ浮いており、無重力状態のようなものですから、ヒレをさっと動かすだけで、体が進みます。さらに水の流れに乗ってしまえば、何もしなくても長距離移動ができます。陸では重荷を背負って進まねばなりません。その時、ただ前に体を運ぶだけでは済まないんです。べったりと地面に体をつけたまま、ズリズリと進むと、地面から大きな摩擦抵抗を受けます。そこで足をはやして、体をグイと持ち上げながら進みます。持ち上げるだけでも結構なエネルギーがいり、さらにそれを動かすわけで、歩いたり走ったりするのは泳ぐのに比べて10倍近くのエネルギーがいります。
動物というものは、まず餌を探し歩かねばなりませんが、それは大変なことなんです。
いざ食べものが手に入っても、そこから先も大変です。陸の食べものは手強いんです。とくに植物が手強い。消化の大変さは、腸の長さを比べてみればよくわかります。人間だと腸は身長の4.5倍ほど。魚ではずっと短く、体長と同程度です。植物を食べるウシではなんと体長の30倍、60mもあります。

植物の細胞は、1個1個が硬い細胞壁で包まれています。ちょうど細胞が弁当箱に入っているようなものなんですね。この箱をどんどん積んでいって、植物は重力にも風にも負けない体をつくっています。だからこそ餌としては扱いにくいんですね。細胞壁は丈夫なセルロース繊維でできています。動物はセルロースを消化する酵素をもっていませんから、細胞壁をむりやり砕いて壊さないと、中身を食べられません。細胞1個ごとに壁を壊すのですから、手間がかかります。われわれは立派な顎をもっていて、挽き臼のような歯が生えていますが、これでよく噛んで破砕します。それから長い腸で時間をかけて消化します。消化に腸内の微生物の力を借りる動物もたくさんいます。微生物にはセルロースを分解する酵素をもつものがいるからです。胃や腸の一部をふくらませて、微生物のために特別の培養室を作っている動物も結構います。
陸の動物を食べる場合でも、やはり事態は大変です。体が丈夫なクチクラや毛皮で包まれていますから、これを取り除かねばなりません。

今、毛皮の話が出ましたが、陸では気温の変化が激しいから、防寒コートがいるんです。空気は水にくらべ、あたたまりやすく、さめやすいからです。それに対処するために、哺乳類と鳥は、自力で体を温めて体温を一定に保っています。これには莫大なエネルギーがいります。恒温動物は変温動物の10倍ものエネルギーを使っており、それをまかなうためにも、われわれはせっせと苦労して食べなければならないのですね。
まだまだ陸での生活には大変な点があるのですが、それを大変とも感じずに私たちは暮らしています。これはスゴイことです。体は文句もいわずに、こんなスゴイことをし続けています。けなげだなあと思いませんか。

本日は、われわれの仲間である、4本の足をもつ脊椎動物をスゴイ、スゴイと褒めあげました。「ただ生きたって無意味だ」などと思う必要はないんですよ。生きていることは、生物学的には、スゴイ意味のあることだと私は思っています。もちろん人間はただ生きているだけではなく、もっと高級なこともやっているのですが、それでもまず、生きていることを充分尊重する。その上で、より高級なことを考えるのが良いと、私は思います。
この生きていることをまず尊重するというのは、他の生物に対しても考える必要があることなのですね。
現在、生物多様性が急速に失われています。これに対処するには、自分自身も含めて、それぞれがスゴイんだから、大事にしよう、一緒に生きていこう、という姿勢が必要なのではないでしょうか。

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