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「宇宙エレベーター 可能性と新たな課題」(視点・論点)

宇宙エレベーター協会 会長 大野 修一

私たち、宇宙エレベーター協会では、ロケットの次に来る次世代の宇宙輸送機関である宇宙エレベーターを実現するために、さまざまな活動を行っています。今日は、宇宙エレベーターがなぜ望まれるのか、実現するとどんなことが可能になるのか、最新の開発状況や、その実現のための課題についてもお話させていただきます。

まずは、宇宙エレベーターがどういったものか、お話ししたいと思います。

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地球の周りにはさまざまな人工衛星が巡っています。それぞれの人工衛星は地上からの高さにより、地球を1周するのにかかる時間が異なります。なかでも、地上からの高さが3万6千キロの位置にある人工衛星は、ちょうど24時間で地球を1周します。地球も24時間で1回転していますから、この高さの人工衛星は地上から見ると、いつも同じ位置に見えることになります。こうした人工衛星を静止衛星と呼び、現在、気象観測や通信中継を行う、さまざまな静止衛星が活躍しています。
そして、地上から見て、いつも同じところに見える静止衛星なら、そこから地上までバランスを取りながらケーブルをおろしてきて地球につなぎ、これを伝って上り下りする乗り物を作れば、地上から宇宙まで行けるのではないか、というのが宇宙エレベーターの基本的なアイデアになります。

ここで、なぜ宇宙エレベーターが望まれるのかをお話ししたいと思います。現在、私たちが宇宙に向かうのに使えるのはロケットだけです。これまで、高性能なロケット開発を実現するために、世界でも最も優秀な人々が60年以上にわたり、努力を続けてきています。過去半世紀の間に、宇宙への貨物の輸送コストは数十分の一になり、最新のロケットでは静止衛星の高さまで、1キログラムあたりの50万円ほどで、貨物を運ぶことができるようになってきています。
一方、私たちの社会と経済を支えている地上の物流における輸送コストはどうでしょうか。現在、1キログラムの貨物を運ぶのに、航空機では1000円程度、船舶では数十円以下となっています。これにくらべると、今後ロケットのコストが大幅に下がったとしても、宇宙に貨物を運ぶにはまだまだ何百倍もコストがかかるのです。残念ながらこれでは、私たちの暮らしや経済に、宇宙が入り込んでくる余地はありません。
この状況を打開する方法はあるのでしょうか。

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私たちは宇宙エレベーターがその決定打ではないかと考えています。近い将来、宇宙エレベーターが普及すれば、宇宙への輸送コストはロケットの100分の1以下になると考えられています。多くの課題を乗り越えて、最初の宇宙エレベーターが作られれば、大小さまざまな、何十何百もの宇宙エレベーターが、地球と宇宙の間で大量の貨物を輸送するようになるでしょう。

現在、世界では宇宙エレベーターのコンセプトはまだまだ一般的とはなっていません。その実現のための具体的な活動が行われているのは、アメリカとドイツ、それに日本だけです。そんな中、現在の日本は非常に有利な立場にあります。

宇宙エレベーターには、鋼鉄の50倍以上という強じんな素材が必要です。そのための最も有力な候補となっているのは日本で発見されたカーボンナノチューブという素材です。

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私たち宇宙エレベーター協会でも、宇宙エレベーターで実際に使われる昇降装置の開発を促進するために、大学など国内の20ほどの団体とともに2009年から共同実験を行っており、気球を使った実験は高さ1.2キロメートルまで達しています。

その他、2050年に宇宙エレベーターを実現する計画を発表し、そのための技術開発と研究を行っている大手ゼネコンが日本にはあります。
また、昨年12月には宇宙エレベーターに関連する実験を行う小型衛星が種子島から国際宇宙ステーションに打ち上げられました。国立静岡大学が製作した「STARS―C」衛星で、国際宇宙ステーションから宇宙空間に射出され、現在軌道上で実験準備をしています。
さらに日本の学術界の代表機関である日本学術会議が2月に発表した、今後10年間にわたる学術研究計画についての提言「マスタープラン2017」にも宇宙エレベーターの研究計画が加えられました。
こうした状況は日本特有のもので、日本は宇宙エレベーター最先進国といってよい状況にあるのです。

では、いわば宇宙大量輸送機関としての宇宙エレベーターが実現すると何が可能になるのでしょうか。
国連による予測では、世界の人口はすでに70億人を超え、毎日ほぼ20万人増えており、今世紀末までに1110億を超えるということです。しかし、世界にはそれに見合うだけのエネルギーと資源を、気候変動を抑えながら確保する手段がありません。宇宙エレベーターはこうした問題を解決できると考えられています。
エネルギーに関しては、巨大なメガソーラーを宇宙空間に構築する宇宙太陽光発電衛星というものが考えられています。地上のような夜や天候による影響がない宇宙では、地上の20倍以上の効率で太陽光発電が可能です。このような巨大な施設を宇宙に作ることはロケットでは不可能ですが、宇宙エレベーターがあれば可能です。
また資源、特に鉱物資源に関しては、太陽系に散らばる何十万もの小惑星に大量に存在することがわかっています。宇宙エレベーターがあれば、こうした小惑星を現実的なコストでの開発することが可能です。

さらに、宇宙エレベーターにはもっと大きな能力があります。

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地球の自転とともに回転する宇宙エレベーターは、陸上のハンマー投げの要領で、宇宙船を遠くに投げ飛ばすことができるのです。宇宙エレベーター上に作られた火星行きのステーションから発射された宇宙船は、ロケットを使わずに火星やもっと遠い小惑星帯まで到達できるのです。やがて、月や火星、いくつもの惑星にある何十もの衛星、何百もの小惑星に宇宙エレベーターが構築されるようになると、太陽系全体をカバーする大物流網が出現するでしょう。人類は太陽系全体に広がっていくことが可能になるのです。

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最後に、宇宙エレベーターを実現するための課題についてお話ししたいと思います。
宇宙エレベーターを実現するには、数多くの技術的な課題を解決しなければなりません。宇宙エレベーターに必要な強じんな素材を高品質に大量に安く製造する技術は、まだ見つかっていません。また、3万6千キロもの高さを昇っていく乗り物も作らなければなりません。
しかし、本当の意味での課題は、技術的なものではないのではないでしょうか。船舶や航空機、原子力といった科学技術が進歩したとき、人々はこれを何に使ったでしょうか。人類は宇宙エレベーターというより強力な技術の使い方を、誤ってしまうことはないのでしょうか。そして人類共通のインフラとすることはできるのでしょうか。
人類は宇宙に進出することにより、無尽蔵のエネルギーや資源を手に入れることになるでしょう。想像を絶する広がりを持つ宇宙では、地上でいうところの領土や国家といった概念も意味を持たなくなるでしょう。その時人類はどんな社会を形作るべきなのでしょうか。現代のグローバル社会が抱えている、さまざまな問題を、宇宙的な規模に拡大してしまうことにはならないでしょうか。

どんな技術を実現するかは社会が決めることです。そしてどんな社会を望むかは人々が決めることです。宇宙エレベーターを実現するための課題とは、人々がどんな社会を求めていくかを考えることではないでしょうか。

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