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佛教大学 講師 田野中 恭子

皆さんの中には、高血圧や糖尿病など、体の調子の悪さから、治療をされている方がおられると思います。同じように、精神的な病気で治療が必要な方も多くいます。精神の病気と言われても、身近でなければ、イメージすることは難しいのではないでしょうか。
もし、あなたのご家族がうつ病や統合失調症などの精神疾患を患ったら、皆さんはどのような気持ちや生活になるでしょうか?
今日は、精神疾患を患う親のいる家族、特にその子どもについてお話します。
最初にある女性の例をご紹介します。

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現在、30代の女性Aさんは、子どものころ、両親と3人暮らしでした。Aさんが小学3年生の時に、お母さんがうつ病なりました。いつも優しい笑顔だったお母さんが別人のように無表情になり、布団から出られなくなりました。料理や掃除もできず、お父さんは仕事が忙しく、夕飯は買ってきたそうざいを食べていました。学校から言われたものを用意できず、悲しい想いをしたこともあります。うつ病の症状から、絶望的な思いを話すお母さんを心配して、学校に遅刻したり、欠席する日もありました。一方で放課後は、家に帰りたくなくて、夜のまちをふらふらと歩き、補導されたこともあります。
Aさんは、外では、この状況をわかってくれる人はいないので、お母さんの病気のことは絶対に話さないでおこうと思っていたそうです。そして、親の病気や家庭の様子が知られないように、うそをつくこともありました。当時を振り返り「自分のことも十分にできず、親の病気もあり、まるで暗闇の中で逃げ場のないような感覚だった」と話しました。
こうした子どもの経験として、これまでの研究から次のことがわかっています。

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・親の精神疾患について説明されていない子どもは6割以上との報告があります。説明されないことにより、不安をふくらませていくことがあります。
・また、混乱した親の症状に巻き込まれ、それが大人になってもトラウマとして残ることもあります。
・そして、親が家事や育児ができなくなると、特に幼少期の子どもの場合、料理や洗濯等のやり方が分からず、生活が困難になります。
・親の病状により、子どもの発達に影響を及ぼすこともあり、
・さらに、周囲の人からの理解のない言動に傷ついたり、不安な子どもに寄り添う人が少なく孤立しやすい、等があげられます。
全員がこうした経験をするわけではありませんが、困難な状況が明らかになっています。
では、こうした精神疾患を患う親と暮らす子どもはどのくらいいるのでしょうか。

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イギリスの調査では5歳から15歳のうち20%以上の子どもが、そしてドイツでは約13%、300万人の子どもが親の精神疾患を経験しているとされています。オーストラリアでも同様の報告があります。
日本では、こうした子どもの数は調査されていないので、わかりません。
ご参考までに、2014年の患者調査によると、

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うつ病を含む気分障害の患者は112万人で、年々増えています。また、統合失調症患者は77万人、医学的には100人に一人が発症するとされています。これらの数を合わせると、高血圧や糖尿病などに続いて5番目の多さになります。すべての精神疾患を加えると、総患者数は300万人を超えています。
精神疾患を患う人が増える中、その子どもの数も少なくないことが予想できます。
これまでご紹介しましたように、親が精神疾患を患うと育児環境が不安定になり、子どもの日々の暮らしや発達など、さまざまな影響を与えます。欧米では、40年ほど前から支援の必要性が認識され、取り組みが進んでいます。
その中で、子どもを支える要素としては、次のことがわかっています。

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まず、
・親の精神疾患について、子どもも説明を受け、親は病気であること、子どもや親自身が悪いわけではないという認識をもつこと、
・家族や専門職とともに、疾患とのつきあい方を学ぶことが大切です。
また、家庭においては
・安全な環境を確保し、
・親と子どもがコミュニケーションをとりながら、強い人間関係をつくること、
そして
・学校への興味、関心がもて
・健常な大人や友達との関係がある、等、親をケアする時間ではなく、子どもとして過ごせる時間を確保することが必要とされています。
具体的な支援の例として、例えばドイツでは精神疾患患者の家族は医療保険をつかって、基本的に自己負担なしでカウンセリングやセラピーをうけることができます。そして、子どもについては、困難や不安定な気持ちを抱えていても、自ら助けを求めることが難しい人たちととらえ、専門職から積極的にサポートしていく子ども支援プログラム「CHIMPs Children of Mentally ill Parents intervention program」をつくりました。現在、政府が補助金を出し、全国展開を進めています。

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このプログラムでは、まず専門職が子どもも含めた家族ひとり一人に生活や気持ちについて聴いたり、精神的な不安定さがないかを診断します。次に、専門職が同席して家族そろって話し合う場を設定します。親は専門職のサポートを受けながら自分の病気や気持ちを子どもに説明し、子どもは自分の気持ちや困っていることを伝えます。これからも続くさまざまな課題に対して、家族でコミュニケーションをとって解決を図るようにします。また、家族と生活支援サービスをつなぎ、継続して支援しています。
さらに、病院や児童相談所、行政などがネットワークをつくり、治療を受けていない親の子どもも見つけ出し、ケアにつなげている地域もあります。
このような子どもへの支援はドイツだけではありません。イギリスでは「メリデン版訪問家族支援」という心理教育があります。トレーニングを受けた専門職が家庭訪問し、疾患についての情報共有や家族による問題解決などを支援しています。
一方、日本では6年ほど前から、精神疾患を患う親のいる子どもの集いが三重県や京都市内等で行われており、ケアの必要性が高まってきています。
しかし、制度をみると、疾患をもつ親への育児支援につながるものはありますが、利用者は限られており、子どもを含む家族への支援が乏しいのが現状です。
学校では授業の準備や生徒指導など膨大な仕事を抱え、医療機関では患者の治療とケアに追われ、その家庭や子どもまで支援することは難しいです。結果的に誰からも気にかけられず、相談もできず、困難を抱えて暮らす子どもが少なくありません。
今後、日本でもこうした子どもの実態を明らかにし、海外の例も参考にして継続的な家族支援のしくみをくる必要があります。それには精神疾患がある親はもちろん、そのパートナー、子どもを含めた家族1人ひとりに目を向け、日々の生活や気持ち、発達に寄り添った支援をしていくことが必要です。
子どもに親の疾患や治療について説明し、困ったことがあれば相談していいよと伝えることも大切です。子どもが安心して成長できる環境を整えることは、子どもの心を守ることにもつながります。
精神疾患は誰もがかかりうる病気の一つです。本人と家族が心ない言葉に傷つかず、適切な支援を受けられるように、身近な医療職や教育者をはじめ、地域において精神疾患についての理解を進めることも重要になります。
精神疾患を患う人とその家族への理解、サポートが少しでも進むようにと思います。

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