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「トランプ大統領の中東和平政策」(視点・論点)

防衛大学校 名誉教授 立山 良司

アメリカのトランプ大統領の言動は多くの問題で物議をかもしていますが、パレスチナ問題でも波紋を広げています。
トランプ大統領は2月15日に、ホワイトハウスでイスラエルのネタニヤフ首相と、大統領就任後、初めての首脳会談を行いました。選挙運動中、イスラエルへの全面的な支持を強調し、イスラエルにあるアメリカ大使館をエルサレムに移すと公約していただけに、パレスチナ問題やアラブ・イスラエル紛争にどのような姿勢で臨むのか、会談には多くの注目が集まりました。

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トランプ大統領はネタニヤフ首相との共同記者会見で、パレスチナ問題に関し、「2国家解決案でも1国家解決案でも、当事者が望む方法でよい」と発言しました。

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2国家解決案とは、イスラエルが占領しているヨルダン川西岸とガザ地区に、パレスチナ独立国家を樹立し、イスラエルとの共存を図るという取り組みです。アメリカの歴代政権は2国家解決案の実現を政策目標に掲げ、1993年に結ばれたオスロ合意もこの解決案を基本枠組みとしてきました。それだけに「どちらでも構わない」というトランプ大統領の発言は衝撃的でした。
では、他にどのような取り組みがあるというのでしょうか。

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ネタニヤフ首相は共同記者会見で、「アラブ諸国は今やイスラエルを同盟国と見ている」と述べ、「平和を達成する機会だ」と強調しました。
トランプ大統領も「我々は幅広い取り組みを議論した」と述べ、その取り組みに多くの国を関係させると説明しました。二人の発言からうかがえることは、パレスチナ問題の解決は先送りにし、アラブ諸国とイスラエルとの和平を優先するという考えです。
確かに多くのアラブ諸国とイスラエルは、イランの影響力の拡大やイスラム過激主義者のテロといった、共通の脅威に直面しています。こうした変化を背景に両首脳は、パレスチナ問題よりも、アラブ・イスラエル紛争への取り組みを優先する考えを示唆したのでしょう。
しかし、アラブ世界、さらにイスラム世界では依然として、イスラエルに対する強い反感やパレスチナ人への連帯意識があります。再びガザ地区とイスラエルとの間で軍事衝突が発生したり、エルサレムで暴力的な対立が続けば、アラブ諸国は国民の手前、イスラエルとの関係を改善することはできません。
ところで皮肉なことに、2国家でも1国家でも構わないというトランプ大統領の発言は、本人の意図とはまったく無関係に、現在のパレスチナ紛争が直面している本質的な問題に深く関係しています。パレスチナ国家を樹立し、2国家解決案を実現するための基盤が、大きく掘り崩されているという現実です。そのことを端的に示しているのは、ユダヤ人入植者が増え続けていることです。

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このグラフはオスロ合意が結ばれた1993年以来の、ヨルダン川西岸と東エルサレムにおける、ユダヤ人入植者の人口の推移を示したものです。このように、1993年以降も入植者の数は増え続け、ヨルダン川西岸では3.5倍にも増加しています。現在では,ヨルダン川西岸と東エルサレムの合計で、60万人を超えるとみられています。
トランプ大統領は就任前、イスラエルによる入植活動を支持する姿勢を示しました。そのためこの1か月ほどの間に、イスラエルは入植地での新しい住宅建設計画を相次いで発表しています。トランプ大統領は最近ややトーンダウンし、ネタニヤフ首相に、入植活動の一部自制を求めています。ただ、全面的な停止は求めていません。2月初めにホワイトハウスが発表した声明も、入植地の存在そのものは、和平の障害にはならないと述べています。しかし、入植地は和平実現の大きな障害です。パレスチナ独立国家を作ろうとしても、これだけの入植者を撤去させることはほとんど不可能だからです。
しかも入植活動の継続は、パレスチナ人が和平への希望を失う大きな要因となっています。入植活動の結果、パレスチナ人の土地が次々に浸食されているからです。

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このためパレスチナ人の間では、2国家解決案に対する期待は大きく減少しています。意識調査の結果が示す通り、2国家解決案を支持すると答えたパレスチナ人は、最近では半分以下になっています。また、2国家解決案の実現は「もはや不可能」という見方が、半数以上にも上っています。
もし2国家解決案が実現できないとすれば、選択肢は二つに絞られます。いずれも1国家解決案と呼べるものですが、内容はまったく違います。第1は東エルサレムを含むヨルダン川西岸とガザ地区を、正式にイスラエル領とする構想です。この場合、一つの民主的な国家になるわけですから、パレスチナ人にも参政権などを含め、ユダヤ人と同等な権利を与える必要があります。
イスラエルのユダヤ人のほとんどは、この第一のオプションに強く反対しています。

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この表にある通り、占領地を含め、イスラエルが現在支配している地域全体の人口を見ると、すでにユダヤ人とパレスチナ人はほぼ同数で、近い将来、人口増加率が高いパレスチナ人の人口がユダヤ人人口を上回ることは確実です。この推定によれば、2025年にはパレスチナ人が、ユダヤ人よりおよそ26万人多くなります。そうなれば、「ユダヤ人国家」として作ったイスラエルで、ユダヤ人は少数派に転落してしまいます。
1国家解決案と呼べる第2のオプションは、イスラエルの右派が長年主張してきたものです。彼らの主張によれば、ヨルダン川西岸などの占領地はもともと自分たちの土地なのだから、手放すことはしない。問題となる占領地のパレスチナ人には、同等の政治的権利を与えることはせず、自治権をだけを与え、力による支配を続けるという考えです。つまり現状維持です。ネタニヤフ首相もこうした考えを示唆しています。
しかし、これは非現実的な考えでしょう。力による支配は今以上に多くの暴力的な対立を招き、アラブ諸国とイスラエルとの関係正常化も不可能になります。
袋小路のような現状を見るにつけ、30年以上も前にガザの政治指導者から聞いた話を思い出します。彼がいうには、パレスチナ地域には昔から、さまざまな勢力が外部から来ては国を作った。しかし、どの勢力もいつのまにか地元社会に取り込まれ、現地化していった。十字軍も11世紀末に、エルサレム王国を作ったが、次第に現地化し、200年後には消滅した。現在のイスラエルもいずれそうなる、という話です。
このガザの政治指導者と同じように、多くのパレスチナ人は大変長い時間の尺度でイスラエルとの紛争をとらえています。自分たちの世代で問題を解決できなくても、孫やひ孫の代になれば、人口が多い自分たちが有利になり、イスラエルはパレスチナ化すると考えています。時間はどちらに有利に働いているのでしょうか。
トランプ大統領が中東和平問題に真剣に取り組むとは思えません。30年以上も前のガザの政治指導者の話がますます現実味を帯びているように思えます。

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