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「子どもが扉を開く時 ~親の役割~」(視点・論点)

お茶の水女子大学 教授 宮里 暁美

乳幼児期の教育、保育は学校教育の始まりに位置し、親子共に初めての経験に満ちています。子どもたちは集団生活を経験しながら自分というものを形作っていきますが、保護者もまた、我が子を他者の手へ委ねる経験を通して新たなステージに立つのだと思います。
保育園、こども園、幼稚園の入園にあたり、子どもが扉を開き新しい一歩を踏み出すその時に、親はどうあったらいいのかということについて、「子どもが扉を開く時~親の役割」というテーマで考えてみたいと思います。

私は大学の教員ですが保育現場にもかかわっています。ある保護者から「先生たちは、子どもの今を大切にと言うけれど子どもの将来を思うと心配で」と言われたことがあります。
将来のことを思うと心配という話を聞きながら見えてきた、親が「不安」をいだくようになる構造です。

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イジメや青少年の犯罪などの事件が報道される度に膨らむ不安、他の子と比較したときに生じる焦りなど、我が子へ向けるまなざしには、さまざまな感情が入り混じります。そこに「よい親」でありたいという思いも加わり、育児の負担感や漠然とした不安が生まれていきます。
自分のことよりも我が子のことになると、不安も期待も大きくなる、それが親ではないでしょうか。
周りに相談にのってくれる人がいないと、不安はさらに増大していきます。
「ストレスが強くなる兆候は、自分の意のままにならないものを許容できなくなることだ」といいます。
子育てとは、まさに自分の意のままにならないことの連続ですし、子育てが親の意のままにできてしまったとしたら、そのことのほうが問題です。育ちの主体は、親ではなく子どもなのですから。
元気いっぱいに入園すると思った子が、いやがって泣くかもしれない。元気に登園していたのに急に嫌がり出すかもしれない。予想外のことはいくらでも起こります。でも、それでいいのです。そうやって、子どもは「自分」になっていくのですから。

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つまり、我が子が新しい扉を開くその時に、親として心しておくべき最も大切なことは、「意のままにならない状態を受け入れ、その状態につき合うという覚悟を決めること」なのです。
子ども自身が踏み出す、はじめの一歩を支えるために、大切にしたいポイントは4つあります。
ポイント1、子どもがする準備おとながする準備。
ポイント2、はじめを丁寧に。
ポイント3、小さな不安をため込まない。
ポイント4、同じものを見て、感じて、のんびり過ごす です。
日々の生活の中で心がけたい4つのポイントです。くわしく説明しましょう。

「子どもがする準備」というのは、体をよく動かして遊び、よく寝て食べて機嫌よく過ごす生活のことです。これができていれば、「準備は整った!」のです。「できないと苦労するから」と先のことを心配して、あわててあれもこれもさせようとするのではなく、入園を楽しみにしながら、今を楽しく過ごしておく、それが大事だと思います。
では、「大人のする準備」とは何だと思いますか?私の子どもが保育園に通っていたころに出会ったお母さんで、名前と一緒に小さなトンボの刺繡をつけていた方がいました。トンボの刺繍をしながら「これ持っていくのね」とお子さんと話している姿が目に浮かび、いいなぁと思ったことを思い出します。入園を楽しみにする気持ちが広がっていく準備、これが「大人のする準備」だと思います。

園では、入園当初、保育時間を短く設定する場合がよくあります。仕事をしている方はたいへんですが、この「慣れ保育」の期間がとても大事なのです。短い保育時間からスタートすることで、「少ししたら迎えに来てくれた」とうれしく思い「明日はもっと遊びたい」という気持ちになります。はじめを丁寧にすると、あとがとてもいいのです。
お家の方が迎えに来ると、飛びつくようにして抱き付いたり甘えたりする子どもがいます。そういうときは、しっかり受けとめましょう。お母さん、お父さんは子どもの心の安心基地なので、そうやって、子どもたちは安心して戻れる場所を確かめながら、もっと先へと進んでいきます。「何をして遊んだの?」と質問攻めにするのではなく、ただ再会を喜ぶ。そういう関わりが大事だと思います。

園生活はいろいろな人とのかかわりの中で営まれています。保育者や他の保護者と挨拶を交わすことはとても大切です。不安や疑問はため込まないことが大切です。
心の中に芽生えた小さな不安をそのままにしておくと、いつかそれが不満になっていく。さらに悪いことが重なっていくと不信になってしまう。これを私は、不安・不満・不信という負の連鎖と名付けました。
このような残念な状況にならないように、私は、一人一人の保護者に声をかけていくようにしていますが、是非、保護者からもアプローチしてほしいと思います。相互に働きかけ合う関係がいいですね。
小さな不安をためこまず、対話することで小さな安心が生まれる。不安と安心の間を行ったり来たりしながら、いつしか信頼にかわっていくと思います。
また意見を伝えるときに、連絡ノートやメールなど文字だと思いが募り強い言い方になってしまう傾向があるように思います。できるだけ、顔を合わせて話すことが大切だと思います。

園からの帰り道は、お母さんやお父さんを独り占めできるうれしい時間です。手をつないで歩いたり、自転車に乗ったりしながら、心が重なる時間になるといいですね。夕焼けがきれいな日には、一緒に空を見上げてみることをお勧めします。仕事をしながらの子育ては時間との勝負ですが、急がば回れ。ほんの数分ゆっくりするだけで気分はゆったりします。

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この写真は、親子でダンゴムシを探している写真です。「どこにいるかな?」「あ、ここにいた!」と喜び合う声が聞こえてくるようです。親子で一緒にしゃがみこみながら一緒に笑い合ったこと、それはうれしい記憶として残っていくでしょう。  
新しい生活の始まりは親も子も疲れるものです。休日は、1週間頑張ったから遠出して思い切り遊ぼうとするよりは、慣れ親しんだ近所の公園などでのんびり過ごすのもいいものです。
同じものを見て、同じことを感じて、同じ風に吹かれて。そんな生活の中で、子どもは安心し、また自分から一歩を踏み出していかれるのだと思います。

「子どもが扉を開く時~親の役割~」というテーマでお話ししました。
 家庭という安心な場所から一歩踏み出し、保育園や幼稚園、こども園などの場に入っていく子どもたちは、集団生活の中でしか味わえない多くの経験をしていきます。さまざまなモノやコト、ヒトと出会います。出会いやかかわりの中で、自分自身でつかみとっていくことが力になっていきます。一人として同じ子どもはいません。みんなそれぞれに違う物語を紡いでいく、それが育つということなのだと思います。
季節は春です。お子さんが、集団生活を始めるのは、喜びの入り口の扉を開けることです。どうぞ、ドキドキワクワクしながら親子で一緒に扉を開けてください。

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