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「横綱 稀勢の里誕生」(視点・論点)

相撲ジャーナリスト 荒井 太郎

実に19年ぶりとなる日本出身横綱の誕生に日本中が沸き返っています。“平成の大横綱”と言われた貴乃花が引退し、番付の上でも日本出身横綱の名前が消えてから、14年の月日が経ちます。

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1月場所の稀勢の里は場所前からこの場所が綱取りと位置づけられていたわけではありませんでした。横綱審議委員会の横綱推薦内規には、品格・力量が抜群であること、大関で2場所連続優勝、またはそれに準ずる成績といった項目があります。
1月場所で優勝した稀勢の里ですが、前場所は12勝3敗。14勝1敗で優勝した横綱鶴竜とは星の差を2つ離され、準ずる成績とは言い難いものがありました。しかも3敗はいずれも平幕力士に喫したものです。
今回の昇進に際し、内規を満たしてないのだから「もう1場所見るべき」という慎重論も一部、マスコミを通じて散見されました。しかし、千秋楽翌日の横綱審議員会では昇進に関して満場一致。協会内でも反対を唱える声は上がらなかったと聞きます。
昨年、稀勢の里は一度も優勝がないにもかかわらず、年間最多勝の栄誉に浴しました。これは年6場所制となった昭和33年以降、初めての“珍事”です。協会表彰がない年間最多勝は横綱昇進に際し、直接的なアドバンテージにはなりません。しかし、協会も横審も抜群の安定感を評価して、判断したのでしょう。
逆に言えば、不振続きだった大関がたまたま2場所連続で突出した成績を残しさえすれば、現行制度では横綱に昇進できることになります。現在は大関昇進時でさえ、直前3場所の成績が考慮されます。大関よりもさらに地位が重い横綱の昇進をたった2場所の評価のみで下していいものでしょうか。現に今の制度を額面どおり適用したせいで、昇進後に苦しむ横綱も過去には少なくありませんでした。横綱に求めるのは、昇進後も高いレベルで安定した成績を残せるかどうかです。
そもそも、昇進内規は初代若乃花が横綱に推挙される直前に制定されたもので、約60年も前の話です。そろそろ、内規そのものを見直す時期に来ているのではないでしょうか。今回を契機に議論が起こることを期待したいと思います。
さて、稀勢の里は横綱貴乃花の17歳8カ月に次ぐ、史上2位の18歳3カ月の若さで新入幕を果たしました。これは北の湖や白鵬、さらには大鵬をも上回る記録です。今から13年前、平成16年11月場所のことでした。当時の相撲ファンは誰もが、驚異的なスピードで番付を上げてきた10代の超新星の将来と、20代前半で一気に角界の頂点に上り詰めた、過去の大横綱を重ね合わせて見ていたものです。
現にこの若武者は全盛期の横綱朝青龍を一気に土俵下まで吹っ飛ばすなど、しばしば“大物キラー”ぶりを発揮しました。しかし、ここからがいばらの道となるのです。上位の壁に何度もぶち当たり、三役と平幕の往復に甘んじることになります。その間、ほぼ同時期に入幕を果たした琴欧洲や白鵬、日馬富士らに出世争いで先を越されてしまいます。さらにエストニア出身の把瑠都も大関に昇進するなど、番付上位はモンゴル勢や欧州勢に席巻され、角界は外国出身力士が猛威を振るうようになり、天皇賜盃もまた、彼らたちに独占されました。
「強い日本人横綱が見たい」「日本人力士に優勝してほしい」。そういったファンの夢を最も託されていたのが、外国勢にもひけをとらない恵まれた体格とパワーを持ち、スケールの大きな相撲が魅力の稀勢の里でした。
期待をすれば裏切られの連続。期待をすればするほど、落胆もそれだけ大きくなります。それでも我々は諦めることができないのです。なぜなら、白鵬の歴史的な連勝をストップさせるなど、思わぬところで強烈なインパクトを放つからです。
場所直前に入門時から薫陶を受けていた師匠が急死するという大きな試練に見舞われながらも、稀勢の里は新入幕から7年、25歳で大関に昇進します。昇進後は安定した成績を残し、昨年までの大関在位丸5年で13勝は歴代大関最多の5回を数えながら、一度も賜盃を抱くことは叶いませんでした。言うまでもなく、歴代最多優勝を誇る白鵬が同時代に君臨していたからに他なりません。
ある力士がこんなことを言っていたのを聞いたことがあります。
「自分らは勝ち越したら『おかげさんで』と挨拶するけど、稀勢の里関は10勝以上しても後援者に『すみませんでした』と電話で謝っていた。背負っているものが半端じゃないんだと思った」
相撲ファンのみならず国民から、日本出身横綱を期待されるというプレッシャーを10年以上もの間、一身に背負い続ける稀勢の里は、朝青龍から4代続くモンゴル出身横綱らによる、いわば“包囲網”の中で、まさに“孤軍奮闘”、“孤立無援”の戦いを強いられてきたと言っていいでしょう。これほど過酷なプレッシャーと長期間にわたって対峙してきた力士を私は知りません。おそらく他の競技のアスリートでも類を見ないことだと思います。これまで、精神面の弱さを指摘する声が少なくありませんでしたが、こうした背景を理解せずにそう決めつけるのは、あまりにも早計だと言わざるを得ません。
過去、誰も味わったことがない重圧を克服して身につけた強靭な精神力は今後、第72代横綱の大きな武器になることでしょう。18歳の若さで入幕しましたが、横綱昇進は昭和以降では史上7番目に遅い30歳6カ月。当初は早熟と思われていましたが、実は晩成型の力士だったのです。当の稀勢の里はこう言います。
「何か特別なことをやって、星数が上がったということはない」
15歳のときから師匠の教えを愚直に実践し、四股、テッポウ、摺り足といった相撲の基礎を重点に置いた稽古に地道に励み、現役最強横綱の果敢な寄りにも屈しない「安定した下半身」を身につけ、「安定した下半身」は気持ちのゆとりをもたらしました。先場所は攻め込まれる場面も少なくありませんでしたが、慌てることなく確実に白星につなげていきました。
恵まれた素質に長い年月をかけながら、高いレベルの心技体を身につけていき、頂点へと上り詰めました。最近は節制にも努める新横綱は「体は20代のころより元気」と話しています。年少記録と高齢記録の両方に名を連ねる、過去に例を見ない非常に稀有な横綱です。これまでの定説や常識は通用しないでしょう。15年間で休場はたったの1日という頑丈な体の持ち主でもあり、30歳を超えた今も余力を感じさせます。おそらくこれからが円熟期だと思います。
角界は4横綱時代を迎えましたが、豪華絢爛な番付はそう長くは続かないでしょう。稀勢の里を除く3人の横綱はケガも抱える身であり、全盛時に比べて下降線を辿っていることは否めません。さらに関脇以下には稀勢の里の弟弟子の髙安をはじめ、正代、御嶽海、北勝富士ら、将来が楽しみな個性的な若手が番付を上げてきました。
おそらく今年から来年にかけて、横綱、大関陣の顔ぶれはガラッと変わる可能性は高いと思います。下からの突き上げも激しくなり、角界は間もなく群雄割拠の時代を迎えることでしょう。その中で横綱稀勢の里が、優勝回数をさらに重ねていくことを期待したいと思います。

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