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「2017年 中国の経済政策を考える」(視点・論点)

日中産学官交流機構 特別研究員 田中 修

3月5日―15日、中国の国会にあたる全国人民代表大会(全人代)が開催され、初日に李克強首相が、2017年の主要な政策方針を説明する政府活動報告を行いました。
今日はこの報告のうち、経済政策関連部分の注目点についてお話ししたいと思います。

まず、前提として今の中国指導部の経済に対する見方をご説明します。
2015年から習近平指導部は、中国経済がこれまでと全く異なる、新たな段階に入ったと考えるようになりました。これを経済の「新常態」(ニューノーマル)と呼んでいます。

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経済の新常態の下では、次の「4つの転換」が進むことになります。
まず、成長率は高成長から中成長へ転換します。
次に、経済規模や成長率の高さを重視する考え方から、経済の質・効率を重視する考
え方に転換します。
三つ目は、生産や設備をどんどん拡大していく方向から、生産の調整・過剰設備廃棄
の方向への転換です。
四つ目は安い資源や低賃金の労働力に頼る発展から、技術革新・イノベーションによる発展への転換です。
つまり、もう高度成長は終わったのであり、経済が中成長に移行していることをよく自覚し、経済の構造をそれに合わせて調整・改革していかなければならないとしたのです。
李克強首相は、就任以来、マクロ経済政策の刷新を進めています。これは、経済指標のうち、雇用指標(新規就業者増と都市失業率)とインフレ率を重視し、この2つの指標が年間目標をクリアしていれば、経済成長率が年間目標より多少上下にぶれても、経済は合理的な範囲内にあると考え、安易な景気対策を打ち出さず、経済の構造調整と構造改革にまい進するという考え方です。このため、これらの経済目標が経済政策にとって極めて重要となります。

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では2017年の経済の主要目標をみてみましょう。
GDP成長率目標は6.5%前後となりました。
成長目標を引き下げた理由としては、経済の現実に合わせたということではないでしょうか。中国経済はすでに高成長から中成長へと転換していますので、そもそも高い目標を設定することには無理があります。一定量の雇用を確保できれば、それほど高い成長率にこだわる必要はありません。
2016年の成長目標が「6.5%~7.0%」と過大に設定されたため、結果的に昨年前半は、成長率の足をひっぱりかねない経済改革は停滞しました。今回の成長率変更は、その反省の意味もあるでしょう。
ただ、中国は2020年のGDPを2010年比で倍増するという目標を定めていますので、これを達成するには今後4年、年平均6.5%前後の成長が必要です。

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消費者物価上昇率は3%前後です。
2016年9月以降、工業製品出荷価格(PPI)がマイナスからプラスに転じ、その後も急速に上昇しています。もし、PPIが川下産業・消費者物価に波及すれば、インフレが発生する可能性もあり、これが金融政策のあり方にも影響を与えています。
新規就業者増は1100万人以上、都市登録失業率は4.5%以内としています。
都市新規就業者増の目標が、昨年より100万人増えました。
2017年は、795万人の大学卒業生など多くの新規労働力が市場に参入し、加えて設備過剰業種のリストラにより、従業員の転職需要がある程度増えると予想されます。他方で、サービス業が発展するに伴い、雇用の吸収力が高まっていますので、6.5%前後の経済成長でも1100万人の雇用目標を実現できると考えられています。
2017年は不動産バブルとインフレ防止のため、金融政策が昨年よりやや引き締め気味に運営されており、企業の負担軽減のため大幅な賃上げも望めないことから、この成長率目標は穏当といえるでしょう。雇用目標については、あとで紹介しますとおり、今年は企業のリストラが強化されますので、従業員の配置転換・再就職をうまく進めることが課題となります。

さて、習近平指導部は、2016年から、中成長を維持する手段として、これまでの投資・消費・輸出拡大といった需要サイドの刺激よりも、供給サイドの質を
高めて、生産性と潜在的な成長率(成長の実力)を高める方針に転換しました。これは、供給サイドが追いつかないのに需要サイドだけを無理に刺激すると、バブルやインフレが発生してしまうからです。

具体的には5方面の構造改革が行われています。

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まず過剰設備の削減です。
2017年は、鉄鋼生産能力5000万トン前後、石炭生産能力1.5億トン以上を圧縮・削減すると同時に、火力発電の生産能力を5000万キロワット以上淘汰します。過剰設備を抱え経営の成り立たない「ゾンビ企業」の合併・再編、破産・清算を推進し、従業員の再就職を進めるとしています。

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次に、住宅在庫の削減です。
地方都市の住宅在庫が依然としてかなり多いので、この在庫削減を最重点としています。住宅価格の上昇圧力が大きい大都市については、投機・投資目的の住宅購入に対するコントロールを強化し、不動産バブルの発生を防ぎます。

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三つ目に、債務比率の削減です。
金融以外の企業、とりわけ国有企業の債務比率の高さが問題となっており、この引下げを最重点としています。

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四つめは、企業のコスト引下げです。
税負担、行政的な手数料負担、「年金・医療・失業・労災・出産保険と住宅積立金」の保険料率、エネルギー使用・物流等のコストを引き下げ、これによって余った資金を研究開発に振り向けさせ、イノベーションを進めようというものです。

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最後に、経済の弱い部分の補強です。
2017年は特に「貧困地域と貧困人口が経済社会にとって、最も弱い部分である」とし、農村貧困人口を1000万人以上減らすとしています。今年は社会の調和・安定が重視されていることの反映でしょう。

この供給サイドの構造改革以外にも、2017年は改革として、民間企業の市場参入を促進するため、私有財産権の保護の強化を図るほか、規制緩和、国有企業のスリム化・健全化、金融リスクの管理強化を進めるとしています。
このように、習近平指導部は、中成長の実現に向けて経済の構造調整・構造改革を進めていますが、この成否は今後5年間の指導部のリーダーシップにかかっています。
政府活動報告は、「2017年は第19回党大会が開催され、党・国家の事業の発展において重大な意義をもつ1年である」と位置づけています。今年秋に開催される党大会では、党最高指導部のメンバーの多くが入れ替わると考えられており、今年は政治的に大変重要な1年となります。
このため政府活動報告は、「経済の穏やかで健全な発展と社会の調和・安定を維持し、素晴らしい成績で19回党大会を迎えなければならない」としています。この年に経済・社会が混乱すれば、指導部の責任問題となり、人事抗争に発展する可能性があるからです。
昨年秋から習近平総書記は党の「核心」と呼ばれるようになり、権威が高まりましたが、その強い政治的影響力が真に構造調整・構造改革に向けられるかが持続的な中成長実現のカギであり、本年秋の党大会での人事が注目されます。

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