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「虐待と脳 回復の手だては」(視点・論点)

福井大学 教授 友田 明美

 愛着・アタッチメントは、子どもの発達にとって、とても大事なことです。
 愛着には3つの方法があります。目と目で見つめる、手と手で触れあう)、そして、微笑むことです。子どもが養育者から愛情をたっぷり受け取ることで安定した愛着が定着し、養育者は子どもにとっての「安全基地」となります。

 虐待やネグレクト(育児放棄)などの不適切な養育は愛着障害を引き起こします。
 日常的に養育者が子どもに暴言虐待や長期的な厳格体罰を与える、そうすると不安定な愛着が形成されてしまいます。

 養育者が外に出かけようとした時に、子どもは後追いもせず泣きもしません。
 養育者が戻って来たときも同様で、子どもは喜びもしないどころか、そっぽを向いたままです。このように不適切な養育が引き起こす愛着障害は、こころの発達に問題を抱え、さまざまな症状を表します。

 症状が内向きに出ると、他人に対して無関心になったり、用心深くなったり、イライラしやすくなったりして、他人との安定した関係が築けません。
 症状が外向きに出ると、多動で落ち着きがなくなったり、友達とのトラブルが多くけんかが絶えません。また、礼儀知らずとなり、対人関係に支障をきたしてしまいます。
 実は、虐待などが原因で、社会的養護を受けている子どもたちの40パーセントに愛着障害が発症することがわかってきました。これは、大変な数字なのです。

 子ども時代の虐待の影響で、精神を病む人が増えます。うつ病、アルコールや薬物の依存症、PTSD・心的外傷後ストレス障害、統合失調症、さまざまな人格障害を発症することがわかっています。そして、本人や家族を苦しめるのです。
 虐待の被害者は虐待を受けた子どもや家族だけではありません。
 その苦しみは他人、そしてまわり回って私たち社会に影響を与えます。
 もしかすると、被虐待者がイジメをするようになり、自分の子どもが被害を受けるようなことが起きるかもしれません。たとえば、社会に適応できずに経済的に困窮する人が増えたり、精神を病む人が増えることで、生活保護費や医療費の負担が増え、日本経済の悪化を招きます。児童虐待によって生じた社会的な経費や損失が、1年間で少なくとも 1兆6千億円にのぼることもわかってきています。この他に、心疾患や肺癌にかかるリスクが生涯で3倍にも高まり、寿命がなんと20年縮まることも知られています。もはや、個人の問題ではなく社会全体の問題となっています。

 実は大量のストレスホルモンが脳の発育を遅らせるのです。

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 幼児期に虐待ストレスを受け続けると、脳の中にある感情の中枢である扁桃体(へんとうたい)が異常に興奮し、副腎皮質にストレスホルモンを出すよう指令を出すのです。

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 そうするとストレスホルモンが過剰に放出され、脳にダメージを与えるのです。

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 アメリカのハーバード大学との共同研究でわかってきたことは、感情をつかさどる前頭葉が小さくなって、自分のコントロールができなくなり、凶暴になったり、集中力が低下したりします。暴言虐待により聴覚野が変形し、聴こえや会話、コミュニケーションがうまくできなくなったりします。両親間のDV・家庭内暴力を目撃すると視覚野が小さくなり、他人の表情が分かりにくくなり、対人関係がうまくいかなくなったりします。脳の形が変わるのは、「外部からのストレスに耐えられるように情報量を減らす」ための脳の防衛反応だと考えられています。

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 私たちの国内研究で分かったのですが、愛着障害がある子どもでは、本来なら無邪気に喜ぶ、おこずかいにさえも反応しなくなり、普通の子ども以上に、ほめ育てをしないといけないことが分かってきました。

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 しかも1歳ごろに虐待を受けると、ご褒美への脳活動がもっとも低下することが分かりました。いかに早い時期に虐待・ネグレクトを防がないといけないかを物語っています。
 実は、子どものときに虐待ストレスを受け続け、大人になって親になった時、今度は我が子に虐待・ネグレクトを繰り返してしまう世代間連鎖が起きることがあります。この虐待・ネグレクトは次世代に連鎖するのです。

 こういう仕事をしていると多くの方から「虐待を受けて、脳のダメージによる苦しみについて、その原因やしくみについて、明らかにしてくれた」と感謝の言葉をいただき、こんなにうれしいことはないです。
 たとえば、61歳の女性ですが、ご主人が被虐待者の家族からは「世の中このような人々がたくさんいるんじゃないかなあと思っています。先生、私も自分の気持ちに整理がつきました。60歳を過ぎてやっと安心して生活できます。」と書いてありました。ご主人は今でもうつ病を患っておられるそうです。また、自らも被虐待経験をお持ちの30代女性からは、「このように一般にも広めていただき、子どもの頃、被害にあって今も苦しんでいる者として、うれしいです。」という言葉を頂きました。
 もちろん、こういった虐待を受けた人でも、回復の道はあります。脳は20代後半まで成熟が続くため、適切な心理治療、たとえば、トラウマの治療や認知行動療法などがあるのですが、こころのケアで、傷ついた脳は癒やされるのです。
 ここで、考えてみてください。このような人たちを増やさないようするには、私たちはどうしたらいいでしょうか?いい日本語がありますよね、「おせっかい(お節介)」です。そうです、「おせっかい」が子どもを救うんです。

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 これは東京都の児童虐待防止啓発のキャラクターです。このように、もうすでに、お節介に活動をしている人がいます。子どもたちや子育て困難な親に無関心でないことが一番で、皆さんが養育者支援の主役になるのです。子どもは実の親だけでなく社会で育てていく視点で、近所の子どもたちに愛情のある語りかけをしたり、子育て困難な親に寄り添ったり、こういった家庭の情報を多機関につなぐ、こういうことで虐待の連鎖を断ち切ることができるかもしれません。

 もちろん、ひとりのお節介ではだめで、皆でお節介をやかないといけません。現在、どうやったら養育者に上手にお節介をやけるかと、分野を超えた仲間と研究をしています。

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 「学校、法律、施設、警察、研究、医療、そして地域社会が子どもの養育環境を守る」という、多領域と連携した研究に取り組んでいます。「虐待を防ぐ方法」だけではなく、「子育て困難に対する対策」を仲間とともに提案したいと考えています。虐待さえしなければ「子育て困難でもいい」とは言えないからです。

 政府が子どもたちにお金をかける場合、学童やそれ以降にかけるより、乳児期にかけたほうが、費用対効果が高い、言い換えると養育者支援にもっとお金をかけたほうが効果的です。起こった犯罪に対して厳罰を与えたり、病気になった人を治療したりするより、養育者支援の方がずっと高い効果が出ています。それだけ、社会の苦しみも減ります。
 子どもたちの笑顔を取り戻すためにも、そういった子どもたちや子育て困難な親に対する周囲の支援の必要性を提言します。だからこそ、皆さんひとりひとりが児童虐待に無関心にならず、養育者支援の主役として、できることからアクションを起こしていただきたいと思います。

 親が子どもを虐待する世の中、社会のシステムを変えなければいけません。 それは、皆さんひとりひとりの行動にかかっていると思います。

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