NHK 解説委員室

解説アーカイブス これまでの解説記事

「給付型奨学金 成果と課題」(視点・論点)

中京大学 教授 大内 裕和

現在の奨学金のあり方を問題視する声の高まりを受けて、2016年12月に返済不要の給付型奨学金導入が決定しました。住民税非課税世帯の1学年2万人が対象で、2018年度からの開始です。私立大学の下宿生や児童養護施設の出身者ら約2,650人については、2017年度から先行実施されます。
この給付型奨学金の導入は、従来「貸与のみ」であった日本の奨学金制度を改善していく重要な一歩です。しかし、政府案は対象人数、給付額ともに極めて限定されたものにとどまっています。

たとえば給付される1学年2万人という数は、2016年度の日本学生支援機構の貸与者数約132万に対して、ごく少数です。
現在では奨学金利用者は大学進学者の半数以上となっています。終身雇用や年功序列など、日本型雇用の解体がもたらした親の所得低下によって、中間層を含む多くの世帯が子どもの学費を負担することが困難となっていることを見逃してはなりません。ごく一部の貧困層のみを救うという視点だけでは、現在の教育費問題を解決することはできないのです。
重要なことは、今回の給付型奨学金の導入をきっかけとして、対象人数の増加や給付型奨学金の増額を実現していくことです。
次の図は、各国の給付型奨学金と教育ローンの比率を比較したものです。

s170220_1.png

日本学生支援機構の奨学金は「貸与」であるため、この図では教育ローンに分類されています。
この図を見れば分かるように、日本では政府による日本学生支援機構の奨学金がこれまで貸与のみであったこともあって、教育ローンの比率がとても高く、給付型奨学金の比率はOECD諸国のなかで最低となっています。ほぼ貸与型奨学金のみであり、実質的には教育ローンが圧倒的比率を占めている日本は、OECD諸国のなかで例外的存在であるといえるでしょう、
奨学金が貸与中心であることに加えて、日本は大学授業料が国際的に見ても高い方に位置します。
そのことは次の図でも明確に見えてきます。

s170220_2.png

これによれば、日本は高等教育段階での総教育費支出のうち、私費負担でまかなわれている割合がOECD平均30.8%の2倍以上の、65.5%にも達しています。OECD諸国のなかでも私費負担率の高い国であることが分かります。これは日本の大学の授業料の高さが大きな影響を与えています。
次の図を見れば、そうした状況がどうして生み出されているのかが分かります。

s170220_3.png

これは高等教育への公財政支出の対GDP比を国際比較で見たものです。これを見れば、日本がOECD諸国のなかで最も高等教育への公財政支出の比率が低いことが分かります。
まとめると日本の奨学金は貸与型奨学金が圧倒的多数を占め、授業料も高いこと、それらは政府が高等教育にお金を出していないことから生じていることが分かります。
これから給付中心の奨学金制度を実現するためには、そのための財源が必要です。給付型奨学金を拡充するための財源をどこに求めたらよいでしょうか。私は、給付型奨学金の財源は、消費税増税の一方で進められてきた所得税の累進性緩和の方針を転換し、富裕層への課税強化によって行うことが最も望ましいと考えています。
富裕層は近年、日本社会で急増しています。次の図は野村総合研究所が、2014年11月18日に発表したデータです。

s170220_4.png

この図から純金融資産1億円以上の富裕層(超富裕層+富裕層)の金融資産を計算すると、2000年の171兆円から2013年に241兆円まで増加しています。1年間で平均すると約5.4兆円増加しています。
日本学生支援機構の奨学金は、無利子貸与と有利子貸与を合わせて約1.1兆円です。

s170220_8.png

富裕層の純金融資産が、1年間で平均約5.4兆円も増加しているのですから、現在の年間1.1兆円分の貸与型奨学金を給付型奨学金にすることは、富裕層に対する適正な課税を行うことで十分に可能です。富裕層の金融資産の増加分に約20%の税をかければ、1.1兆円分の財源を確保することができます。
給付型奨学金制度の目的は何よりも、出身家庭の経済力による教育機会の格差を是正することにあります。その目的と照らし合わせても、富裕層への課税によってその財源をまかなうことは、最も理にかなっていると言えるでしょう。
また、もう一つの財源として、法人課税があります。1990年代以降のグローバル化・情報化によって、付加価値を生み出すことのできる質の高い労働力を確保することは、極めて大切な課題となっています。その点からいっても高等教育の重要性は明らかです。
日本の企業の内部留保は2014年には354.4兆円に達しています。企業への適正な課税を行って給付型奨学金の拡充を図ることは、高等教育の質を高め、日本経済の力を強くします。企業も高度な人材を獲得することができますから、この税金は「有効な投資」ともいえるでしょう。
これまで貸与型奨学金が一定の役割を果たすことができたのは、新規大卒の多くが正規労働者として就職し、その後も安定した雇用と年功序列型賃金制度の下で、賃金が順調に上昇する日本型雇用が機能していたからです。一定レベルの大学を卒業すれば、「安定した」仕事に就くことができるという関係があったからこそ、多額の奨学金を借りても、卒業後にそれを返済することが可能でした。この時点では、貸与型奨学金は将来の「可能性」を切り開く一定の役割を果たしていたのです。
しかし、若年層の雇用の劣化が進み、大学を卒業しても無職や非正規で働く人の増加、正規労働者になってもボーナスがなかったり、年功による賃金上昇がないなどの「周辺的正規労働者」が急増しています。これでは貸与型奨学金は多くの若者にとって、将来の「可能性」を切り開くものではなく、卒業後の「重たい借金」となってしまいます。
奨学金制度は今後、制度を大きく改善することが必要不可欠です。奨学金返済は、返済困難による延滞者を生み出すばかりでなく、奨学金返済の負担によって「結婚できない」「出産できない」「子育てできない」若者を大量に生み出しています。
深刻化する労働市場の劣化に加えて、奨学金という名の多額の借金をかかえていれば、結婚・出産・子育てはいずれも容易ではありません。多額の奨学金返済は未婚化と少子化を促進し、子育てを困難にします。
すでに出生数は減り続けています。ピーク時の1973年に年間209万人を超えていた出生数は、厚生労働省の推計では2016年には100万人を切ったとされています。これは少子化どころか「再生産不可能社会」の到来とも呼べる深刻な事態です。このままでは日本社会自体が持続不可能となってしまいます。
現在の貸与型奨学金については延滞金の廃止、10年という返還猶予期限を撤廃して本人の年収によって猶予や減額を柔軟に認めるなどの抜本的改善が必要です。それに加えて給付型奨学金の対象人数を増やし、貸与中心から給付中心の奨学金制度を実現できるかどうかが、今後の最重要課題です。
今回の給付型奨学金の導入が、給付中心の奨学金制度を実現するきっかけとなるのであれば、その意義は極めて大きいと言えるでしょう。給付中心の奨学金制度の実現へ向けて、活発な議論が行われることを期待したいと思います。

キーワード

関連記事