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「東日本大震災から6年①」(視点・論点)

大阪市立大学大学院 教授 除本 理史

東日本大震災と福島第一原子力発電所の事故が起きてから、6年がたちます。政府は震災からの復興期間を10年間とし、前半の5年を「集中復興期間」、後半の5年を「復興・創生期間」と定めました。昨年4月にこの折り返し点を迎え、後半の1年目が、いま終わろうとしています。

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今年の3月31日と4月1日には、福島県内4町村、3万2000人に出されている避難指示が解除されます。政府は6年前、原発事故の発生を受けて、周辺住民8万1000人に避難指示を出しました。その後、政府は2011年12月に「事故収束」宣言を行い、避難指示区域を3つの区域に再編成する方針を示しました。さらに2015年6月、政府は3区域のうち帰還困難区域を除いて、避難指示を2017年3月までに解除するという目標を明らかにしました。う余曲折はありましたが、おおむね政府の方針どおりに、避難指示の解除が進んできたということができます。
こうした状況を耳にすると、福島の復興は順調であり、見通しは明るいと考えても不思議ではありません。しかし実際には、多くの課題が残されたままです。
第1は、住民の帰還の見通しがそれほど明るくないことです。避難指示が解除された地域では、今年1月時点で、住民の帰還率が13パーセントにとどまっています。放射能への不安だけでなく、医療体制の整備が十分でないなど、生活条件の再建が喫緊の課題です。また、今年4月以降も、帰還困難区域などの2万4000人には避難指示が継続されます。
第2の問題は、原発事故の被害が継続しているにもかかわらず、賠償の継続的な支払いが打ち切られる「終期」がみえてきたことです。
避難指示が解除されると、その1年後に避難慰謝料の支払いが終了します。地域のコミュニティーが崩壊したことなどによる「ふるさとの喪失」は重大な被害ですが、これに対する賠償はまだ行われていません。いったん壊れた地域社会をもとに戻すのは非常に困難ですから、避難指示が解除されても、ただちに被害がなくなるわけではありません。
商工業や農林業の営業損害も、賠償の打ち切り時期が明らかになっています。この問題に関して、福島県商工会連合会は昨年、県内の商工業者に対するアンケート調査を実施しました。最近発表された避難区域の事業者に対する調査結果をみると、原発事故の被害から回復するのが難しいという現実がよくわかります。

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震災から5年半がたっても、休業中の事業者は約5割にのぼり、特に小売業など、地域住民を対象とする業種で休業率が高くなっています。また、営業を再開した事業者でも、多くは利益が回復していません。これには、地元の顧客が避難で離散してしまったことが、大きく影響しています。調査結果から、事業の再開支援に加えて、再開した事業者が営業を継続するための支援も必要だ、ということがわかります。
避難区域の営業損害について、国の原子力損害賠償紛争審査会は、事故前と「同等の営業活動を営むことが可能」になる日まで、賠償を続けることが合理的だとしています。しかし、事故後6年を迎えても、こうした状況に回復しているとはとても思えません。
第3の問題は、避難者に提供されてきた仮設住宅が打ち切られようとしていることです。とくに、避難指示区域外からのいわゆる「自主避難者」にとっては、賠償や支援策が貧弱であることから、無償で提供される仮設住宅が避難生活を続けるための基本的な条件になってきました。住まいは暮らしの基盤ですから、打ち切りの影響は重大です。
打ち切りに代わる支援策もありますが、非常に限定的です。避難を継続する人たちには家賃負担が重くのしかかり、意に反して帰還を選ぶ人もでてくるでしょう。
2012年6月に成立した「原発事故子ども・被災者支援法」は、被害者一人ひとりの選択を尊重し、政策によって支援しようという理念をうたっています。仮設住宅の打ち切りによって予想される事態は、この理念に反するものではないでしょうか。
以上のように、福島の復興には多くの課題が残されています。復興を進めながらも、残る課題については、必要な支援策や賠償を継続すべきでしょう。
次に、賠償を含む事故対応費用について考えてみたいと思います。賠償や廃炉などの事故対応は、被害の回復と復興のために不可欠です。そしてその費用は、被害を引き起こした東京電力などの主体が負担すべきです。しかし、費用の一部がすでに国民に転嫁されており、それが今後さらに拡大しようとしています。
経済産業省は、昨年秋、2つの有識者会議を設置して、事故対応費用の負担問題などに関する集中的な検討を開始しました。議論は急ぎ足で進められ、早くも12月には取りまとめの文書が作成されました。
これほど急がれた理由は、事故対応費用の増大と、電力自由化の進展にあります。有識者会議に提出された資料によれば、事故対応費用は総額21.5兆円にのぼり、賠償はそのうち7.9兆円を占めます。

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大手電力会社のうち東京電力を含む7社は、これまで福島事故の賠償費用の一部を、電気料金によって消費者に転嫁してきました。これは2011年に成立した「原子力損害賠償支援機構法」による仕組みです。家庭の電気料金に含まれる賠償負担は、電力会社によりますが、1世帯あたり年間600円から1500円ぐらいになるという試算もあります。こうして電気料金から回収されたお金は、電力会社が支払う賠償の負担金に回されます。
しかし、電力自由化の進展によって、この仕組みを続けるのが難しくなっています。2016年4月から、小売の全面自由化が実施され、新規参入した電力会社からも、消費者は電気を買うことができるようになりました。新規参入した電力会社は、原発をもたないので、賠償の負担金を支払う必要がありません。したがって、そのシェアが拡大すると、電気料金によって賠償の費用を回収することが困難になります。
そこで有識者会議は、すべての消費者から徴収する新たな仕組みが必要だとして、送配電網の利用料である「託送料金」に、賠償費用を上乗せすることを提案しました。託送料金は、新規参入した電力会社から電気を買う消費者を含め、全員が支払います。託送料金に上乗せされる賠償費用は、総額2.4兆円にのぼります。
除染費用の国民負担への転嫁も進んでいます。政府は昨年末、帰還困難区域の除染に国費を投入することを決定しました。除染費用は、法律に基づいて東京電力に求償されることになっていますが、帰還困難区域についてはそこから切り離す措置がとられ、2017年度予算案に約300億円が計上されたのです。しかし、なぜ帰還困難区域の除染だけを別扱いにするのか、納得のいく説明はなされていません。国費投入は結局のところ、東京電力の負担を減らす救済措置となります。
いったん原子力発電所が事故を起こすと、このように巨額の費用負担が発生します。それでも私たちは原発を使い続けるべきなのか、あらためて問われています。
震災発生から6年を経た福島の現状は、原発事故の被害から回復することの難しさを示しています。政府が復興期間とする10年間で、問題が解決しないのは明らかです。長期の被害回復過程に、私たちはしっかりと向き合っていかなくてはなりません。

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