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「揺れるJR北海道」(視点・論点)

鉄道ジャーナリスト 梅原 淳

国鉄の分割民営化からこの4月1日で30年を迎えます。7つのJR鉄道事業会社のうち、東日本、東海、西日本、九州の4社は株式の公開を果たしたいっぽう、北海道、四国、貨物の3社の経営基盤は弱く、JR会社間の格差はこの30年間で広がりました。
JR各社のなかで最も厳しい状況に置かれているのはJR北海道と言えます。沿線の過疎化が進んだ結果、広大な北海道に敷かれたおよそ2500キロメートル余りの路線のうち、利用者が極端に少ない区間が各所に見られるからです。
また、過酷な自然環境のもとにさらされる施設や車両の保守には、国内の他の地域と比べて大変な手間と費用とを要しています。
去年11月18日、JR北海道の島田修社長は重大な発表を行いました。

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10路線13区間合わせて1200キロメートル余りに上る線区の維持を同社単独で行うことは困難だと述べたのです。今回の発表が北海道の人々に与えた衝撃は大きく、対象の線区の沿線はもとより北海道全土に広がりました。仮にこれらの路線や区間がすべて廃止となった場合、道北や道東の大多数で鉄道が姿を消す恐れがあるからです。
島田社長は、対象となった線区の将来像について北海道など沿線の自治体、それから地域の交通事業者、さらには国や関係機関とも協議して決めたいとの意向を述べました。JR北海道としてはこれらの組織や団体に対し、利用者を増やす協力や資金、制度面での支援、事業の提携などを仰ぎ、それでも経営状況が好転しないようであれば営業の廃止もやむなしとの意向をもっています。
JR北海道は2015年度に鉄道事業で768億円の収入を得たいっぽうで483億円の損失を計上しました。2014年度も、2013度もほぼ同額の赤字を出しています。そうかといってJR北海道の苦境はここ近年に始まった出来事ではありません。実は同社は1987年の発足以来、鉄道事業で黒字を計上したことは一度もないのです。しかも、同社の経営難は国鉄の分割民営化が検討された1980年代初頭にすでに予想されていました。沿線に人口の少ない北海道での鉄道事業は国鉄時代から困難を極め、民営化後も毎年多額の赤字が発生すると見込まれたからです。
政府はJR北海道の発足に当たり、6822億円に上る経営安定基金を設けました。鉄道事業で生じた毎年の赤字はこの基金の運用益で埋め合わせられ、JR北海道が安定した経営を続けられるようにと配慮されたのです。
経営安定基金の運用益による経営方針は1990年代後半に行き詰まりを見せます。運用益の利回りは長期国債の金利を参考に年7.3パーセントとして設計されました。ところが、バブルの崩壊によって長期国債の金利は下落し、運用益の利回りも現在は3.73パーセントへと低下しています。この結果、施設や車両を更新するための資金が不足し、島田社長の発表のとおり、半数の線区が単独では維持困難な状況にまで追い詰められてしまったのです。
いまでこそ政府はJR北海道への支援に積極的に取り組んでいますが、1990年代後半当時の支援策は不十分でした。国鉄清算事業団が処理を担っていた約25兆5000億円に上る国鉄の長期債務は、1998年に約28兆3000億円にまで膨れ上がり、政府はその処理に追われていたからです。
JR北海道が実施した最大の経営努力はコストの削減でした。

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設立初年度の1987年度に約1万3000人が在籍していた社員の数は2016年4月には7000人余りにまで減っています。2013年度のJR北海道の線路1キロメートル当たりの保守費用は約5万円でして、本州のJR旅客会社3社の平均約22万円と比べると4分の1以下です。鉄道事業の赤字は1987年度に538億円もあったことを思いますと、2015年度の483億円という金額は血のにじむような合理化の成果と言えるでしょう。
これ以上のコスト削減が無理ならば、利用者を増やして売上の増加に努めるべきとの意見も聞かれます。しかし、こちらもほぼ限界です。
JR北海道の利用者数は1987年度の9600万人余りから1億3000万人余りへと増えました。それでも経営が苦しいのは収入と経営安定基金の運用益とで依然として費用をまかなえないからです。ならば運賃の値上げが有効となりますが、JR旅客会社の運賃は国の認可制のうえ、申請可能な運賃の上限はJR旅客会社間で営業コストを比較した結果に基づいて決められてしまうため、JR北海道の収支が改善される余地はほぼありません。この30年間のJR北海道の運賃の上昇率は、消費税関連によるものを除きますと7.0パーセントで、1987年から2015年までの消費者物価指数の上昇率13パーセントを下回っているのです。
実のところ、JR北海道が全線を自力で維持できるようにするために必要な運賃の値上げ幅は現状の5倍ですとか10倍などという極端なものではありません。
2013年度の収支をもとに試算してみます。この年は鉄道事業の赤字額がおよそ400億円経営安定基金の運用益が341億円でした。

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現状の運賃を1.09倍に引き上げて収入を60億円分増やせば鉄道事業の赤字は解消され、1.22倍に値上げして150億円分の増収を図れば施設や車両の更新資金として年間90億円を確保できます。現在の状況を見れば、政府はJR北海道に対して運賃の値上げを認めるべき時期に来ていると思います。
施設や線路を沿線の自治体が所有し、JR北海道は線路を借りて列車の運行事業に特化するといういわゆる上下分離も沿線の自治体による支援策として期待されています。でも、北海道には財政難の自治体が多いため、上下分離で生じるであろう年間600億円の費用を負担することは困難です。上下分離の実施によって沿線の自治体の財政が破綻する可能性が高まり、場合によってはJR北海道がこのまま営業を続けるよりも早い段階で線区の廃止が検討されるかもしれません。
沿線の自治体による現実的な支援策は運賃の値上げ分の補てんでしょう。運賃が値上げされれば定期乗車券の利用者の負担は大きくなるからです。負担額は運賃の上昇率が1.09倍でしたら年間9億円、1.22倍でしたら25億円となります。これでも厳しいのであれば、通学定期乗車券分だけでもよいでしょう。
国鉄の経営が破綻したときと比べ、いまはまだ希望があります。JR北海道は経営努力を怠っておりませんし、外国からの観光客が大勢訪れた結果、ここ数年利用者の数も増えているからです。少子高齢化が急速に進むなか、JR北海道が直面している問題は日本全国どこでも起きる可能性があります。国鉄の分割民営化から30年が経過し、1980年代に構築されたJRという制度は時代に合わない面も現れましたが、一部を修正すればJR北海道は十分再生可能です。例えば、現在期間限定で実施されている経営安定基金の積み増しの恒久化や向こう何年か分の経営安定基金運用益の保証、さらには国の責任で主要都市間を結ぶ線路を大規模に改修するといった施策が望まれます。問題の解決に向け、国は強力なリーダーシップを取ることが求められていると思います。

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