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「浮世絵と江戸の食」(視点・論点)

キュレーター・アートライター 林 綾野

近年、絵画鑑賞の楽しみ方は広がっています。美術館に足を運ぶ、画集を見て想いを膨らますなど、絵を楽しむ方法はさまざまです。作品をしっかり見つめる、解説を読んで理解を深める、ワークショップに参加するなど、鑑賞の可能性は広がっています。

絵を見ることは、誰かが思い入れをもって描いたもの、何かを伝えようとしたことなど、そうした人たちの「営み」を受けとめる「体験」でもあります。それは時に私たちを励まし、力づけ、人生に彩りを与えてくれます。
悩みに陥った時や、大切な人と死別した時など、私自身、美術作品や画家たちの生き方と向き合うことで「力」をもらったことがあります。

私は美術展の企画や画家の紹介、絵画の鑑賞レクチャーなど美術にまつわる活動をする中で、少しでも多くの方に美術の持つそうした「力」と出会っていただければと思っております。

とりわけ多くの人に親しみやすい「食ベ物」というテーマから美術作品を紹介する試みをして参りました。近年人気の高い「浮世絵」についても「食べ物」をキーワードに、江戸時代と現代という時を越え、同じ人間として感じうることがあるのではないかと思います。

今日は「江戸の食」に関連する3つの浮世絵をご紹介します。まず国芳による団扇絵『銘酒揃 志ら玉』を見てみましょう。
中心には、少し前屈みにしゃがみ込む女性の姿があります。彼女の顔はなにやら嬉しそうです。画面の左に水をはった大鉢があり白玉が沈んでいます。女性は器を手に穴のあいたおたまで白玉をすくっているところです。彼女の着る絞りの着物や、額や首筋に流れるほつれ髪は夏を感じさせます。

左上に「志ら玉」とありますが、これはお酒の名前です。「銘酒揃」というシリーズ名の周りには、杯や猪口などの酒器が描かれています。この絵は、もともと団扇に貼るものとして描かれたものですが、おそらくお酒の広告として 作られたのだと思われます。

「志ら玉」というお酒の名前にかけて、私たちのよく知る白玉が描かれているわけですが、赤い斑点が気になります。天保時代に、喜多川守貞という人が書きはじめた『守貞謾稿』という、江戸時代の百科事典のような文献の中に「白玉売り」という項目があります。そこには、おおよそこのようなことが書かれています。
「白玉は寒晒し粉を水と共に練って丸めて茹でて作る。砂糖をかけるか冷たい水に入れて食べる。汁粉に入れることもあるが路上で売られるものは冷水にはなすのがもっぱらであり夏に売られる。昔は白かったが今は赤い斑点があるものもある。」
今、私たちはあまり季節にこだわらず、店などで白玉を食べることができますが、江戸時代では主に「夏」の食べ物だったようです。赤い斑点もあったということで、当時の白玉はまさしくこの絵の通りだったというわけです。白玉をシンボルに、夏の場面を描いた団扇絵ということになります。夏、江戸では深い井戸からくんだ冷たい水が重宝されたといいます。その冷たい水にはなした白玉は、いわば夏の風物詩であり、暑さをしのぐオヤツだったわけです。実際、絵のイメージをもとに白玉を作ってみました。水にこうしてはなすととても涼やかです。暑いさなかに目にすれば、さぞ食欲を誘ったことでしょう。絵の中の女性が嬉しそうなのもうなずけます。
夏の暑さや白玉のつるっとつめたい食感、女性のわくわくした気持ちが、画面からぐっと伝わってきます。次の瞬間に、彼女がぱくっと白玉を食べる、そんな様子まで目に浮かんでくるようです。

次に三代目豊国による「卯の花月」という浮世絵です。「卯の花月」は旧暦の4月、今の5月くらいで、初夏にあたります。真っ白い卯の花が咲く頃で絵の中にもその姿が見られます。
長屋を背景に、画面の中心には魚をうり歩く男性がしゃがみ込んでいます。まな板の上でさばいているのは「初鰹」です。江戸の人たちはなにかと「初物」を好んだといいます。江戸の俳人、山口素堂が「目には青葉 山ほととぎす 初鰹」と詠んだように、初夏に食べる「初鰹」を江戸の人たちは楽しみにしていました。当時、レシピを紹介する料理本もたくさん出ており、そのうちの1つ「伝演味玄集」にある、鰹の膾という料理を実際に作ってみました。切った鰹に塩をふって、最後に酢をふりかけるというシンプルなレシピですが、しっかりとした鰹の味に塩気と酢の酸味が程よくさわやかな味わいです。魚をさばく男性の威勢の良さ、初鰹に惹かれて長屋から出てくる女性たちのざわめき、子供や犬までが興奮する様子が画面いっぱいに描かれています。左端におろし金と大根が見えますが、鰹に添えたのでしょうか。彼女たちはどんな風にこの鰹を食べるのか?そんなことを考えながら見るのも楽しいかもしれません。

最後は広重による「東海道伍拾参次 鞠子宿」の図です。静岡の山中に位置する鞠子は、今も昔も「自然薯」の産地です。すった自然薯にみそ汁を混ぜて作る「とろろ汁」が名物で、店先の看板にもそうあります。自然薯の旬は秋から冬で、看板も「立て看板」ですので、シーズン中のみ出しているのでしょう。
店には、酒の入ったチロリを前に、旅人らしい2人の男性が腰掛け、ひとりはとろろ汁を食べています。肩をあげて勢い良くかき込んでいますがこの「とろろ汁」どんな味がするのでしょうか。
自然薯の変わりにヤマト芋をつかって作ってみました。すった芋とみそ汁を混ぜ合わせるのにひと手間かかりますが、ゆっくり丁寧に混ぜていけば味噌の香りがする、ふんわりとしたとろろ汁に仕上がります。
旅人たちは夕暮れを前に、お腹を減らしながらこの「とろろ汁」を目指して懸命に歩いてきたのでしょう。徒歩で長旅にのぞむ当時の人たちにとって、各地の名物はお腹だけではなく心の糧にもなったのです。そんな江戸の「旅情」が伝わってくるようです。

このように、当時の「食模様」を紐解きながら浮世絵を見れば、絵の細部を見ることの面白さや、今に繋がる江戸の食文化という二重の楽しみを味わうことができます。
食べるという人としての共通項から、江戸の人たちの気持ちを想像し、浮世絵を楽しむ。絵の隅々まで見つめ想いを巡らすことで、それは自分にとって特別な1点になるでしょう。

浮世絵に限らず、ゴッホやモネのような画家たちの絵においても、同じように「食」をキーワードに読み解くことができます。彼らが何を食べたのか?実際それを調べ、再現してみると、料理をすることや食べることを通じて、画家たちと共感できる気がします。

浮世絵にしても油絵にしても、そこにどんな想いが託されたか想像し、感情移入することで、作品や画家たちを身近に感じることができるのではないでしょうか。美術作品と向き合う素晴らしさに、一人でも多くの人が出会ってくださればと思います。

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