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「パククネ大統領弾劾と韓国政局」(視点・論点)

早稲田大学大学院教授 李鍾元(リージョンウォン)

 韓国のパク・クネ大統領が、3月10日、憲法裁判所から罷免を宣告されました。▼韓国の憲政史上、現職の大統領が弾劾訴追で失職したのは初めてです。また、1987年の民主化以来、任期を全うできなかった最初の大統領ということになりました。
 今回の弾劾審判で焦点となったのは、大統領の権力のあり方でした。

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当初、国会の弾劾訴追は9つの項目からなるものでしたが、憲法裁判所はそれを5つの争点に整理しました。①私人の国政介入による国民主権主義と法治主義の違反、②大統領の職権乱用、③言論の自由の侵害、すなわちパク大統領関連の疑惑を報じた新聞社への圧力、④セウォル号沈没事件対応での国民の保護義務の違反、⑤収賄などの違法行為、
などの5つです。
これらのうち、憲法裁判所は、▼③と④については、パク大統領自身が直接関与した明確な証拠が不十分であり、大統領の職責義務の意味も抽象的である、などの理由で、弾劾の事由には至らないと、退けました。⑤の収賄などの刑事法違反は判決文では取り上げられていません。
 罷免の理由として認定されたのは、▼①と②、すなわち、公式の職位を持たない私人であるチェ・スンシル氏による国政への介入と、それを助けるために、パク大統領が自らの地位と権限を乱用した、という点でした。大統領の知人で支援者でもあるチェ・スンシル氏が文化やスポーツ関連の財団を設立し、私的な利権を追求する過程で、パク大統領自身が、政府の機密文書を渡し、企業に寄付を促したりするなどの行為に関与したことは、「憲法と法律の重大な違反」であるという判断でした。

 憲法裁判所がとりわけ重視したのは、このような違反行為が「在任期間の全般にわたって持続的に行われた」ことでした。つまり、1回や2回、知人の便宜を図ったのではなく、繰り返し行われ、ほぼ常態化したということです。さらに、チェ・スンシル氏関連の疑惑が表面化したときには、それを隠蔽し、関係者を取り締まるなど、真相解明を妨害しようとした点が厳しく批判されました。その事実を踏まえて、パク大統領には「憲法を守る意志がみえない」とし、罷免に値すると判断したのであります。
アメリカのニクソン大統領の場合も、ウォーターゲートの民主党本部への盗聴だけでなく、その捜査を妨害し、証拠隠滅を図ったことが、弾劾を進める重要な理由になったことを思い出されます。
 今年で1987年の民主化からちょうど30年です。節目の年に大統領の弾劾という事態が起きたことは象徴的です。韓国の政治において、今回の弾劾が持つ意味について、2点ほど指摘したいと思います。
 第1に、現職の大統領の罷免は、確かに異例の状況ではありますが、あくまで憲法の規定に基づくプロセスであるという点です。戦後、韓国の歴史で、任期を全うできなかった大統領は少なくなく、今回が初めてではありません。しかし、これまでの場合は、流血の抗議デモや軍事クーデター、あるいは暗殺といった、非常事態による大統領の途中交代でした。それに対して、今回は、大統領の問題行為を憲法の枠組みの中で処理した点が注目されます。その意味で、韓国の民主主義の制度が機能しているとみることができます。
 第2に、韓国政治の構造的な問題が明らかになり、その改革が今後の課題として浮上した点です。

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今回、一人の裁判官は判決文に補足意見を付け加えて、「非公式の個人・組織による国政介入、大統領の職権乱用、財閥企業との政経癒着」などを「帝王的な大統領制」、すなわち強大な権限を持つ大統領制が生んだ「政治的な弊習(弊害となっている慣習)」と呼び、その清算のためにも弾劾は必要であると論じました。パク大統領側は、訴追された争点について、以前にもあった「大統領の統治行為」であると主張しましたが、そのような権力観を厳しく批判したものです。
さらに、パク大統領の権威主義的な統治スタイルが憲法秩序を乱したという判断が今回の判決の趣旨ですが、そのような事態を引き起こす構造的な問題への指摘でもあります。現に、民主化以後も、大統領の周辺に利権を求める人々が群がり、親族や側近をめぐるスキャンダルが絶えませんでした。1987年以来、政治制度は民主主義的なものになったけれども、意識の面では依然として古い権威主義が残っていて、様々な問題を起こしました。まずは、そのような政治風土を刷新するとともに、弊害を生んでいる構造そのものを改革する必要性を指摘したものといえます。

最近、憲法改正の論議が提起されているのも、同じような背景によるものです。その焦点は、大統領の権力の制限であり、分権型大統領制、首相の権限拡大などが議論されています。現行の「5年1期」という大統領の任期は副作用が多く、「4年2期まで」に変えるべきだという意見もあります。問題はその時期です。一部では、大統領選挙に合わせた改憲を主張していますが、時間的に余裕がなく、実現は難しいことでしょう。いずれにせよ、大統領選挙後は、憲法改正の論議が浮上する可能性があります。
韓国の政局は、5月9日に予定される選挙に向けて走り出しています。

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これから選挙戦が本格化しますが、現在のところ、革新系の野党の候補が圧倒的な優位に立っています。最新の世論調査によると、支持率で上位5人のうち、4人が野党であり、
1位のムン・ジェイン氏をはじめ、3人は最大野党・「共に民主党」の所属です。保守系としては、旧与党の自由韓国党所属のホン・ジュンピョ知事が5位に入っているのみです。
「政権交代」を求める世論の支持が、第一野党の有力候補に集中している形です。
最有力とされるムン・ジェイン氏は、パク・クネ政権の強硬な対北朝鮮政策や、日韓の慰安婦問題合意などを批判しており、彼が当選した場合、日韓関係が厳しい局面を迎える可能性もあります。しかし、彼を含め、誰が大統領になっても、国会で単独の過半数は確保できず、政権運営のためには、保守系を含め、他の政党から協力を得なければならない状況にあります。
また、北朝鮮の脅威が増し、中国との対立が激化する中で、韓国の外交的な選択肢は限られています。

国内的には、政治・経済的な「改革」の推進と、社会の「統合」とのバランスを図りつつ、不安定化する北東アジア情勢の中で、いかに現実的な外交の道を模索できるのか。次の政権は大きな課題に直面することになります。

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